第16話 妖精の使い方
ヒナミを真っ直ぐ見つめていられなくて顔を逸らすと、隣のベッドで寝ていたはずの少女と目があった。
「ちゅーしてた」
「あれは治療だ」
「ん……理解」
そういうと、少女は自分の両目に布を被せた。
「ちょっと話を聞いてもいいか?」
「ん……」
俺は少女が寝ているベッドの横に腰を降ろした。
まずは何から聞けばいいか。
「お前は何でアイツと一緒にいたんだ?」
「ん……みんなが、捕まえられた」
「そのみんなっていうのは妖精の仲間ってことか?」
「ん……そ」
つまりアフレのやつは妖精をたくさん捕まえて何かをしていたわけか。
「で、何をさせられていたんだ?」
「ん……空から魔素、監視する」
「そういえばその目は俺と同じように魔素を視れるんだったな」
「ん……目、取られた、換装って」
魔素を監視させるためにわざわざ目をくり抜かれたってことか?
そう尋ねると、少女は小さく頷いた。
「ん……もう片方の目は、同期するための目」
アフレの野郎、なんて非道なことをしてやがるんだ。
それからしばらく、たどたどしい少女の言葉を咀嚼しながら、ゆっくりと対話を続けた。
どうやらアフレは、多くの妖精を捕らえて、その両目をくり抜いたらしい。
そして片方に魔素を見るための義眼を、もう片方にはその情報を伝達させるための義眼を入れた。
たくさんの妖精から同時に情報を受け取っても、あいつには天啓があるから処理できるんだろう。
そうして彼女らは、飲まず食わず眠らずで上空から魔素の変化を監視させられていたようだ。
「それがアイツのいっていた
「ん……かな?」
「ひどい、ですね」
どうやらヒナミも聞いていたらしく、瞳に涙を溜めている。
「妖精は飲まず食わず眠らずで大丈夫なもんなのか?」
「ん……死なない、けど欲求ある」
「そうか、なにか食べるか?」
「ん……妖精、花の蜜飲むだけ」
花の蜜か……そんなものは流石に持ってないな。
そう考えながら背嚢を漁ると、底のほうにハロウト花が一輪。
この前エルたちと請けた依頼の時に納品し損ねたらしい。
「これくらいしかないが……」
俺がハロウト花を差し出すと、リルはにへらと笑って受け取った。
すぐに茎を取ると、花の裏側を口にくわえてチューチューと吸い始める。
よほど久しぶりの食事のようで、いつまでもいつまでも吸い続けていた。
「寝てもいいんだぞ」
「ん……」
蜜を吸いながらこくんこくんと船を漕ぎ始めたリルにそう告げると、少女は花を大事そうに抱え、やがて小さな寝息を立て始めた。
「あいつは……アフレは自分の目を自分でえぐったんだ。確かアイツが15歳くらいの頃だった」
リルを起こさないように、小さな声でそういった。
ヒナミに聞かれて答えたのだが、俺としても誰かに話すことで自分の考えをまとめたい気持ちもあったので、ちょうどよかったかもしれない。
「なんでそんなことを?」
「俺はあの時、天啓が暴走でもしたんだと思っていた。けど違ったんだな」
その理由が今日の兄弟喧嘩で分かった気がする。
「アイツは自分が魔素を視認できないことが許せなかったんだろう」
「アスラさんができて自分ができないから?」
「ああ。俺の生家であるサルヴァ家は数百年前に異世界から堕ちてきた『マツダ』という男が興した家だ。俺の本名はアフラ・マツダ・サルヴァという」
「マツダというと私たちと同じチキュウから来た人かもですね」
「前にチキュウから来た子も同じことをいっていたよ」
俺はハルカを思い浮かべながらそういった。
「で、その先祖であるマツダは魔素を視ることができたんだ。そのお陰で異世界人が『
混沌の厄災という言葉を聞いたヒナミは顔を曇らせる。
「それまで異世界人は全員が危険視されて迫害されていたらしい。そんな誤解を解いたあと、自分と同じ異世界人が『混沌の厄災』として世界を破壊してしまった責任を取ることにしたんだ。他の異世界人が科学技術を推進する魔族へついていく中、人族大陸に残って処刑人の役目を引き受けることでな」
「別にそれってマツダさんのせいではない気もしますが……」
「もっと早く気付いていれば、という思いがあったんだろうさ。そんな彼から俺は魔素視の力を受け継いだが、弟はその力を得られなかったわけだな」
「それを今日まで知らなかったんですか?」
ヒナミが驚いたようにそう聞いてくるが、正直なところ全く知らなかった。
「アイツは上手いこと隠していたからな。ああそうか、だから本来は殺さなくてもいいような異世界人を全て殺していたのか……ようやく納得がいったぜ」
「魔素を吸収しちゃう人とそうでない人を見分けられないから?」
「ああ、そういうことだろう。それをどうにか解決するために魔族と繋がって『妖精たちの複合視界』を完成させたって流れか」
もっと早く言ってくれればよかったのに、それが最初に浮かんだ思いだった。
そうしてくれれば無理にでも俺が処刑人の役目を続けていたはずだ。
でもそうしたらアイツは俺との差を感じて更に劣等感を覚えることになる……言えるわけないな。
「だからといってアイツがしていることは容認できない」
「そうですね、妖精さんたちが可哀想です!」
かといってすぐにどうこうできないのも事実だった。
ヒナミのような体質の異世界人はそう多くないとはいえ、もし見逃したら大変なことになるからな。
善をなす方法が悪といえばいいか。判断が難しいわけだ。
「妖精さんたちを使役する前はどうしていたんですか?」
「異世界人が堕ちてくると予測されているいくつかの場所へ、定期的に人を巡回させていたんだ。連続で同じ場所へは堕ちてこない、とかある程度の規則性があるからそれで問題なく回っていた。それなのにわざわざ妖精を使いだした理由が分からん」
そういえばヒナミたちが堕ちてきたのも周期としてはおかしなタイミングだったんだよな。
「なんで異世界人はこの世界に呼ばれるんですか?」
「それについてはよく分からん。女神とやらと話ができれば聞けるんだけどな。まあ本当に女神なんてものが存在していれば、だが」
「え、でも私たちは女神様に会いましたよ? 『勇者として魔王を倒せ』っていわれましたもん」
「そうだったな。そんなことを言い出す異世界人もはじめてで何がなにやら……」
結局女神は何の目的でヒナミたちだけにそんなことをいったのか……。
ああ、何か嫌な予感がする。
世界になにか起きはじめているような、そんな予感だ。
この予感ってやつは結構当たるから……嫌になる。
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