第2話 ゴブリン洞窟攻略戦
「この洞窟です。以前ゴブリンが入っていくのを見ました」
村娘、ニーナの案内で村近くの森の奥を進んでいくと、岩山の麓に洞窟の入り口があった。
「わかった。では一度戻ろうか」
このままニーナを連れていくわけにもいかない。場所もわかったことだし、一度村に戻った方がいいだろう。相手がどれだけいるかわからん以上、騎士団の仲間も連れてくるべきだ。
「え、いかないんですか?」
「……なんで少し残念そうな顔をしているのかわからんが、当たり前だ」
「せっかくアリシア様と二人っきりなのに……」
いや、なんでそんなに二人っきりを強調するの。別に特別なことなんて何もないからな。何を期待してるかしらんけど。
「あ、あれを! アリシア様!」
と、いい加減ニーナのおかしさにうんざりしていると、ゴブリンの一匹がこっちに近づいてくるのに気づいた。とっさにニーナを連れて隠れる。
ゴブリンは私たちには気付かず洞窟に入っていく。どうやら外から帰ってきたようだ。何か荷物のようなものを抱えている。
その荷物を見てはっとした。
「あれは!」
荷物は小さな子供だった。さらった子供を棲家に持ち帰っていたのだ。
「行きましょうアリシア様! 放ってはおけません!」
「しかし……」
「私なら大丈夫です。もし不安ならアリシア様の側に置いて守ってください!」
いや、でも戦えない村娘を連れて洞窟に入るなんて……。
しかしあの子供を放っておくこともできない。助けるのが遅れればエサとして食べられてしまうかもしれないのだ。
「ええい、ぜったい私から離れるなよ!」
「はい、一生側にいます!」
「一生はいなくていい!」
私は仕方なくニーナを連れて洞窟の中に入る。
洞窟の中は思ったより明るかった。壁に燭台が取り付けられてあり、それを灯して照明にしているようだ。おそらくゴブリンどもが使いやすいように取り付けたものだろう。
ならば中にいるゴブリンはどの程度なのだろうか。数匹程度では済まないだろう。かなりの数のゴブリンが潜んでいるはずだ。
「いやん、アリシア様凛々しいお顔」
……はやく、子供を見つけないと。
なるべく奥に進まれる前に、他のゴブリンに見つかる前に、子供をさらったゴブリンを倒さねば……。
「ああ、胸がどきどきします。これが恋? 私はアリシア様に恋に落ちてしまったの?」
……なるべく早く、子供を見つけて。
「ならばこの洞窟こそが私たちのハネムーン。いいえ、私達の愛の巣なのね。もしかしてさっきの子供は私達の愛の結晶……」
「ええいっうるさい! 静かにできないのか、ゴブリンに見つかったらどうする!」
あ。
つい大声を出してしまって気付く。
子供を抱えていたゴブリンがすぐ目の前におり、はっきり私達の姿を認識している。
「ゴブーーーー!!!!!」
ゴブリンが仲間を呼ぶために声を上げる。私はすぐにそのゴブリンに詰め寄り剣を振るった。
袈裟がけに斬りつける。
「ゴブッッ!!?」
「ちい、浅かったか!」
子供を避けて斬ったせいで、致命傷には至らなかった。
それどころか、ゴブリンは私の様子に気付いてニイッと嫌らしく笑みを浮かべる。子供を盾にして私の前に立った。
「なっ、卑怯だぞ!」
私が剣を使えずにいると、もう片方の手に持っていた棍棒で思い切り殴られた。
額から血が流れる。咄嗟にかわしたつもりだったが、思った以上に動揺していたらしい。ゴブリンごときに一撃もらってしまった。
……まずいな。思ったより知恵がある。それに、早く片付けないと洞窟の奥から他のゴブリンどもが駆けつけるだろう。
どうすれば、どうすれば助けられる……?
――と、
私がどうすることも出来ずに立ち尽くしていると。
「おのれェ、私のアリシア様に何するんじゃい!」
「ゴブゥゥ~~!!??」
いつの間にかゴブリンの背後に回っていたニーナが、奴の股間を思い切り蹴りあげた。
苦悶の表情を浮かべて情けない悲鳴をあげる。その隙を逃す私ではなかった。
「よくやった、ニーナ!」
「え、結婚しようですって!?」
そんなことは言ってない。
私はゴブリンから子供を引き剥がすと同時に、ゴブリンの首めがけて剣を斬り上げた。ゴブリンの首が宙を舞う。
首を斬られたゴブリンが、血しぶきを上げながら倒れていく。
私はすぐに子供の様態を確かめた。
「……よかった。意識はないが大事なさそうだ」
「私の方は返り血で大事なんですがアリシア様」
「……すぐに村に連れて帰ろう。奴らの仲間が来るかもしれない」
「ねえアリシア様無視しないで。ちゃんと認知して。貴女がヤッたのよ?」
……なんでそう人が勘違いしそうな言葉を選ぶんだ。騎士団で替えの服くらいいくらでも買ってやるさ。
だがそのとき、洞窟の奥からいくつもの足音が聞こえてきた。
「ゴブゥゥ!!」
「ゴブッ、ゴブ~~!!」
「ちっ、もう来たか。逃げるぞニーナ」
「ああ、これが愛の逃避行? それとも私達のバージンロードなの?」
いちいち要らんことを言わんでよろしい。
そうして私達は、ゴブリンの追手から逃げるため、手をとって走り出したのだった。
◇
「もう追ってきていないみたいだな……」
息を整えながら背後の様子をうかがう。あれほど聞こえていたゴブリンどもの足音が聞こえなくなった。どうやら見失ってくれたらしい。
「そうですねアリシア様。やっと二人っきりに……」
「もう手を繋いでいる必要はないな。いやあ、走った走った」
ニーナから危険な雰囲気を感じて手を離す。いやお前、けっこう危ないシチュエーションだったのだが、通常運転みたいだな。
私は辺りを警戒しながら天を仰ぐ。少々困ったことになった。
「……参った。ここがどこかわからん」
ゴブリンに追われて洞窟の入り口を目指して逃げていると、今度は入り口からもゴブリンが現れたのだ。
おそらく外に出ていた者たちが帰ってきたのだろう。私一人なら難なく切り抜けられる数だが、今はニーナに加えてさらわれた子供もいる。
二人を守りながら強行突破は不可能と判断し、私達は偶然見つけた別の道に入った。これで行き止まりなら後がないが、運のいいことに洞窟はかなり複雑に繋がっているらしく、ゴブリンどもを撒くことができた。
とはいえ、早く脱出しなければいけないが……。
「そういえばニーナ。お前はこの洞窟に入ったことがあるのか? あの別れ道もはじめから知っていたみたいだが」
「百年ほど前までは鉱山だったのです。洞窟も坑道として作られたもので、今は何も取れなくなって廃棄されましたが……」
なるほど。ゴブリンたちは廃棄された坑道を利用して棲家にしているのだな。ならば壁の燭台はそのときに付けられたものか。
「少し、休憩するか……」
助けた子供はまだ目を覚まさない。この子が自分の足で歩けるようになってから動きたい。
それから私達は、この廃坑道の隅っこでしばらく時間を過ごす。……ニーナは相変わらず変態的な言動を繰り返していたが、いちいち相手にせずにスルーすることにした。もっとも、ニーナがしれっと私の太ももを触りだした時には、さすがに拳骨をかましてやったが。
外は今どうだろうか。もう日が暮れているだろうか。洞窟の中は暗い。ゴブリンたちから隠れるため明かりの少ない方へ逃げたから、この辺りは顔の判別も難しいほど暗くなっている。
はあ、と息をついた。思った以上に疲れているのかもしれない。
「アリシア様は」
ニーナが沈黙を破って口を開く。
「どうして一人で調査に? 騎士団の団長様なら部下に任せればよかったのに」
「ああ、それか」
はっ、と短く笑う。
いつか聞かれるとは思っていた。
「別に大した意味はない。少し泊をつけたかっただけだ」
「泊、ですか」
「私は団長になってまだ日が浅い。私を認めない団員もいるんだ」
私は前任者、私の父の後を継いだだけだ。父が怪我で引退したため、娘の私が繰り上がりで団長になった。
私は父の功績で団長になったに過ぎないのだ。私自身はまだ何も成していない。それでゴブリン増加の話を聞き、調査を名目に騎士団を飛び出したのだ。
「そうだったのですか。責任感がお強いのですね……」
「違う。逃げてきただけだ。団長という重責に耐えられず、逃げただけ」
そうだ。私はそんな立派な人間ではない。
私はただ単に騎士団に、父に認めて貰いたかっただけ。ただそれだけのために、ここまで来たのだ。
「悪かったなニーナ。お前を巻き込んだ」
私が一人で突っ走ったせいでニーナを巻き込んだ。こんな洞窟の奥まで連れてきてしまった。
ニーナを無事に村まで送り届けなければ父に顔向けできない。たとえ私の命に変えても、必ずニーナは……。
そのとき、洞窟の奥から複数の足音が聞こえてきた。
松明の明かりが近づいてくる。すぐに奴らと目があった。
「ゴブブゥ~!!」
「しまった、見つかったか!」
とうとうゴブリンに見つかってしまった。見えているだけで十数匹はいる。それにこれで終わりではないだろう。まだまだ沢山の足音が続いている。
……数が多い。今度こそ逃げ場はなさそうだ。私一人で守りきれるだろうか?
「……守りきれるか、ではないな。必ず守り通す!」
抜剣する。セイクリッドセイバーの神々しい光がきらめく。
「来い、ゴブリンども! 一匹残らず叩き斬ってやる!」
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