第10話 前も拭いてくれる?
「おはよ」
「っ!? ……ああ、おはよう」
そいえば昨日は俺の部屋で一緒に寝たんだったか。
起き抜けに他人の顔が目の前にあったからビックリしたぜ。
「そういやレイカだったか、あの金髪の子にお前が起きたら帰すっていっておいたんだが」
「イチノセさんに? じゃあ心配してるかも」
「それもそうだし、勘違いされてたら嫌じゃないのか?」
「ううん、それは全然」
ヒナミはあっけらかんとそういった。
「そういえば昨日お風呂入らないで寝ちゃったなぁ……」
「お風呂ってのは溜めた湯に入ることだろう? そんなものここにはないぞ」
「え、じゃあみんな体を洗うためにはどうしているの?」
「湯で濡らした布で拭いたり、川で水浴びをしたりだな。いい宿にいけば部屋で水浴びもできるが……とりあえず湯をもらってきてやる」
「いいの? ありがとう」
ということでギルドの酒場に昨日の皿を返しつつ、桶一杯の湯を貰う。
部屋へ戻る前にちらりとギルド内を見た限り、まだ勇者たちは起きてきてないようだ。
「ほらよ。体を拭く布はそこに干してあるからな」
俺は部屋へ張られたロープに引っかかっている布を指さした。
「何から何までありがとう、アスラさん」
ヒナミはそういうやいなや、洋服を脱ぎ始めた。
おいおい、急に脱がれたら見えちまうだろ。異世界のやつらは恥じらいってのがないのかよ。
「そ、それじゃ俺は下にいってるからその間にちゃっちゃと済ましてくれ」
「あ、あのさ……」
ヒナミは顔を真っ赤にしながら、口を開く。
「せ、背中……届かないから、拭いてほしいな?」
昨日いっていた「頑張る」ってのはこういうアプローチなのか?
赤面するほど恥ずかしいんなら無理する必要もないと思うが。
「それじゃ……お願いします」
合図があったので振り返る。
ヒナミは服を脱いで背中を向けていた。
桶に入った布をさっと絞ると、すべすべで綺麗な背中にあてがう。
昨日は苦しそうにしてたくさんの汗をかいていたからな、丁寧に拭いてやるか。
「温かくて気持ちよかったぁ」
「そうか、それは良かった。じゃあ後は自分で——」
俺がそういいかけたところで、ヒナミは不意にこちらへ体を向ける。
小さな身体に似合わず大きな胸が、ぷるんと揺れた。
「
「バカ、そっちは自分でできるだろうが」
「……やっぱ〝しょんべん臭ぇガキ〟だから嫌なの?」
「はぁ……今にも爆発しそうな赤い顔しやがって。無理してるのがみえみえで勃たねえんだよ」
濡れた布をヒナミに放ると、俺は部屋の隅を漁る。
確かここに置いたはず——あった。
荷物に埋もれた木箱を開けると、中から白い服を取り出す。
「体を拭き終わったらこれでも着とけ」
「ありがと。あれ、これって……ワンピース? もしかして彼女……の?」
「そんなんじゃねえよ。ある
「そんな大事な物を着ていいの?」
「嫌じゃなければな。使わないで置いておいてもしかたねえしな。それに……」
——お前も同じ異世界人の役に立ったなら嬉しいだろ。
それは、俺が処刑人として最後に手を掛けた異世界人、ハルカへ向けた言葉だった。
「よし、集まったな」
着替え終わったヒナミに、勇者たちを酒場へ呼んできてもらった。
最後にレイカが眠そうな顔でやってきたので、朝飯を食べつつ話を始める。
「そういえばヒナ、なんで着替えてるの? それに昨日は結局部屋に来なかったし」
「疲れてたみたいで、アスラさんの部屋で寝ちゃったの。心配させてごめんね」
「シラサワさんが……お、男と一緒の部屋で寝た? そして何故か着替えているですと……?」
ハナムラは何か勘違いをしたのか、呆然とした顔をしている。
嫉妬でもしているのか?そもそもお前にはラムタンとレムタンがいるだろうが。
「それじゃ昨日いっておいたように、お前たちには今日から冒険者として働いてもらう」
それを聞いた勇者たちはブーブーと文句をいっているが、自分の食い扶持を自分で稼ぐなんてのは当然だろう。
それに文句をつけるなんて、チキュウってのはどんだけ甘い世界なんだ。
「そこでちょうど良さそうな依頼を見繕っておいた」
俺は数枚の依頼票をテーブルに並べる。
『ブルータルラビットの討伐』
『雑貨屋の大掃除』
『食事処の調理補助』
「おいおい、魔物の討伐はいいとしても後の2つは単発バイトじゃねえか。勇者はタイミィさんかっての」
コウキが眉をひそめて、心底嫌そうな声を出す。
「冒険者なんてのはどこまでいっても肉体労働者だからな。それにみんな最初はこういうのからはじめるもんなんだよ」
「あっそ。じゃあ俺はブルータルラビットの討伐にするわ」
「それぞれの依頼は二人ずつで請けてもらうから、もう一人は……」
「じゃあ俺もそれやるわ。ラビットってことはウサギだろ? 楽勝だぜ」
ダイスケは甘く見ているようだが、それだと痛い目を見るかもしれないぞ。
ブルータルラビットってのは青い樽みたいな大きさのウサギって意味なんだからな。
「はぁ、じゃあ僕は大掃除にしますかね……料理なんてしたことないですから」
「分かった。それじゃあ大掃除はセキヤとハナムラでやってくれ。残ったのを女二人で——」
「あー、あたしパス」
レイカはパンをかじりながら気だるそうにそういった。
「しかし、自分の食い扶持くらい自分で……」
「へーきへーき。アタシはアタシの方法で稼ぐからさー」
まあ必ずしも冒険者にならないといけないわけじゃない。
そういわれてしまったら強制するわけにもいかないか。
「そうかい、分かったよ。じゃあヒナミも今日は依頼を請けなくていいから俺に付き合ってくれ」
「つ、付き合う……?」
ハナムラはいちいち反応してきて面倒くさいから無視だ。
とりあえず、これで各自の割り振りが決まった。飯を食ったら行動開始だ。
「おお、これが本物の剣か……」
「依頼が完了したら魔核の提出と一緒に返却するんだぞ」
「分かってるって、うるせーおっさんだな」
そんな悪態をつきながら、コウキとダイスケはレンタル品の剣を抱えてギルドを出ていった。
セキヤとハナムラはもう出ているので、あとは——。
「じゃあ俺たちも行くか」
「はいっ!」
俺はヒナミと一緒に街を歩く。目的地は衣料品店だ。
「そこへ何しに行くんですか?」
「いや、さすがにお前たちも一着くらいは着替えがあった方がいいだろ?」
「あ、私たちのためだったんですね」
「ああ。みんな揃いの服ってのも悪かないが、あまり動きやすそうにも見えなかったしな」
「あれは学校の制服なんですよ」
「そうなのか。てっきり異世界で流行りの服なのかと……ッ!?」
そんな他愛のない会話の途中、俺は周囲に魔素の動きがあったのを感知した。
とんでもないスピードでこっちへ向かってきやがる。
「何だッ!?」
魔素を集めて、目の前に防壁を展開した瞬間——キィンッ。
それは硬質な音を立てて、防壁と衝突した。
「これは魔物解体用のナイフか? 一体誰がこんなことを……」
明らかに俺への殺意を感じる攻撃だった。
どこからか投擲した、というよりもナイフ自体が操作されていたような……。
そう考えた瞬間、一人の顔が脳裏に浮かぶ。
「≪誘導≫……か?」
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