自動機械人形のウチのメイドに最近感情が芽生えたらしい

片月いち

第1話 紅茶とオイルとトイレット

「ぼっちゃま。宿題の時間です。ご準備を」



 平坦で淡々とした声が頭上から降ってくる。

 顔を上げると、何でもないような瞳で僕を見下ろす女性が立っていた。


 彼女は、ウチで住み込みで働いているメイドのメリッサだ。女性にして背が高く、ピンと背中の伸びたきれいな姿勢で給仕きゅうじ服を着こなしている。


 美人でスタイルも良く、街中を歩くとよく通行人からも振り向かれて…………いや。そんなことはどうでもいい。

 現れた場所が問題だった。



「あの、今トイレ中なんだけど。しかも大きい方……」

「存じております。本日3回目の大便でございます。どうも今日は切れが悪いようで何度も……」

「ちょ、詳細に言わなくていいよ! 終わったらやるから、ちょっと出てってくれないかな!?」



 なんで家のトイレの中まで、宿題の催促をされにゃならんのだ。

 僕は慌ててメリッサを追い出して、トイレの扉に厳重に鍵をかけた。




 ――メリッサがウチにやって来たのは、今から半年前のことになる。


 仕事で世界中を飛び回っている両親が、僕の世話係りにと寄越よこしたのがメリッサだ。

 僕はまだ10歳になったばかりで、僕一人を家に残すことを不安に思って父が手配したのだ。

 ただこのメイド、普通のメイドとはかなり違っており……



「ぼっちゃま。教科書から20秒目を離していました。集中力が途切れています」

「細かいな……ちょっと疲れただけだ」

「疲労回復のためにオイルを注入します。お口を開けてください」

「いや、なに入れようとしてんの! 人間は口からオイルなんて入れないから!」



 ……このメイド、機械の身体を持つ自動人形だったのだ。


 魔法石と呼ばれる魔力を閉じ込めた石の採掘さいくつ以降、世界中で目覚ましい技術革新が起こった。

 本来、魔法というのは限られた才能のある人物だけが使用できるものだった。だが魔法石に閉じ込めた魔力は誰にでも使用可能で、暖炉の炎にはじまり、船や汽車、馬車の動力にも用いられるようになり、今では人々の生活全般を支えるようになった。


 これが魔法石革命と呼ばれるものであり、魔法石を使った新しい技術は日々更新され続けている。とくに各国で盛んに研究されているのが自律式自動人形だ。


 魔法石を心臓や脳の代わりに埋め込み全自動で動く機械の人形。外見もほとんど人間と変わらず、人間そっくりに動くが、しかし人間ではないからくり仕掛けの工業製品。それがメリッサだ。


 父が海外で買ってきたらしい。自動人形の研究で最先端をいく東国とうごく製だ。ある日、国際便で箱に入れて送られてきた。

 箱を開けてすぐ、人の顔が見えたときの僕の心情を想像してほしい。後から隣の家の住人から苦情を受けるほど、盛大な悲鳴をあげた。


 父の手紙で事情は把握できたけど、もう少し心臓に優しい送り方をしてくれ。



「……ぼっちゃま。これで本日の宿題は終了でございます。お疲れ様でした」

「ホントだよ。まさかトイレに逃げても追いかけてくるなんてな……」



 ふうと息をついてペンを置く。メリッサは家庭教師役も担っていて、僕の勉強を見てもらっているのだ。

 彼女は仕事熱心で、勉強嫌いな僕が逃げ出しても追いかけて必ず捕まえる。それこそトイレの中までな。

 結果、学校の成績はそこまで悪くないけど、気の休まる時がない。


 そうして宿題を終えた僕は、メリッサの淹れてくれた紅茶に口をつける。

 若干オイル臭いけど……味は悪くない。



「あ、飛行艇ひこうてい……」



 ふと、メリッサが声を漏らした。


 メリッサは人工物だけあって、顔の造形は美しく作られている。表情こそ乏しいが、黙っていれば寡黙な美女と言っていいくらいだ。給仕服のような地味な衣装を着ていても、ときどきドキッとする瞬間がある。


 そんなメリッサが、垂れた黒髪を耳に掛けながら、窓の外を見ていた。

 視線の先では、クジラみたいな形をした一隻の飛行艇が飛んでいるのが見える。



「なんだ。飛行艇が気になるのか?」

「はい。この時間にあの方角だとスカイフィールド社の定期便ですね。毎日 三回ほど飛んでいます」



 心なしか、いつもの平坦な声が弾んでいるように聞こえる。



「あの船は西国の最新魔法石エンジンを積んでいます。今までの飛行艇の三倍の速度が出る快速艇かいそくていなんですよ」

「へぇ。詳しいな」



 ここまで饒舌じょうぜつに話す彼女も珍しい。

 珍しさついでに、他にも面白い話はあるかと水を向けてみる。



「では乗客名簿などを。――チケット購入順に、ボリス・マードック41歳魔法石機械技師。マリオ・パーカー27歳大手商社社員。ササリン…………」

「怖い怖い怖い! なんで名簿まで手に入れてんだよ!」



 ……ちょっと興味の度合いがおかしいけど、どうやらよほど関心を寄せているらしい。

 メリッサは、ウチに来たときから淡々とした態度で、いかにも自動人形という風だった。

 本人も自分たちは感情を持たないと言っていたはずだ。



「あの船は、国境をまたいで飛ぶのです……」



 そう語るメリッサは、じっと窓の外を見ている。飛行艇の姿はもうない。その代わりに、この街で一番背の高い建物である時計塔とけいとうが見えた。

 古代の魔法王国時代に作られたという古い時計塔だ。

 まるで名残惜なごりおしむかのように、メリッサは飛空艇の消えた時計塔の向こうを見つめていた。



「そんなに、いいものかね……?」



 僕はときどき思う。

 メリッサは、実は感情があるんじゃないかと。




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