第21房 いざ、ショッピングモールへ🛍

 時刻【11時10分】

 

 大型ショッピングモール内、1階。


 この階は、パン屋・花屋・テイクアウト専門の店があり、提供しているスーパーなどがある階。


 また、お昼時ということもあり、周囲には食欲をそそる焼いた小麦の香ばしい匂いが漂う。


 普段は、大阪のお土産を求める観光客で溢れかえっているが、この日は日曜日ということもあり、観光客よりも地元の家族連れや恋人たちがたくさん訪れていた。


「えーっと、お店の場所は2階でしたよね?」

 

「ウホ、ウホウホ!」

 

「さすが、ゴリラさんです! 事前に調べていらしたんですね」

 

「ウホウホ!」

 

「うふふっ、では2階に向かいましょうか」


 ゴリラとマリンは、入口付近にある花屋、その隣にある香ばしい匂いを漂わすパン屋を通り過ぎていく。

 すると、突然マリンが足を止めた。


「あっ!」


「ウ、ウホ!?」


 ゴリラは急に歩みを止めた彼女を不思議そうに見つめる。

 

「す、すみません! 突然声をあげてしまい」

 

「ウホウホ」

 

「その……ふと思ったのですが……私たち、2階に行くと言いながらエスカレーターの場所を知りませんよね……」

 

「……ウホ」


 マリンの的確な指摘を受けて、彼は頷きながらも周囲を見渡す。


「ウホウホ」


 店の場所はスマホで見て把握していたが、エスカレーターの位置までは調べていなかった。


 ゴリラは太い首を素早くキョロキョロと動かし焦る。


「ウホウホ!」


 それと同じように彼女もキョロキョロと細い首を動かす。


「エスカレーター……どこでしょうか?」


 彼は見つけた。


 追い求めていたエスカレーターを。


 隣にいるマリンよりも先に。


「ウホゥ……ウホッ――」


 ゴリラが、嬉しさのあまりドラミングをしそうになったその時――。


 隣にいた彼女がその異変にすぐさま気付き、寄り添うと背中をさすり優しく声を掛ける。


「ゴリラさん、ヒッヒッフーです」


 そのアドバイスを受けたゴリラは、「ヒッヒッフー」と繰り返し呼吸を整えていく。


 そして、落ち着きを取り戻すと、助けてくれたマリンへとお辞儀をした。


「ウホゥ」


 その表情は申し訳ない気持ちが全面に出ている感じだ。

 肩を落とし、立派な眉毛も垂れ下がり口だってへの字になっている。


「ウホウホ……」

 

「大丈夫ですよ! そんな時もありますから」

 

「ウホウホ……?」

 

「はい、そうですよ! 私も嬉しいことがあったら叫んじゃいますし」

 

「ウホウホ」

 

「ですよ! それに、もう完全にバナナ無しでも落ち着けていますよね? それって凄い成長ですよ!」


 ゴリラは、彼女の「凄い成長」という言葉のおかげで、すぐ立ち直っていた。


 それは、会社での立場上、部下や後輩に成長したという言葉を掛けることはあっても、言われることなんてもうほとんど無くなっていたから。


 だから、マリンが何気なく発した「凄い成長」という言葉が彼に響いたのだ。


 先ほどのブルーゴリラから、立ち直ったレッドゴリラは彼女に優しく微笑み掛ける。


「ウホウホ」


 そんな子供のように、純粋で無邪気な反応にマリンもまた自然と笑みがこぼれた。


「うふふ、はい行きましょうか」

 

「ウホー!」


 ようやく彼らはエスカレーターで2階へと向かった――。




 🦍🦍🦍




 ――10分後。


 時刻【11時20分】


 エスカレーター付近のファッション雑貨店の前。


「この並びの端ですね」

 

「ウホウホ」


 ゴリラとマリンは、近くに設けられたフロアマップを見ながら話をしていた。


「うんうん、これなら迷うことはなさそうですね」

 

「ウホ、ウホウホ!」

 

「いえいえ、では行きましょうか」

 

「ウホ!」


 フロアマップのおかげでショップの場所に目星をつけた彼らはまた足を進め始めた。


 ちなみに、ゴリラがなぜエレベーターを選ばなかったのかは、ゴリラ特有の巨躯が招いたある出来事が原因だった。


 実際、過去に何があったのかというと身長185cm、体重155kgということもあり、彼がエレベーターに乗ろうとすると重量オーバーを知らせるブザーが鳴ることが多かったから。


 ここで面の皮が厚い人間なら、降りることを躊躇ためらうが、心優しきゴリラである彼にはそれが出来なかったのだ。


 その上、大きな体の自分が乗ったことで本当に使いたい人たち(子連れや、お年寄り、体が不自由な方)が利用出来なくなるのも嫌だったというのもある。


 なので、初めから選択肢はエスカレーターか階段しかなかった。


 また、面白いことにゴリラの隣にいるマリンも同じ価値観を持っていたのだ。


 だから、彼がエレベーターを探していることに何の疑問も抱くことなく、自分も同じように探していた。


 それは、彼女が慕っている早乙女臣さおとめじんとの日々が招いた偶然なのか……? それとも必然なのか? わからないが、1頭と1人は絶妙にすれ違いながらも相性はバッチリだ。


 しかし、当の本ゴリラと本人は気付くわけもなく、他愛もないバナナ話とジムの話をしながら、眼鏡ショップへと向かっていく。


「――ウホウホ?」

 

「――はい、今は血糖値が上がりにくいバナナもあるんですよ」

 

「ウホゥ!」

 

「そうなんですよ、私も見つけた時はびっくりしました!」

 

「ウホウホ?」

 

「名前ですか……えーっと待って下さいね――」

 

「ウホウホ――」



 ――ゴリラとマリンがこんなふうに会話をしながら、足を進めること5分後。


 時刻【11時25分】


「――あ、もう着いちゃいましたね」

 

「――ウホウホ!」


 目的地である眼鏡ショップに着いた。

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