男女比バグっているのに悪役転生だと思い込んでいる奴

悠/陽波ゆうい

第1話 これは、悪役転生ってやつか!(違う)

 目が覚めると……見知らぬ天井が広がっていた。


「ん……ここは……?」


 少しの違和感と重たい頭をさすりながら、僕はベッドから身を起こす。


 目に飛び込んできたのは――豪華絢爛な部屋。


 ……おかしい。僕の部屋は典型的な部屋だ。


 なのに、僕が寝ていたのは肌触りの良いキングサイズのベッドだ。


「……へ? ここ、どこ?」


 思わず口から呆気ない声が漏れてしまう。


 目は冴えたはずなのに、混乱している頭……。

 

 今度はゆっくり周囲を見回せば……黒と白を基調としたメイド服を身に纏った女性がいた。


 しかも、1人や2人ではない。


「坊ちゃまがお目覚めになられた……!」

「ああ、良かったっ。これで……」

「でも坊ちゃま、どこか様子が変じゃない?」

「もしかして、お怒りなのかしら……」


 部屋の隅にずらりと並んだ十数人のメイドさんたちが僕を見るなりざわざわ騒ぐ。


 えっ、なになに??

 それに、心配している反面でどこか僕を見ておどおどした様子のような……。


「――皆様、お静かに。坊ちゃま、お目覚めになられて良かったです」


 ピシャッと纏めるような口調でありつつも、透き通るような声が響く。


 メイドさんたちはすぐに口を紡ぎ……その声の女性だけがこちらに来た。


 胸の辺りまで伸びる艶やかな銀髪に切れ長の澄んだ青い瞳。

 凛々しい表情で、上品な立ち居振る舞い。

 冷たいというよりは、落ち着きがある美人な女性だ。


 そんな美人さんは……僕のことを『坊ちゃま』と呼んでいるのだろう。


 ……なんで??

 

「えぇっと……坊ちゃま?」


 恐る恐る問いかけると、美人さんは少し困ったように首を傾げたものの、すぐに表情を切り替えた。


「わたくしたちメイド一同、羽澄玲人はずみれいと様のお世話をさせていただいております」


 美人さんは端的に回答した。


 だが、僕はさらに混乱した。


「はずみ……れいと?」


 誰だ、それは?


 僕はそんなかっこいい名前じゃない。


 しかも、うちはメイドを雇えるほどの大富豪ではない。

 

 僕は、サラリーマンの父と専業主婦の母との間に生まれたごく普通の高校生だ。


 なのに……これは、どういうこと?


「坊ちゃまどうなさいましたか? ご気分が優れないのでしょうか?」


 ご気分というか、全部が分からないというか……。


 そう尋ねられても、僕はどう返せばいいのか分からず……口篭る。


 いやいや、こんなの何かのドッキリでしょ。


 あの隅っこにいるメイドさんのスカートにでもカメラでも仕込まれてるんじゃないの?

 ちょっとスカート捲ってもいいですか?


「……。坊ちゃま」


 すると、美人さんは真剣な面持ちでじっと僕を見据えてきた。


「わたくしの名前を覚えていらっしゃいますか?」

「名前……?」


 覚えてるも何も、この美人さんとは初対面だ。


 でも、ここで正直に答えたら空気が悪くなるかもしれない。


 悩んだ末……僕は出まかせを言った。


「き、綺麗だから……その……麗子さん、とか?」

「っ……」


 すると、美人さんのクールな表情がぴくっと動いた。


「今、玲人様が綺麗って……」

「……嘘っ」

「あの玲人様がそのようなことをおっしゃるなんて……」


 心なしか、周囲に立っているメイドさんたちもざわっとなったような気がする


 え、なになにその反応っ!?


 僕みたいなフツメンには似合わない台詞過ぎて引かれているの?


 今から土下座で謝ればいいです??


 僕がしどろもどろになっていると……美人さんがコホンっと咳をして、表情を引き締めた。


「綺麗……ですか。ありがとうございます。しかしながら、わたくしの名前は恭子きょうこでございます」


 あら、違ったか。

 でも、ちょっとおいしくない?


「やはり……事故の後遺症があるようですね」


 美人さんこと、恭子さんが重々しい雰囲気でそう言えば、周りのメイドたちがまたざわめき出す。


 じ、事故!? 僕、別にトラックに轢かれた覚えとかないよ!?


 ただただ現状に混乱しているだけで……。


「ちょっと……1人にしてほしいっ」


 この場の空気に耐えきれなくなった僕は、そう言い放った。


 すると、女性と周りにいたメイドたちは「承知いたしました」と一斉に頭を下げ、部屋から退室していく。


 おお、すごい……。


「では、坊ちゃま。何かありましたらお申し付けつけください」


 最後に恭子さんが恭しく頭を下げて退室した。


 扉がパタンと閉じて、部屋に静寂が訪れる。


「び、びっくりしたなぁ……」


 起きたら見知らぬ場所で、しかも可愛いメイドさんに囲まれているなんてどんな展開よ……。


 僕は大きなひと息をついてから、ふと近くにあった姿見へ向かう。

  

 そこに映った自分の姿を見て……さらに驚愕した。


「こ、これは……誰だ!?」


 明らかに記憶にある自分の顔じゃない。


 サラッとした黒髪に、切れ長の瞳の整った顔立ちの少年がそこにいた。

 でも、目の下には薄らとクマができており、不機嫌そうな顔をしたらちょっと怖い。


 そして……僕は確信した。


「これは、悪役転生ってやつか!」


 豪華な部屋、美人メイドたち、その反応。僕の容姿……。


 間違いなく、悪役転生だ!


 悪役転生。


 小説や漫画でありがちな設定で、物語の中の主人公に転生するのではなく……。

 嫌われ役、ヘイト役、ボコられ役、ざまぁされる役など―――破滅フラグだらけの悪役に転生してしまう現象だ。


 つまり、悪役転生して待つのは死の末路―――


「ならば僕は、破滅フラグを全てへし折ってやる!」


 こぶしを握りしめて、ふすんと鼻息を鳴らして決意を固める僕。


 しかし、少し冷静になると……気になることが出てきた。


「待てよ……? この世界のシナリオってなんだ? 僕はどんな悪役で、ヒロインは誰で、主人公はどこにいる?」


 これが分からないと破滅フラグ回避もできない。


 本来なら、前世の記憶を出すのと同時に自分が転生した悪役の名前や世界観を思い出すもののはずだけど……。


 さっぱり、思い出せない。

 なんでだろう?


「まあ、いっか。これから思い出すでしょっ」


 色々と考えることはあるものの、今の状態ではダメだ。

 

 ここは一旦落ち着く必要がある。


「よし、2度寝しよう!」


 僕はふかふかのベッドにうずくまる。

 

 人間、睡眠を取ればなんとかなるってものだ!


 そうして、僕はすぐに眠りに落ちた。



 しかし……この男は、をしていた。


 ここは、RPGやゲームの世界ではない。

 悪役転生したわけでもない。

 破滅フラグがあるわけでもない。


 むしろ、この男の存在自体がフラグなのだ。


 何故ならば、ここは――


「――早くお医者様を呼んでください。羽澄家のご子息に……いえ、に何かあってはいけませんから」


 部屋から出た恭子は、冷静な口調ながらも、その内容は急ぎである。



 この世界は、男女比がバグって男の数が少ない――なのだから。





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