自由に羽ばたくエクスシア

@cyacye

第1話 日常と光

 轟く咆哮、地の底より呻る声、煙火は鎮まることを覚えず、ただただ陽の登ることのない狭間で戦い続けてきた。幾多の悪魔を切り捨て、浴びる様に返り血で身を染める。そう、能天使のうてんしである自身の役目を果たすため、銀河そらの秩序を守りし一人として戦い続けてきた。


 だがある時、気が付いてしまった。何故自分は悪魔と戦っているのだろう、と。今までずっと、何も考えずに戦って来た。だが気付いてしまった、そこに自分という個の意思は関係していないのだと。もっと自由に生きたい、もっと戦い以外の事も知りたい、そう考えるのに時間はかからなかった。


 楽しそう……そう思った。知りたい。自分の知らないモノを知り尽くした時どうなるのだろう。実際に見えもしない光を見た気がした。そう思った時、私は既に神の使いではなく一つの自由意志として羽ばたいていた。




 自由意志で羽ばたいた能天使は、自身をチャチェと名付けた。なんの意味も持たぬ言葉の羅列であったが、自分を識別する記号があるだけで気分が違うように思えた。

 そんな事をしながら、まずは世界を見て回っていた。生まれてから戦場で悪魔を相手に戦うことしかしてこなかった自分にとって、生命体がいる星も、いない星も興味が尽きることはなかった。人間の文化も興味深かった。自分たちの事や科学の事、全く必要としない料理や園芸なども、くまなく見て回った。


 だが、堕天したチャチェに待っている未来は楽しいものだけでは無かった。天界が神の天命を聞かない天使を放っておく訳もなく、天使の力の根源である羽根を捥ぐためチャチェを追っている。今までも何回か攻撃を受けていた。しかし、戦いのために生まれた能天使のチャチェにとって掻い潜れない程のものではなかった。


 自分の自由のためならこれくらいは仕方ないと割り切っていたが、とうとうそうも言っていられない相手が出てきてしまった。熾天使してんしである。神への愛と情熱で身体が燃え盛り、三対六枚の翼を持ち、二枚で頭を、二枚で体を隠し、残りの翼で羽ばたく。

 何故ここで最上とされる熾天使が自分のもとにやって来たのか。そんなことチャチェに知る由も無かった。


「一介の天使である僕如きの裁きに、最高位の熾天使ともあろうお方が出向くなんてね」


 緊張と熾天使から発せられる重圧に、手のひらに汗をかく。それを隠すかのように減らず口を叩く。表情は笑っているように見えるが、目は熾天使の隙を見逃すまいと緊張を張り巡らせている。


「この状況で減らず口とはな、強がらずとも良い、大人しく羽根を捥がれ地に落ちるがいい」


 瞬間、閃光が瞬いたと思ったら光の弾丸のような物がチャチェの肩を貫いた。肩の傷が焼けるように熱い、このままここに居続けるのはまずい。そう判断したチャチェは追撃が来る前に全速力で羽ばたいた。自分の速さで熾天使を撒けるとは思っていないが、とにかくあのままあそこに居てはいけないのだ。


 全力で翔けるチャチェだが、後ろから燃え盛る熱が追って来ているのが目に見えずとも分かる。飛びながら時折り追撃を受け、弾丸は腹を貫き身体が末端から冷えていくのが感じ取れた。それでも気力を振り絞り、飛び続けるが、ついに羽根を貫かれ、墜落してしまう。


 それを確認した熾天使は、ゆっくりとチャチェが落ちたであろう場所へ向かう。空から地上へおる立つ中、徐々に見えて来た姿は痛々しく、もう飛ぶ力もないように見える。


「もう鬼ごっこは十分楽しんだ、さぁ、大人しく羽根を捥がれるのだ」


 チャチェを追い詰めた熾天使は、勝利を確信した声で言い放つ。


「ふ……ふふ、神を愛する事しか考えられぬ者に、やる羽根なんかない」


 ズリ……と体を引きずり熾天使に向き合う。


「本当に口の減らぬ輩よ、お前にもう逃げ場などない」


 少々怒りを含んだ声で、熾天使はそう言うと、腕を振り上げる。すると、無数の光の弾が展開され、チャチェへと照準を合わせたようだった。


「最初からここへ向かっていたとしたら?」

「何?」


 よく見ると地面に陣のようなものが描かれている。熾天使がそれに気付いた時にはもう遅く、陣が輝き何かの術を発動しているようだった。


「貴様、まさか」

「ご名答、最初からここへ向かう逃走経路だったのさ」


 言葉が終わるや否や、陣は一層眩く輝き、チャチェの体を包み込んだ。熾天使は急いで光の弾丸を打ち込むが、それは虚しく地面に風穴を開けるだけにとどまった。そこにはもう標的の姿は無い。どこかは分からないが転移してしまったようだ。熾天使はふぅ、と一つ息をこぼすとゆっくりと羽ばたき天界へと帰っていった。


 ところ変わり、天界ではチャチェがどこに転移したのかで騒ぎになっていた。地上の出来事を見る鏡で状況を見ていた天使たちは、あらゆる神器を使って標的の気配を辿るが、陣の書かれた所でぷつりと途切れてしまう。これが何を意味しているかというと、もうこの銀河せかいには居ないのである。


「何事だ」

智天使ちてんし様!今、追っていた能天使が術式により姿を眩まし、未だ行方が知れず……」


 申し訳なさそうに答える天使に、智天使はその事ならもう良い、と答える。


「我らの神からの伝令だ、あやつはもうこの銀河せかいにはおらぬ、我々の管轄外に逃げたなら捨ておけと。久々に指揮官になれる逸材だと思っていたが、まさか堕天するとはな、ままならぬものよ」


 智天使は残念そうにそう呟くと、自分の持ち場へと帰っていく。先程まで慌ただしくチャチェの捜索を行なっていた天使たちも、撤収するために神器を片付け始める。チャチェの処遇は天界が意図したものではなくなってしまったが、世界からの追放という形で落ち着いた。




 ここはソレイユ大陸のアースガルズ王国、人里離れた山奥に、一人のエルフの女性がいた。その女性の名はファルメル。千年以上前、魔法がまだ世に溢れてた頃、ファルメルの発見により魔法の発展が数百年は早まったと言われるほどの魔導師であった。今は都市から離れたこの山奥で、一人隠居をして、細々と魔法で生計を立てている。


 そんなファルメルが、いつも通り薬草を取りに行こうとした時、目の前に眩い光が集まって人と思しき形になったかと思うと、どさり、と羽根の生えた人が横たわっていた。とても大きな力に、危険を感じたファルメルは咄嗟に身体を強張らせる。


 羽根は力なく垂れており、血だらけの体をしたその人は息も絶え絶えで、我に帰ったファルメルはすぐに治療をしなくては、と急ぎ自分の家へと走ると、自分の杖をもってその者の所へ戻って来た。


 杖を振り、ファルメルが言葉を唱えると、その者の体が淡く光り傷口が瞬く間に塞がっていく。一通りの施術がおわると、その者の息は安定しているが、起きる気配はなかった。


 ファルメルは、はぁ……と息を吐くと、また杖を振り何かを唱える。すると、羽根の生えた人が浮き上がり、ファルメルはそのまま自分の家へとその者を連れ帰った。

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