失われた書と守護の国
第7話 出発
ティウは記憶にある知識から、眠っていた百年でどれだけの文明や魔術が進んだのか気になって仕方がなかった。
知らない魔道具が家中のいたるところに鎮座している。ティウは一つ一つ、どんな道具なのかノアとジルヴァラに聞きながら、目新しい知識を貪欲に吸収していった。
これらを手に取り実際に使ってみて、改めて百年という月日が本当なのだと実感する。
こうして少しずつ時の流れを感じていたが、やはり自分が国一つを覆うほどの結界を施したという事実は受け入れづらかった。
(じーちゃん達が嘘を言う必要なんてどこにもないし……でも大事な部分は隠してる。やっぱり自分の目で直接確かめたいな……)
余計な心配をかけてしまうのは心苦しいが、思い出す以前に自分の記憶が無い理由を「知りたい」という欲求が強いのも確かだった。
曾祖父も母も、そして祖父自身も、「知りたい」という欲求に抗えない性を持っている。
だからこそノアは渋りつつも、ミズガルに行くのであればジルヴァラが同行することで許してくれたのだ。
(お土産いっぱい買ってこよう!)
幸い、ミズガルは水産物が多い国だと母サミエの書録に書いてあった。ノアは鳥と魚料理が好きなので、その辺りのレシピも知りたい。
ミズガルに行ける事に感謝して、ティウは記録してある書録を探した。
*
ティウ達がミズガル国へと出発する日は快晴となった。
太陽がようやく山々の隙間から顔を出し始めた頃、少しだけ肌寒く、空の色と同じく空気も澄み渡っている。ティウが深呼吸をすると、朝露の澄んだ香りがした。
空を見上げて、視界いっぱいを青で染めた。雲一つ無い空はジルヴァラの瞳の色と同じだ。
青は冷たそうに見える色だと思っていたが、真っ直ぐ澄み切っていて余裕を感じさせてくれた。
(まるでジルヴァラさんみたい)
百年以上もずっと傍らにいて、ティウが目覚めるのを待ち続けてくれたジルヴァラ。彼の懐も、この空のように広いと思った。
「なんだ?」
隣にいたジルヴァラがこちらの視線に気付いたのか首をかしげている。
「何でもないです!」
なんだか照れ臭い事を考えてしまったとティウは頬が赤らんだ。つい「へへへ」とごまかすように笑顔で答えると、二人の様子を見ていたノアが溜息を吐いた。
「は~~いいなぁ楽しそう。私も行きたい……」
そう言ったノアに、ティウとジルヴァラがタイミング良く「仕事を終わらせたら」と言った。
息の合った声に発した本人達も驚いたようで、お互いが顔を見合わせて笑っている。
「なんか~~いつのまにか仲良くなってるし~~知ってたけど~~~~」
ぶうぶうとノアが不満をもらした。
「知ってたって、何を?」
ティウがきょとんとしていると、ノアが笑った。
「記憶を失う前も、二人はとっても仲が良かったって聞いていたからね。種族も近いし元々の相性が良いんだろうと思って。ジル君が付いててくれるなら心配はないかなって思うけど、何かあったら絶対にタブラに書いてよ」
「うん分かった。ありがと! お仕事、根詰め過ぎて倒れないでね」
「大丈夫。ティウが起きたってサミエ達に連絡したからすぐにこっちに来るでしょ」
「えっまずい! ジルヴァラさん、早く行こう!」
「……待たなくていいのか?」
「待ったらダメだよ! 私、外に出してもらえなくなる!」
「その通り~~。父さんもサミエも私も、ティウに関してはとても過保護だからねぇ」
クスクスと笑いながらノアは手を振った。
「気を付けてね。終わったらすぐに私も向かうから」
「うん! 行ってきますーー!」
手を振りながら歩いて行こうとするティウを、ジルヴァラが止めた。
「乗れ」
そう言われて振り向いたら、獣化したジルヴァラがいた。背中に乗れと身体を低くしてくれている。
希少種でもある精霊科のフェンリルは、獣化も人化もお手の物だ。しかし座ってくれていても大変大きい。とにかく大きい。
尻尾までの長さを見ると、四人乗りの馬車ほどあるのではないだろうか。
「わ~~すごい! いいんですか!?」
身長の低いティウだが、父親の精霊の血のお陰で少しだけ空が飛べる。ふわりと浮き上がろうとした瞬間、横からものすごい寒気を感じた。
「ももももも……もふもふぅ!!」
「じーちゃん!?」
ノアの目がギラッと光った。ティウ達は慌てた。
「早く乗れ!」
「わああ!」
ティウは襟首を咥えられ、ぽーんと空中に放り投げられた。そのままストンとジルヴァラの背に着地したと思ったら、ぐんっと身体全体に風圧を感じた。
ティウは慌ててジルヴァラの後ろ首の毛を掴む。
精霊の血が濃いティウは体重が非常に軽い。ふわりと浮いてしまいそうだ。
ティウは自分の風圧を避けるつもりでジルヴァラの前に先端をくの字に尖らせた結界を作り、風を横に逃がすように細工した。
「いいぞ!」
結界の役割に気付いたジルヴァラが一気に加速する。
そのはるか後ろでノアが「待ってええええ!!」と叫んでいるのが聞こえた。
*
「じーちゃん怖い……」
「同意する……」
タッタッタッタッと、リズミカルに小走りしているジルヴァラの上で、流れる景色を楽しんでいた。
しかしすぐに先程のノアの血走った目を思い出して溜息がこぼれた。
「いつもああだったんですか?」
「隙あらば耳と尻尾が狙われていたな。おかげで気配に敏感になってしまった」
「うう……なんだかごめんなさい……」
「何を言う。今後ティウも変装する度に狙われるぞ」
「ひえっ」
ぞわりと全身に悪寒が走る。きっとバングルを外すことを許してくれなくなるだろう。次に会う前に外さなくてはと心に決めた。
「助けてやるから安心しろ」
「……ありがとうございます」
こんなに頼り切っていても良いのだろうかと少し不安になるが、ジルヴァラの言葉は頼もしかった。
ティウが記憶を失う前のジルヴァラは生まれたばかりで小さかったと言っていた。きっと昔の自分は彼を弟の様に感じていたのかもしれない。
でも今は何だか、兄という存在がいたらこんな感じなのだろうかと嬉しくなっていた。
嬉しい衝動のまま、ティウは上半身を前に倒してそのままジルヴァラの首に擦り寄った。ふわんと毛が顔を包む。
(もふもふってこれか~~)
ノアの真似をしてスリスリしてみると、なんともいえない幸福感に包まれた。
(これは……癖になるやつだ……)
夢中になってもふもふを堪能していたら、ジルヴァラの足がピタリと止まっていることに気付いた。
「……どうしたんですか?」
「あ、いや……止めるのか?」
「え? あ、ごめんなさい!」
「いや……良いんだが……なんだ、ティウにされると照れるな」
ティウの顔が沸騰したように熱くなった。照れた咳払いを一つしてちゃんと座り直すと、それが合図だったようにジルヴァラはまた走り出した。
うっかり、魅惑のもふもふに夢中になってしまった。これを求めてノアが日々ジルヴァラにもふもふを強請っていたのかと同情する。
もふもふを求めて豹変したノアをジルヴァラが嫌がっていたのを思い出して、ティウはハッと顔を上げた。
(これは同意がないといけないやつ……!)
しかしティウはもふもふの気持ち良さを一度知ってしまった。気持ちが分かってしまった分、ノアからもふもふを求められたら自分は断れないかもしれない。
(む……困った!)
そんな事を悶々と考え込んでいたせいか、景色はあっという間に過ぎていった。
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