第20話 恩返しと教義
「おい、どこだ?」
慌てて探すも、ヒナミは見当たらない。
転んだわけでもなければ、人混みに紛れているわけでもないようだ。
「ん……いない、ね」
「自分の意思でいなくなるとは思えないんだが……」
「ん……ヒーはアーのこと、好きだもんね」
「そ、それもあるが……俺と離れれば大変なことになるのは知っているからな」
とすると、人混みではぐれて迷子になったとかか。
あの一瞬でそんなことが起こるとも思えないが。
「とにかく周辺をもう少し探してみるぞ」
本当は手分けして探せば効率がいいのだろうが、さすがにリルを単独行動させるのは憚られる。
まったく、どこに行ったってんだ。
とりあえずこいつから話を聞いて置いたほうがいいだろう。
「おい、お前。話ができるか?」
「……?」
道具を片付けていた道化は、その手を止めると戯けた動きをしながら首をひねる。
今はそのふざけた態度に腹が立って仕方がない。
「もう演技はいい。ナイフ投げの演目に参加した女の子がいなくなった。行方を知っているか?」
「……僕が知るわけないだろ」
「あの子を選んだのは偶然ってことか」
「もちろんたまたまだよ」
その態度はどうも嘘をついているように見えなかった。
とするとこの道化は無関係か。
「役に立てなくて悪いね」
そういうと道化は荷物を片付けて、去ってしまった。
さて、どうしたもんか。
「ん……魔素は?」
「これだけ人が多いとなぁ……まぁやってみるか」
俺は魔素視を発動させる。
周囲の人の体から発せられている微弱な魔素が空気中に漂っている。
さすがにどれが誰の魔素なんていうのは判別できないな。
「やっぱりダメだ」
「ん……残念。じゃあこっち」
透明な義眼を外したリルは、ケースから緑の義眼を取り出した。
あれは動物の考えていることが分かる眼だ。
「なあ、それって俺の考えてることも分かるのか?」
「ん……アーはヒーを心配してる」
「いや、そりゃ眼を使わなくても分かるだろ」
リルはそんな俺のツッコミを無視して道端にしゃがみこみ、ネズミと目を合わせている。
しばらくそうしてから立ち上がると、静かに首を横に振った。
「ん……わかんない」
「仕方ないな、会話ができるわけじゃないようだし」
やはり足で探すしかない、とりあえずこの辺りを虱潰しに探すしかないか。
「とりあえず南街の方を——」
そう口にしかけた時、一羽の鳥がリルの頭に止まった。
「ん……ビックリ」
「こいつはあの時の?」
怪我をして部屋に飛び込んできたところを治してやったコゲラだ。
それを覚えていてお礼にきたのか?
「ん……? この子、空からヒーを見てた、って」
「何?」
「連れて行かれた、みたい」
「どっちに行ったかわかりそうか?」
「ん……案内してくれる」
コゲラはリルの頭から飛び立つと、先導するように低く飛んでくれている。
「よし、着いていってみよう」
「ん……」
街の中心から離れると人が減ってくる。
ここまでくれば魔素視が使えるかもしれない。
「お、見えたぞ。この濃い魔素の残滓はヒナミのだな」
この道が正解だといわんばかりに、コゲラもその魔素の流れをなぞっていく。
「あそこの建物の中に続いているな……」
「あれ、アスラさんにゃの!」
その建物の前では、リオンがつまらなさそうな顔をして立っていた。
どうしてこいつがここにいるんだろうか。
ふと建物に目をやると、そこには黄金の天秤が掲げられている。
「なるほど、ここは女神教の教会だったか」
「そうにゃの。エルのやつ、折角だから祈ってくるって」
「そういえばあいつは敬虔な女神教の信徒だったな」
ホルダード湖で女神教の祠へ祈りを捧げていたエルの姿を思い出す。
「ちょうどいい。リオン、ちょっとこの子を見ておいてくれるか?」
俺はリルの背中を押すようにしてリオンの方へと近づける。
「任せといてくださいにゃの!」
「ん……リルも、行く」
「ダメだ。何があるか分からない」
ピシャリとそういってから、俺は教会の扉を押し開けた。
中は思ったよりも簡素な作りの礼拝堂だった。
いくつかの長椅子が置かれ、正面には女神の像が飾られている。
「あれ、アスラ兄じゃん。アスラ兄も女神教徒だったっけ?」
礼拝堂の中央付近で跪いていたエルが振り返ってそういった。
どうやら女神の像に向かって祈りを捧げていたらしい。
「いや、俺は神なんかに祈る趣味はねえよ」
「じゃあ何で……」
ヒナミのものであろう魔素の残滓はこの教会の奥へと続いている。
間違いない、ここの奴らがヒナミをさらったんだ。
俺は無言で教会の奥へ立ち入ろうとする。
「これ、そこな冒険者よ。ここより先は関係者以外立ち入りを禁じておる」
神官であろう男が、道を塞ぐように手を広げてそういった。
侮蔑を含んだいやらしい顔をしている。
「いや、俺のツレが世話になっているみたいでな。迎えに来たんだ」
「中には神官たち関係者しかおりません。あなたのような者の連れがいるとはとても思えませんな」
「女神教ってのは嘘を吐くのが教義だったか?」
「何だとっ!?」
神官はあからさまに激昂した様子で俺の胸を押してくる。
が、そんな生っちょろい腕で鍛え上げられた俺の体をわずかでも揺らせるはずがない。
顔を赤くしてこんなもんなら、あと数人来てもらってもいいくらいだ。
「お、おい……アスラ兄、どうしたんだよ?」
「ここの奴らがヒナミを拐ったんでな、取り返しにきたんだ」
「ええっ、まさか教会がそんなこと……」
「……バレているなら仕方がありませんね」
神官の男は身を翻すと、教会の奥へ続く扉を叩き、叫ぶ。
「おい、ヴァルザック! 客だぞ、丁重にもてなしてやれ」
その叫び声に反応するように開いた扉の先には、誰もいなかった。
ただ、魔素が流れ出してきただけ——ッ!?
魔素の異常な動きに反応して慌てて飛び退ると、近くにあった燭台がいきなり弾け飛んだ。
「な、なにが起こっているんだっ!?」
エルが尻もちをつき、目を白黒させている。
「多分あれは≪
「おお、あれを避けられるか……なかなか歯ごたえがありそうだな」
すぅ、と空気に馴染むようにその場に現れたのは、不健康そうな体つきをした痩せぎすの男だった。
「教会の人間がこそこそと人拐いかよ」
「はっ、救済のためならば人間ごときが定めたルールなど適用されん!」
神官の男が口角を歪めて、大袈裟に手を広げると天を仰いだ。
「人間ごときって……お前も俺と同じ人間だろう」
「私は神官、神の傍に仕えるもの。貴様のような俗物と一緒にするんじゃない!」
「おい、エル。隙を見てヒナミを保護してくれないか? 魔素を視る限り奥に武闘派はいないだろうから」
まだ尻もちをついているエルに小声で頼むと、彼は複雑そうな顔をしてから静かに頷いてくれた。
よし、後顧の憂いがなければ全力で戦える。
「おいヴァルザック、さっさとやってしまえ!」
「へいへい、分かったよ」
ヴァルザックと呼ばれた男はだらりと腕を垂らし、すぅと空気へ溶け込むように消えた。
あの≪隠形≫という天啓は気配を察知しづらくなる程度の能力のはず。
それなのに完全に姿が見えなくなるとは……かなりの使い手だ。
「さっさとぶっ倒してヒナミを連れて帰らせてもうぞ」
俺は魔素を集めると細身の剣を作って、そう宣言する。
「やってみろよ、できるもんならな!」
「ッ!?」
そんな挑発的な言葉は、俺の真後ろの空間から響いた。
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