第13話 妖精たちの複合視界
酒場を後にして依頼掲示板を見ていると、とたた……とヒナミが駆け寄ってきた。
「別にあっちで話しててもいいんだぞ」
「ううん、イチノセさん以外のみんなはしばらくここに泊まるみたいだし……別にいいかなって」
「そうか、これから依頼でもと思ったんだがヒナミも来るか?」
「だって私はアスラさんの近くにいないとなんですよね?」
「魔素はそんな頻繁に貯まらないだろ」
実際に体内の魔素を確認してみると、2割といったところだ。
「何があるか分からないので! 着いていきます」
確かに俺が出掛けた先で怪我をしたり、動けなくなる可能性もあるか。
「分かったよ。じゃあ一緒に行こう」
「わーい。どんな依頼があるんですか?」
「オイシイ依頼はもう取られちゃってるからな……これなんかどうだ?」
「ええと、キングコックローチの駆除? うう……黒くて素早いアレですか? 字面からして遠慮したいです」
「いやあいつは虹色だぞ? 素早いのはあってるけどな」
ヒナミはそれを聞くと、顔をしかめながら首を横に振る。
どっかの民芸品の人形でありそうな動きだ。
「あ、この依頼はどうですか?」
「これは……うーん」
俺はヒナミの選んだ依頼によって、人生最大の困難を迎えていた。
「おい、こいつふざけるなよ!」
「ふえぇえぇぇん!」
「ほら、アスラさんが怖い顔するから泣いちゃったでしょ。はいはい、大丈夫でちゅからね」
「こんな依頼、請けたことねえから勝手が分からん」
そもそもベビーシッターなんてのは、知り合いに頼めばいいだろ。
わざわざ筋肉自慢の冒険者に依頼するなんてどうなってやがるんだ。
「じゃあアスラさんはそっちの子にミルクを飲ませてください」
「無理。だって俺の顔見るだけで泣くんだぜ」
「だから怖い顔してるからですって。ほら、スマイル」
俺は頬がつりそうなほどの笑顔を作る。
よし、これならガキもきっと安心するはずだ。
「ミ、ミルク飲みまちょうねぇ」
「ほ……ほわぁぁぁぁあぁぁん」
「くそっ、どんな魔物よりも手強いぞ」
「やっぱり五つ子ともなるとお世話が大変ですね! だから体力のある冒険者に頼んだんでしょうか」
「そうかもしれんな……はぁ」
「アスラさん、もう疲れちゃってるじゃないですか」
「俺はガキが苦手なんだよ。キングコックローチの方がまだ聞き分けがいいってもんだ。ヒナミはガキが好きなのか?」
「はいっ! 歳の離れてる妹がいたので、小さい頃はよくお世話をしてたんですよ」
そう質問に答えながら、ヒナミは手際よくおしめを替えていく。
その姿をぼーっと見ていると、俺の手元からチュパチュパという音が聞こえてきた。
「お、なんだ飲むことにしたのか?」
「あれれ、嬉しそうですね」
「そりゃ……依頼が上手くいきゃ嬉しいさ」
「もう素直じゃないなぁ」
そういって、ヒナミはおかしそうに笑った。
つられるように、赤さんたちもきゃっきゃと笑ったら、なんていうか温かい陽だまりにいるみたいに心地よかった。
「アスラさんは弟さんがいるんでしたっけ?」
「ああ、嫌われてるけどな」
小さな魔物たちが一斉にお昼寝をはじめたので、俺とヒナミは束の間の休息をとっていた。
「なんで嫌われたんですか?」
「さあな。てっきり家督を継ぎたいのかと思っていたが、家督を譲ってからむしろ本気で殺しにくるようになってな」
「兄弟喧嘩にしてもちょっと激しすぎますね……」
「で、相手してらんねえってこのド田舎まで逃げてきたところをライロ——ギルド長に拾われた。それから手の届く範囲でゴミ拾いをしてるってわけだ」
「私たちはアスラさんに拾ってもらえてラッキーでしたね」
ヒナミは抱いた赤さんの背中をトントンと優しく叩きながら笑顔を作る。
「ま、あいつが先に見つけてればもうこの世界にはいなかっただろうな」
「か、考えただけで恐ろしいです。でもどうやって――」
「頭を下げろっ!」
俺はヒナミの頭を抑えてしゃがませると、自分も地面へと伏せた。
——どうしてアイツがこの街に?
「な、なにがあったんですか?」
「アイツだ……」
「アイツって、もしかして?」
「ああ、弟がこの街に来ていやがる」
窓からチラリと見えただけだが、あの特徴的なレリーフが入った眼帯は間違いなくアイツだ。
向かっていった方向を考えると、目的地は冒険者ギルドか。
「ちょっと様子を見てきていいか?
「はい、こっちは任せてくださいっ!」
「すまんな、頼んだ」
俺は依頼人の家をそっと出て、建物の陰からアイツの様子を伺う。
やはり目的地は冒険者ギルドのようで、迷いなく歩を進めている。
まあライロはこっちの事情を知っているし、俺のことはバレないだろう。
だが勇者たちが見つかっちまったら……。
「くそっ、さすがに目の前で殺されるのは見過ごせねぇ」
俺は弟——アフレとの距離を保ちながら、その後を追う。
ギルドが見えてきた時、タイミング悪く勇者たちがギルドから出てきた。手には依頼票を持っていて、何かの依頼を請けたようだ。
「しまった、まさか鉢合わせるとは……」
すぐに助けに入れるよう、体に力を入れる。
が、アフレは何のアクションも起こさないまま勇者たちとすれ違った。
何故だ、あれだけ嫌っているはずの異世界人なのに……もしかして気づかなかったのか。
異世界人の纏う魔素に気付かないはずはないと思うが。
「まあいい、とりあえずアイツがこの街に来た目的を知っておくか」
俺はギルドの裏側から建物をよじ登る。
自室である屋根裏まで来ると明かり採り用の小窓を魔素によって無理やり拡張した。より正確にいえば、破壊した。
「あとで直すからな」
俺はライロへ心の中で詫びながら中へ侵入すると、すぐに一階へ続く階段まで移動した。
ここからなら、わずかだが下の様子が伺える。
耳を澄ませると、カウンターで話をしているアイツの声が聞こえてきた。
「おい、ここにアフラって奴がいるだろ?」
「アフラ……という冒険者はおりませんが」
「いいや、いるはずだ。そうじゃなきゃ辻褄が合わん」
やはり俺を探しにきたのか。
それにしても辻褄とはなんのことだろうか?
「つい最近もこの近くに異物が堕ちてきたはずだ……なのにその場所には誰もいなかったそうだ。この街の周辺でだけそれが続いている。たまたま? そんなバカな話があるか!」
む、つまりあれが完成していたのか。
この大陸において魔素が集積しやすい場所——つまり異世界人が召喚されやすい条件の場所を監視するための……確か
「俺はこの大陸において処刑人の任を受けているサルヴァ家の当主だぞ? ギルド長を呼べ。話をする」
「は、はい。ただいまっ!」
職員に呼ばれてギルド長室から顔を覗かせたライロは、チラリと
――ここは任せろってか。
「それじゃ頼んだぜ、ライロ」
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