学院

ピンドス山脈のとある山の麓に行商人の馬車が止まった。


商人の男が振り返って荷台に柔らかな声で話しかけた。


「到着だよ。オリオン君」


荷台には殆ど荷物を持たないオリオンが座っていた。


オリオンはお礼を言って荷台から降りた。


キラノト村を出てからオリオンと行商人は、徒歩で行商人が馬車を預けている村まで行った。


キラノト村付近は険しい山があって行商人は近くの村に馬車を置いて、徒歩でキラノト村まで物を売りに来ていたのだ。


オリオンは学院の新入生が集合する場所に、行商人の馬車に乗せてもらって来たのだった。










集合場所は広く開けた草原で、オリオンは風を体全体で感じて、故郷のあの丘を思い出した。


集合場所にはオリオンと同い年くらいの子ども達が多くいる。


集合場所しか知らされていないオリオンは、この後どうしたらいいかわからなかった。


なるべく、子ども達が群れている場所に移動して周りの行動を見ていた。


すると突然、地鳴りがした。


困惑しながらも、じっと耐えていると誰かが「なんだあれ!!」と言った。


オリオンを含めその場の子ども達は顔を上げると、騎馬隊の大群がこちらへ向かって来ていた。


砂埃をたててやって来る馬の上には屈強な男達が乗っていた。


地鳴りはドンドン大きくなり、心臓に響いた。


オリオンは恐怖心が芽生え始めた。


その場にいる子ども達の緊張感が肌を撫でるように伝わってくる。










騎馬隊が目の前に止まるまで、子ども達は呆然と立ったままだった。


騎馬隊が止まったと同時に、不安でいっぱいだったオリオンの脳が動き出し、馬に乗った屈強な男達が武装していることに気が付いた。


(山賊か?)


騎馬隊の先頭にいた男が言う。


「我はラピタイ族の長ペイリトオスなり!! 東の魔王に誓って軍人志望の勇敢な貴様らを学院入り口まで送り届ける!!」


ペイリトオスの背後にいる騎馬隊から馬車が現れた。馬車は十台あった。


(送り届ける? 山賊じゃないのか? 信用していいのか?)


しかし、余計なことを考える隙すら与えないかのように慌ただしく、子ども達は馬車に乗せられ始めた。


オリオンも例外ではなく、荒々しいラピタイ族の男達に引っ張られ、馬車のもとへ連れていかれた。










馬車の外見は木と鉄でできていた。


(青銅ではないのか。頑丈そうだ)


馬車には四人ずつ乗らされた。


オリオンは入り口側に乗せられ、扉をバンッと閉められた。


扉は外側から鍵が閉められ、内側からは開けられない使用になっている。


更には、窓もなく外の風景を見ることができない。


(閉じ込められた。まるで牢屋みたいだ)


外から見た頑丈そうな作りは子ども達を閉じ込めるためのものだった。


ガチャッと音がした。壁だと思っていた一部が小窓だったようで開いた。


ただ、それもこちら側からは開けられそうにない。


そこからラピタイ族の男の両目が現れた。


「おい。これを」男は四つの長方形の布を小窓を通してわたした。


「それで目隠しをしろ。きつくな。ちゃんと周りが見えないようにしろよ」


本当に学院に連れて行ってくれるのだろうか。


やっぱり山賊の人さらいなのではないか。


子ども達は更に不安が高まった。


馬車は子ども達の不安などお構いなしに、出発した。


(はぁ、大丈夫かなぁ)


静まる馬車内で一人喋り始めた者がいた。


それはオリオンの隣にいた男の子だった。


オリオンは緊張をしていて一緒に乗った人の顔を見ることすらできなかったため、どんな人が喋っているのかわからない。


話の内容は、育った村のことだった。


正直、内輪の話ばかりで何を言っているのかわからなかった。


それは他の二人も一緒のようでオリオンと同じようにただ、黙っていた。


馬車内は隣の男の子の独擅場と化していた。


(隣の人はよく喋るなぁ)


しかし、不安でいっぱいだった子ども達の心が少し和んだのだった。






         ◇◇◇






馬車が止まった。


ガチャッと小窓が開く音がする。


「目隠しをとれ」という男の声が聞こえた。


目隠しをとった瞬間、馬車のドアが開いて光が差し込む。


(眩しい!!)


別のラピタイ族の男が「出ろ」と言う。


オリオンは出ると、そこは森の中だった。


森の中の開けた場所に馬車が十台整列されて止まっていた。


誰かが言った。「おい、見ろ」


馬車の向かいにはボロボロの木造の小屋があった。


かなり劣化が進んでおり、誰かが住んでいる気配はない。


(まさかここが山賊のアジト?)


しかし、ラピタイ族達は、馬車に戻り「さらば勇敢なる戦士の卵よ。武運を祈る」


長がそう叫び、騎馬隊と馬車隊は去っていった。


するとボロボロの小屋のドアが開き、中から黒い服を着た女が出てきた。


女は子ども達を見渡した。


離れた場所でも女の威圧感が伝わった。


「全員無事に送り届けたようね」


そう女は独り言を言って、今度は子ども達に語りかける。









「私の名前はクリファ・コール。学院の教師です。皆さんにはこれから学院へ入り、入学式に参加してもらいます」


(学院? やっぱり学院なのか? でも、どこに学院が? まさか、あの小屋じゃないよな)


誰もが抱く疑問に答える気はないようにクリファは話を進める。


「それでは一人ずつこの小屋に入ってもらいます」


新入生達はどよめく。おそらく四十人はいる新入生があの小さな小屋に全員入れるとは思えない。


それを察したクリファは言う。


「ご心配なく。アナタ達がこれから出向こうとしているのは魔法を学ぶための場所です」


そして「アナタ」と、クリファは近くにいた新入生を呼んだ。


しかし、ほんの少しの間躊躇しているとクリファはその新入生に向かって人差し指をさした。


その人差し指をクイッと自分の方へ曲げると指をさされた新入生の左足がズズズと地面を擦りながら前へと出た。


「えっ!?」


「そのまま来なさい」


またクリファが指をクイッとすると今度は右足が前へ出た。


まるで何かに引きずられるように。


「わっわっわっ」


どんどん新入生は進んでいきドアの前に立つ。


「さあ、どうぞ」


クリファは手を叩き「さぁさぁ入学式に遅れますよ。アナタ達はこれから兵士になるのです。こんなことで臆病風に吹かれないでください」


クリファの威圧から皆は従い、次々と新入生はドアを開けて小屋に入っていく。


オリオンも例によってドアの前に並んでいる列に加わり順番を待つ。


そしてオリオンの番になった。


オリオンはドアノブに手を掛けて、息をのんで思いっきりドアを開けた。


瞬間、ドアの向こうから光が迫って来た。


引き寄せられるようにオリオンは歩を進ませ、光の中へ飛び込んだ。


すると光が身体を包みこみ一瞬にして光は弾け飛んだ。


その眩しさに目を瞑ったオリオンは光が治まったことを確認すると目を開ける。


眼前には入ったはずの小さなボロ小屋とは比べものにならない程の大きな石造りの建物があった。


城とまでは言えないが、多くの学生が学ぶには十分な大きさに見えた。


あの小屋と同じで質素な感じではあるけれど、オリオンはこれほど大きな建築物を見るのは初めてだった。

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