第39話 この町の危機

「わしは最初にお前達の夢に出てきた時、この世界に魔王の脅威が来ると伝えただろう。それが今というわけじゃ」


「それはいったいどういうことなんです?」


 この世界に魔王の脅威が迫っている? 


 それは意味がわからなかった。この世界には魔王などという存在はいないはずだ。


「フィローディアを支配した魔王は、お前達のいる場所を狙って今度はこの地球を支配しようと企んでるのじゃ。魔王はあれから眠りについた。しかし、幾千年の時を超えて目覚め、勇者であるお前達と姫がいる世界を探していたのじゃ」


 恐ろしい事実が明かされた。この世界に魔王が来ると。


「どうやって魔王がここへ来るっていうんすか!? ここはフィローディアとは全く関係のない世界っすよ!」


 ありえない。ここに生きていて、これまではそんな予兆は一切なかった。


「あの後、膨大な力を得たロージドはフィローディアを支配した後、別世界に干渉する能力を手に入れた。わしはそれを必死で食い止めた。なんとかお前らが成長する時間まで。だからわしは長年待っておった。お前達が魔王と戦えるくらいの精神になるまで」


「それがなんで今なんです?」


「お前達があの世界と同じ年になったからじゃ」


 俺達はフィローディアでの自分達の年齢を思い出した。


 俺とラミーナは十七歳でジュディルは十六歳、ポフィは生まれてからそんなに時間の経っていなかった一歳だ。

 高校二年生の俺と岸野さん。その後輩の高校一年生の淳。そして生まれて一年のモモ太。


 あの世界では十五歳が成人だったのだから、俺達の年齢で旅は普通のことだった。


「じゃからわしはこれまで必死で魔王ロージドがこちらの世界に干渉するのを食い止めていた。お前達があの世界と同じ年齢になるまではなんとしてもと。しかし、わしの力ももう限界じゃ。だからわしはお前達をそろそろ覚醒させねばならないと思った。じゃからわしはお前達の前に現れ、呼び覚ました。魔王ロージドがこの世界に脅威をもたらそうとしている、と」


「そういうことだったのか……」


 フィロ神が現れた理由、そしてこの町に来るという脅威とはそんな理由だったのだ。


「わしは感じ取ったのじゃ。この世界にもミゼリーナ姫が転生していると。しかし、姫そのものがどこにいるかはわからなかった。姫は魔王の儀式に捧げられ、生贄としてその身を食い尽くされた。わしは魔王の力に拒まれ、姫の魂を回収することができなかった。だからお前達のようにすぐに見つけることができなかったのじゃ」


 それが最初辺りに言っていた姫を見つけられなかった事情ということか。


 なのでフィロ神は姫探しをすることと、魔王の脅威が訪れることに対抗する為に俺達に勇者の記憶を呼び覚ましたのだった。


「それで……姫様はどこにいるかわかったのでしょうか?」


「うむ。姫はもうすぐこの町にやってくる。この町があの世界とここを繋ぐゲートの開く場所になっていたのじゃ。魔王はあの世界を支配し、時空を超えてこの世界にまで足を伸ばそうとしている。それをわしが食い止めるのにはそろそろこれで限界じゃ。姫がこの町に来るその時を狙ってフィローディアのゲートが開く。そして魔王は再び姫を狙ってこの世界に現れようとしてるのだ」


「その姫が来るっていうのはいつになるんです?」


 それが肝心だ。その日程がわからなければ何の準備もできない。


「この世界の暦で言うと、あと約十六日後ということになるな。曜日でいえば日曜日か」


「二週間後だって!? もうすぐじゃないっすか!」


「二週間後の日曜日ってことは……今日が十月七日の金曜日だから……」


 十六日後の日曜日、つまり十月二十三日だ。


「十月二十三日……なぜその日なのでしょう?」


「この日が何かある日なのか? なぜ十月二十三日なんだ……?」


 十月二十三日、何がある日なのだろうか。何かの記念日なのか。姫がこの町に来るというのは誰がこの日にこの町へやって来るというのか。


「十月二十三日……?」


 その日は何か聞き覚えがある気がする。何か最近、その日付に何かこの町でイベントが開かれるというのではと。


 俺はふと思い出した。最近頻繁にテレビで流れているローカルCMを。


「十月二十三日、渡瀬美智香の地元コンサートが開催、場所は平和楽ドーム……」


 その時、その場にいた俺達ははっとした。


「十月二十三日っていえば、渡瀬美智香のコンサートじゃないっすか? テレビで何度もCMが流れてるっすよね!」


 都心から離れたこの地方都市ではイベントなんて少ない。日付が決まっていて、その日にこの町で開催される数少ないイベントといえば、それが当てはまった。


 その日は町おこしとして地元出身のアイドルが故郷でコンサートを開く特別企画だった。


「じゃあ歌姫ってのは美智香だったのか?」


 確かに美智香は昔から歌がうまかった。子供の頃から才能に溢れて、本物の歌手になった。


 それは前世でかつて歌姫だったというのが関係あったのかもしれない。


「そうじゃ。渡瀬美智香。お前達がよく知ってる者がかつてのミゼリーナ姫なのじゃ」


 確かに美智香はこの町の出身だが今はここから遠く離れた東京に住んでるので俺達の近くにはいなかった。だから見つけることができなかったのだろう。


「姫は魔王に喰われた為に、身体そのものが消え去った。じゃからわしもこの世界で探すのにてこずったが、ようやく見つけたのじゃ」


「でも、美智香はそんなこと何も言ってなかったぞ」


 この前、実家に帰省していた美智香に会った時、彼女はそんな様子もなかった。

美智香は俺達のように前世の記憶が覚醒しているようには見えなかった。


 だからこそ、俺と美智香は素っ気ない挨拶を交わすだけですぐに別れたのだ。そんな前世の運命の繋がりは淳や岸野さんとモモ太のように波長を感じることもなかった。


「わしは姫を探すことに手間取り、姫の記憶を覚醒させることはできなかったのじゃ。それができれば姫に何か忠告ができたかもしれぬ。しかし、姫を覚醒させたところでこの町に魔王が迫っていることは止められぬ。じゃからお前達に動いてもらうしかならぬ。魔王の野望を止め、この世界の脅威を止めろと」


「それで……その日がもうすぐ来るってわけか……」


「それも姫が唄うことになる場所で起きるというわけじゃ」


「姫が唄う……? 美智香が唄う場所といったらコンサート会場ってことか!?」

 

 なんということだろうか。よりにもよって人が多く集まるイベント会場じゃないか。


 美智香が唄う場所、アイドルといえばコンサート会場だ。


「でも俺達にどうやって止めろっていうんです? そんな力、あるわけないでしょう」


 俺達はあくまでも一般人だ。警察でも軍人でもない。


 前世では勇者だったとしても、この世界ではごく普通の人間として生まれ、今はただの高校生である。


「いや。ある。お前達にはその希望をかけたのじゃ」

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