1‐2 その一中で、私の右目を撃ち抜いて

 入浴とは二十四時間の福大将であり、一日の最後を締めくくるに相応しい行いである。だから多々良は長風呂をする。長い一日を終えたあとの入浴ほど現実を見せつけるものはないからだ。多々良の人生の総集編を作れば、バイトの次になんの伏線でもない風呂シーンが長くなるだろう。そしてその次くらいに睡眠時間だ。一秒でも長く眠りたい体と明日に向かう時間軸に逆らう反抗的な心が多々良を長風呂へと誘う。一秒でも長く湯船に浸かり、一秒でも長く現実から目を背け、乳白色の液体のなかで変わらず存在するむくんだ足を揉むことが今日九時から始まる大学へと多々良を運ぶ。

 バイトから帰宅してきた時点で日は跨いでいなかったがそれでもかなり遅い時間であったことは確かだ。めじろがダイニングテーブルで頬杖をつきながらパソコンでなにやら調べ物をしていたのを無意識に捉えてはいたもののそれを素通りして風呂場に直行した。彼女が無駄な夜ふかしを嫌う質だというのは知っていたが、お互いに学生の身でもあるため課題でもしているのかと思ったのだ。だけど多々良が浴槽の中で次の日を迎えて上がってきてもめじろはまだ間接照明の下でブルーライトを浴びていた。

「なにしてんの? 目悪くなるよ」

「あ、ええちょっと買い物」とめじろははにかんだ。

「ふーん、で何買ったの?」

 めじろの背後ににじり寄り右肩から声をかける。よほど集中していたのか椅子から転げ落ちそうになるくらいに体を飛び上がらせ、油を差し忘れた機械のようにぎこちなく振り向く。しかし彼女の背後に写っている画面はネット販売サイトではなくデスクトップで私たちが大吉を引いて撮った写真だった。正月でもないのにおみくじを引くなんて悪いことをしているみたいで、だけど、揃って今後の運勢が大吉だと神さまから肯定されたのは悪い気はしなかった。

「変なものでも買った?」と多々良が言うとめじろは顔を真っ赤にさせ、上ずらせ言った。

「かっ、買ってない! 多々良ちゃん明日は一限でしょ? もう寝たらどうかしら?」

「ま、いいけどどうせ明日届くんだし。その時に答え合わせさせてもらおうかな」

 程よく温まった体が思考力を霞ませていく。今日一番の大きなあくびを噛み殺し、今から寝るとあと何時間寝られるかを考えてそこで考えるのをやめた。

「んじゃわたし寝るわ。おやすみ、明日の朝ご飯当番よろしくね」

「おやすみなさい」

 めじろの肩にそっと手を置き、ダブルサイズのベッドが待つ自室へと明日を迎えにいった。

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