第6房 小さきバナ友🐶🍌
「ゴリラちゃん」
「ウホ?」
ゴリラが振り向くと、山川すももの祖母である町内会長、山川桃子御年108歳が立っていた。
上はいつも通りの黒の革ジャン。
左手には、桃色のリード。
下は黒色のスキニーパンツとブーツ履いている。
その隣には尻尾を振るポメラニアンがいた。
「アンアン!」
名はさんたろう(♂)3歳。
体高18cm、体重1.4kg。
小柄な体格で好奇心旺盛な性格で。
体には桃色ハーネスとリードを付けている珍しい紅色の桃子の愛犬だ。
好きな物はバナナとさつまいも。
そして、ゆでたささみ。
嫌いな物は皮付きのきゅうり。
普段は低脂肪高タンパクドッグフードを食べている。
もちろん、このさんたろうとゴリラはバナ友だ。
「アンアン!」
さんたろうはゴリラと出会えたことがよほど嬉しいのか、その足元で甲高い鳴き声を上げながら駆け回っている。
これが一般的な老人ならすぐさまリードを絡めてしまうところなのだが、そこは町内会長山川桃子。
卓越したリード捌きで、さんたろうの動きを縛る事無く自由に遊ばせていた。
「ふふっ、さんちゃんも嬉しいのよね~! こんな時間にゴリラちゃんに会うなんて、めったにないものね」
彼女の言う通りゴリラが年休を取る時は、毎年10月に開催される門司港バナナ博物館へ向かう日、門司港バナちゃん大会に参加する日。
そして、バナナの日である8月7日。
基本的にこの3日間のみだからだ。
「アン!」
「ふふっ、やっぱりそうよね。私も嬉しいわ~」
「アンアン!」
「ふふっ、おんなじね~」
「アン」
桃子は愛犬との会話を終えると、優しい眼差しをゴリラへと向けた。
「ああ、そう言えば。昨日、すももちゃんから聞いたわ。今日はおやすみなのよね?」
「ウホウホ!」
「うん? ああ、こないだのバナナチップスのことね! いや、あんなのお婆さんの暇潰しだから! 気にしなくて大丈夫よ」
「ウホ!」
「でも、お礼をしたい? ふふっ、相変わらず律儀な子ね。そうね……じゃあこの子をお願いしてもいいかしら?」
その視線の先には、すでに白いベンチでおすわりしているさんたろうがいた。
どうやら、さんたろうは飼い主の言わんとしていることを予想していたようだ。
ゴリラにぴったりと寄り添い動く気配すらない。
「あはは! さんちゃんもその気だったのね。それならもうお願いするしかないわね~」
「アン!」
「よろしくだって、ゴリラちゃん」
ゴリラはさんたろうに体を預けられるのが嬉しいのか顔が緩んでいた。
だが、その脳裏には天秤が現れて1人でぼーっとして過ごすこと。バナ友と過ごすこと。
この2つがかけられていた。
そして、言うまでもなく天秤はバナ友と過ごす方へと傾く。
それは預かったことで身内のようにお世話になっている桃子。バナ友と一緒にいたい自分自身。
今、寄り添ってくれているさんたろうの全員が笑顔になれるからだ。
「ウホウホ!」
「良かったね! ゴリラちゃんも嬉しいって」
「アンアン! ハァッ、ハァッハァッ」
「そうね、そうね。仲は元からいいものねー」
そう言うと興奮して息づかいが荒くなっている愛犬を優しく撫でた。
「クゥーン」
それが気持ちいいのかさんたろうは、小さな目を潤ませて細めている。
「ウホ?」
「この子は眉間の間を撫でると。喜ぶのよ」
「ウホウホ!」
「そうね。だから少し離れる時は多めに撫でてあげるの」
「ウホ?」
「もちろん、いいわよ~! さんちゃんもゴリラちゃんに撫でてもらいたいみたいだしね~」
さんたろうはその言葉を聞くと、耳をピンと立ててゴリラへと目を向けた。
明らかに撫でられることを期待している。瞳には彼しか映っていない。
ゴリラもまた目線を向ける。
交差する1匹と1頭の視線。
近づいていく距離――。
🦍🐶🍌
――そして、5分後。
時刻【13時05分】
ゴリラの膝の上でヘソ天しているさんたろうがいた。
ゴリラが撫でるのを止めると、その小さな前足でそれを催促する。
「クゥーン」
「ウホ」
「クゥーンクゥーン」
「……ウホ」
撫でながらだらしなく緩む顔。
ゴリラは、この短い間に心を奪われてしまっていた。
膝の上で無防備な状態を見せるバナ友に。
そして、ふと大事なことを思い出した。
「……ウホ!」
「……どうかしたの?」
それは、一体何時まで預かることになるのかだ。
特にこの後用事はないのだが、せっかくの休みなので、家でゆっくり過ごそうと考えていた。
「ウホ! ウホウホ?」
「あ、そうね。何時まで……」
桃子は、左腕に付けている桃色のスマートウォッチを確認する。
時刻【13時15分】
「――そうね……今から、町内会の予算配分の打ち合わせだから……。たぶん、15時頃には終わると思うわ……」
「ウホ?」
「あ、いや。駅前のイタリアンレストランでやるものだから、つい長居しちゃわないかのか心配で……」
最近の町内会の会議は、建物の維持費なども考慮されて、町内会議場で行なわれなくなり、代わりに固定費のかからないファミレスやカラオケなどで行なわれるようになっていた。
特に安さと美味しさを兼ね備えた駅チカのイタリアンレストランは会議会場として重宝されているのだ。
「ウホウホ」
「でしょう? あそこは安くて美味しいものねー」
「ウホ!」
「ふふっ、大丈夫? ありがとう。もし16時を回ったら……そうねー。面倒だろうけど、私の家に寄ってもらってもいいかしら? すももちゃんが居てるだろうし」
「ウホ……ウホ?」
「みたいね、フレックスを使って早く帰るって言ってたわ」
「ウホウホ」
「ふふっ、ありがとう。また梅干しとバナナ持っていくわね!」
「ウホー!」
「お互い様よ」
彼らが楽しそうに話していると、ゴリラの膝の上にいるさんたろうが吠えた。
自分も参加したかったのだ。この会話に。
その姿を見て桃子は柔らかい笑顔を向けて頭を撫でた。
「ふふっ、よしよし」
「アン」
飼い主に構ってもらったさんたろうは、満足気な表情を浮かべてゴリラの膝の上でおすわりをした。
「ふふっ、じゃあ2人ともなかよくねー!」
「ウホー!」
「アン!」
そう言って桃子は駅前のイタリアンレストランへと向かって行った――。
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