第34話 樋辺くねぎは勝負を挑まれる
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『淑女の皆様方――スタジアムにようこそおいでやす、オッズは生徒手帳に逐次更新中どすぇ。今日の勝負はなんと、滅多に表舞台に出てこない噂だけが独り歩きしている斧難山河と』
「わ・た・しが来たぞ――っ!」
実況席に座る学文路さんのマイクを奪い取り、私は叫びます。
景気づけというやつですね。
スタジアムはほぼ満席と言っていいほどの埋まり具合でした。
「エリスちゃん凄いですよ! 正直アウェーだと思ってましたが、こんなに静まりかえるとは思ってませんでした!」
「オレはむしろくねぎが実況席からマイク取り上げて雄叫び上げたのにビビったよ。あと『わたし』じゃ対戦相手が誰だが分かんねーだろーが」
確かに! エリスちゃんは頭がいいです。
迸る熱意が先行して何も考えていませんでした。
『今の元気なのが新入生にして三ツ星生徒、樋辺くねぎと立崎エリスやねぇ。
今日はこのペアと斧難山河での戦いになるっちゅーわけどすぇ』
「どぉお? これから学校辞めるってトキのキモチって☆ きひひひひひっ☆」
ぬるりと。
スタジアムに、斧難山河が立っていました。
「山河さん……喧嘩でも売りに来たんですか?」
「ケンカ? おねーさんは心外だよぉ☆ これからやるのはケンカじゃなくてぇ――えっとぉ、テスト?」
山河さんは一瞬言葉を選んで、私と目を合わせます。
まるで向かい風が吹いたかのように、私は一歩後ずさってしまいました。
山河さんが纏う雰囲気が、私の心をじわじわと蝕みます。
「つまりぃ……早くアタシの下においでよ、っていうラブコールだよっ☆」
「死んでも――お断りですっ!」
「そ、じゃあ死んで☆ まぁ――そんな選択肢もないんだけどネ☆」
にこっ、と山河さんがベールの下で妖艶な笑みを浮かべます。
「さっそくぅ――ゲームのルール説明をするよっ☆ ルールはくねぎちゃん達が考えたものに、ちょこっとだけ、ほんのすこぉ――しだけ、アタシが手を加えたものになってるんだ☆ アタシとくねぎちゃんの共同制作だねっ☆ きひひひひひひひっ☆」
きゃぴ☆と山河さんは観客席に向かってポーズを決めました。
ピースサインを作って目元に当てるあのポーズです。
私が鏡の前でしても様にならないのですが、どうして山河さんがやるとこんなに決まって見えるのでしょうか。
不思議です。
これがオトナの女性……ってことなんでしょうか?
「メインのルールは【オセロ】☆ 同じ色のコマで囲むとひっくり返しちゃうゲームだね! そこに、いくつかの特殊ルールを追加したものが今回のゲームってコト☆」
山河さんに対抗するために、渡良瀬さんや袖浦さんと一緒に考えました。
ただし、山河さんに勝つためにいくつか特殊なルールを設けています。
「特殊ルール①、☠コマ――ひっくり返さないと負けちゃうコマだねっ! 自分の色側に☠が刻印されているコマなんだ☆」
これは、昔私と山河さんで行ったオセロのルールそのままです。
ほんの少しだけルールの改定はありますが、基本的には踏襲しているつもりです。
ですが――本当に追加したかったルールは二つ目。
「特殊ルール②、両面対応っ☆ えっと、普通のオセロの盤面を二つ頭の中で思い描いて欲しいんだけど……盤面の裏同士を合体っ! した、みたいなカンジ☆」
山河さんのルール説明を聞いても、スタジアム全体が理解できていない様子でざわざわしています。
確かに、複雑なルールだなと私も思いました。
最初に渡良瀬さんからこのルールを聞いた時には私も理解できませんでした。
「敵がめちゃくちゃゲームが強いなら――プレイさせなければいいのよっ!」
私たちの頭脳担当(?)、渡良瀬さんはカフェでそんなことを言い出しました。
いえ、四人の中で頭脳担当でないのは私だけなんですけど……。
「プレイさせないっつっても、どーすんだよ? 一人だけ閉じ込めるとか?」
「あんた、もしかして計算が速いだけのバカ?」
「ケツの毛まで毟り取ってやろうか? オレとゲームして一戦たりとも勝ててねぇじゃねーか記号委員長」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてまずはハートの言い分を聞こうよ。
それからハートにはケツ毛は生えてないよ」
袖浦さんのカミングアウトでエリスちゃんは一瞬動きが硬直し、渡良瀬さんは顔を紅潮させました。
袖浦さんは四人の中のバランサーです。
そのことを後でエリスちゃんに言ったら「ブレイカーだろ」と突っ込まれてしまいました。
「こほん! 覚えてる? この学院では『二人組』っていうシステムがあるのよ。ペアでゲームをすることが推奨されているの。だから――二人でプレイしなければいけないゲームにしちゃえばいいのよ。いくら片方が強くても、もう片方が強くなければそこに勝機はあるわ!」
山河さんのペアが弱いとは限りませんが――しかし、渡良瀬さんのアイデアは確かにその通りでした。
「オセロに、“メンコ”を追加しましょう!」
「?」
「は?」
「……ハート、もう少し詳しく説明してくれるかな?」
メンコ。
それは、古来からあるゲームです。
私も実家にいるときにはおじいちゃんとよくやったものです。
……あまり勝てた記憶はありませんが。
「まず、オセロはそれぞれのペアごとに行うの。だけど、それぞれのオセロ盤は連動しているのよ」
渡良瀬さんは自分のカバンから紙を取り出して、その上に8×8のオセロ盤を二つ書きました。
完成した盤面を重ねるように紙を山折りして、すべてのマス目に丸を書いていきます。
白の圧勝です。
「これが表面だとします。ただ、裏面ではまだゲームが続いていて――右下の角にコマが置かれた時に――メンコみたいに、ひっくり返るの」
さっき書いたオセロ盤の右下を、渡良瀬さんは黒く塗りつぶします。
「つまり……二つの盤面は重なっていて、コマを置いたときにずばばばーん! と、勢いが貫通してその場所にあるコマもひっくり返っちゃう――ってことですか?」
「そういうこと! 樋辺さん頭いいわね!」
「えへへ……褒められるとうれしいです! もっと褒めてください!」
「ちょっとは謙遜を覚えろ」
エリスちゃんに小突かれて謙遜することにしました。
厳かな態度で縮こまるように座ります。
「こうすれば――もし敵が強くても裏面からフォローできるわ! 二人の力を使って勝利も夢じゃないわ!」
――という話があり、今に至ります。
「ホントは重力のない部屋を用意しよーと思ったんだけどさっ! どーにも無理っぽいから――透明なオセロ盤を用意しちゃいましたっ☆ ひっくり返さなきゃいけないところがピカっちゃうトクベツ仕様! きひひっ☆」
スタジアムに設置された巨大スクリーンの中に、小ぢんまりとした部屋が映し出されます。
おそらく対局室です。
その真ん中には、確かに透明なオセロ盤が置かれていました。
「大変だっ――大変なんだよっ――!!!」
血気迫る勢いで危機を知らせる大声が、私の耳に響き渡りました。
しかも、その声はつい昨日も聞いたことのある声で――。
「袖浦さん!? どうしてスタジアムの中に!? 応援は嬉しいですけど」
「応援っ! を……しに行こうって……言ってたんだよ……! はぁ……はぁ……」
相当走ってきたのか、息も絶え絶えな袖浦さんの言葉を待ちます。
突然の来訪者にスタジアムの人もざわついています。
「いないんだ! ハートが……!」
「渡良瀬さんが!?」
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