「子供は彼女が産むから」と、ある日夫が愛人を連れて来た

kouei

第1話 愛人を連れて来た夫

「子供は彼女が産むから、もう君は悩まなくていいんだよ」


 そう言って夫は、少しお腹が膨らんだ女性を連れて来た。


「………え……? ど…どういう事なの? シオン!」


 寝耳に水とはまさにこの事だ。

 だって私は今の今まで、夫が浮気をしていた事にさえ気づいていなかった。


「彼女はスケアリー男爵家の娘でトゥニア。君と同じ、髪と瞳の色の女を探すのに苦労したよ」


 シオンは何でもないような風に、彼女を私に紹介した。

 それに私と同じ髪と瞳の色って…確かに彼女は私と同じ金髪にグリーンの瞳だけど…それで生まれてくる子供が私に似るとでも!?


「彼女が子供を産んでも僕の正妻は君だから安心して、アンリリー。トゥニアはあくまで君の代わりに子供を産んでもらうだけだし、彼女も承知している」


 彼のセピア色の瞳が、弧を描くように微笑んだ。


「……な、何を……」


 シオンは何を言っているの!?

 どうしてそんな事を平気な顔で話すの?

 自分が何を言っているのか、何をしたのか分かっているの!?

 一体、何に安心しろっていうのよ!!


 あまりにも突然の話に、私は言葉もなかった。



◇◇◇◇◇



「……はぁ……今月もきてしまったわ…」


 朝からお腹に鈍い痛みがあった。

 レストルームに入ると、案の定、今月も来てしまった…月の物が。


 今月は先月より遅れていたから『もしかして…』と思ったけれど、その期待は虚しく外れた。


 トライザ子爵家の娘である私アンリリーが、レジェオ子爵家嫡男である夫シオンと結婚して、もうすぐ3年になろうとしている。


 けれど、未だに子宝に恵まれない。


 一年目は「まだ新婚だから」と、誰も何も言わなかった。

 状況が変わり始めたのは結婚して二年目に入ってから。


「きちんと妻としてのお勤めはしているの?」

「私達の子供はシオンだけだから、早く跡継ぎを儲けて安心させて欲しい」


 夫のいない時に、度々義両親りょうしんに言われるようになった言葉。

 とつげば子爵家の跡取りである夫の子供を望むのは当たり前の事。

 分かっているけれど……


「……はい。申し訳ございません…」


 私はそれしか答える事が出来なかった。


 たまに友人のお茶会に呼ばれても、話の中心は各々の子供の事ばかり。


「この間、娘が初めてハイハイしたのよ」

「私の息子は“かーたま”って呼んでくれたの」

「旦那様がそろそろ二人目を考えているのよ」


 私は固まったように口角を上げ、適当に相槌を打ちながら、話の内容は右から左の状態だった。

 そして、必ず言われるこの言葉。


「「「アンリリーのところはまだなの?」」」


 ……自然と諸々の誘いを断るようになっていった。



「気にする事はない。僕たちはまだ若いんだし、いざとなったら養子をもらえばいいさ」


 子供の事を相談すると、夫は決まってそう言った。


 けれど…

 心に石が溜まっていくような気持ちで私がいつも過ごしている事を、あなたは知らないでしょうね……


 夫が私を励ますつもりで言ってくれている事は分かっている。

 けれど、彼の…どこか他人事のような言葉にイラ立ちを覚え始めていた。


 一度病院に行ってみた方がいいのかしら…?

 何度もそう思いながらも、行動に移せずにいる。


 もし、子供が産めない身体だったらどうしよう。

 それを決定付けられたら、もう絶望しかない…


 けれど原因が分かれば、治療方法があるかもしれない。

 少なくとも毎日、悶々もんもんと過ごすよりはましかも…


 そう思い、家族には内緒で病院へとやってきた。

 そこにはいろいろな患者がいた。


 怪我をして松葉杖をついている人。

 車椅子を使っている人。

 そして子供を抱いて、ご夫婦で来ている人。


 私はその家族を見て、受付へ行く気持ちがえてしまった。


 どこへ行くでもなく、病院内の中庭に設置されていたベンチに腰掛けた。


「だめ…怖くて診察を受けられない…」


 不安で不安で胸が押しつぶされそう。

 なぜ悩むのが私だけなの――――…?


 私は俯き、スカートを握り締めた。


「…大丈夫ですか?」


 心配そうな声が、頭の上から聞こえた。


「え…?」


 見上げるとそこに一人の男性が立っていた。

 癖のかかった黒髪にあおい瞳。


「あ…具合が悪いのかと思って声を掛けたのですが…」


「だ、大丈夫ですっ お気遣い下さり、ありがとうございますっ」


 私は慌てて立ち上がりお礼を言った。

 ずっと俯いていたから、声を掛けて下さったのね。

 

「…これを」

 そういうと彼はグリーンにチェック柄のハンカチを私に差し出した。


「あ、あのっ?」

 何の為に渡されたのか分からず、戸惑いながらも思わず受け取ってしまった。


「不要でしたら捨てて下さってかまいませんから」

 そういうと彼は、待たせていたであろう女性の元へと走って行った。


 ハンカチを渡されて、自分が涙している事に初めて気が付いた。


「…うっ…」


 見知らぬ人からの優しさに、また涙が溢れる。

 私は手渡されたハンカチを目に当て、その場に立ち尽くした。



 結局、診察を受ける事もできずにそのまま家に帰ってきてしまった。

 けれど、流した涙と見知らぬ人の気遣いのおかげで、少し心が軽くなったようだ。


 問題は何一つ解決していないけれど…


 そして、その現実を突きつけられる出来事がこの数日後に起こった――――



 「若奥様、皆様が応接室でお待ちです」

 

 ある昼下がり、侍女が私を呼びに来た。


「皆様…?」


 お義父様、お義母様、夫がそろっているという事だろう。

 この時点で嫌な予感がした。


 もしかして子供の事かも…

 

「夫が養子の話をしたのかしら…?」


 傍系から養子を取るというお話かしら。

 やはり後継者は必要だわ。

 養子を取ると言うのなら、私は受け入れるしかない。

 

 そう思いながら応接室に行くとそこには、

 お義父様、お義母様、夫、そして……少しお腹がふくらんだ女性がいた。


「子供は彼女が産むから、もう君は悩まなくていいんだよ」


「………え?」


 笑顔で話す夫の言葉に、私は固まった。











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