第187話 転生したら……
〈インゴベル王視点〉
「では地下の封印をかけ直せると?」
ランディル・エンバッハが直立しながら言う。
「ああ」
「それで、そこのジャンヌとやらが求めることとはなんだ?」
片目の隠れた気品あるジャンヌは跪きながら答える。
「この大戦を平定させ、我々の村の安全を保証して頂きたいです」
「それ…だけか?」
「はい。我々はただ静かに暮らしたいだけです」
「わかった。ならばそのセラフとやらをこの王都まで召喚させよう」
一瞬、ジャンヌの表情が曇ったのを私は見逃さなかった。
「なに、マシュから全てを聞いている。エイブルの庶子なのだろう?そのことは内密にし、ここまで召喚させる。国賓として扱うゆえ、こちらからが迎えを用意する」
「畏れながら、陛下のお心遣い、誠に痛み入ります」
「…それと、イェレムには本当に援軍を送らなくても良いのか?」
「はい。明日、私が平定しに参ります」
まるで花を摘みに行くようにジャンヌは言った。
「…わかった。だが、私の護衛である騎士団を派遣する。申し訳ないが、貴殿が戦闘を平定するその武勇を、我が騎士団に担わせてもらおう」
ジャンヌは了承の返事をした後、玉座の間から出ていった。私はここに残ったランディル・エンバッハに尋ねる。
「あやつらの意向をどう考える?」
ランディルは答えた。
「今はあやつらに頼るしかない。今後数百年は安泰だろうが、それ以降は私でもわからない」
「四執剣はどうのように動くと?」
「奴らの聖域に私と四執剣並みに強い王女がいる。奴らも迂闊には動けまい」
私は黙り、ランディルは続ける。
「ジャンヌの行った都市イェレムへは、様子見をするくらいするだろうが、手出しはしないと思われるな」
「そうか……」
ランディルも玉座の間より出ていった。夜も深い。私もこれから寝室へと向かい就寝に入るとしよう。だが、その前に寄るところがある。
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〈神セイバー視点〉
◆ ◆ ◆
新宿駅東口の交差点は、夜の鼓動そのものだった。巨大なLEDビジョンがビルの表面で色とりどりの広告を点滅させ、行き交う人々の顔を青や赤に染める。タクシーのクラクション、ファザードの点滅、酔客の笑い声、地下鉄の振動が地面を這う低音と混ざり合い、急かされているような喧騒が空気を震わせる。そこに雨音が混じり、絶え間ない音を立て続けていた。アスファルトには水溜まりが出来ており、足元からネオンが反射して、まるで異世界へと続くように見えた。
「はい、もしもし。お疲れ様です。笹塚支部の田中です──」
振動と騒音、行き交う人々の足音や笑い声が通話相手の声を邪魔してくる。私は苛つき、片手で差していた傘を首と肩で固定し、空いた片手でスマホを押しあてていない方の耳を塞ぎながらスピーカーから聞こえる声に集中する。
『勧誘はどうですか?』
「まあ、ボチボチってところです」
勧誘に成功した人物は0人だ。
愚民達は日々何を想い、どのように生活しているのだろうかと疑問に思う。私は通話相手から一瞬だけ集中を解いて、目の前を四方に横切る群衆を眺めた。
何も考えず、堕落しきり、日々を偶然に任せて生きている。そんな愚民達に選挙の投票券を与えているのだから民主主義というのに嫌気がさす。
『──って聞いてます?』
通話相手が苛立ちを募らせたのがわかった。
「すみません。回りが騒がしくって…ちょっと待ってください」
私は群衆から離れようと、小走りに道路へ出た。しかし次の瞬間、水溜まりを弾きながら走行する車が私を側面から弾いた。
アスファルトに溜まったどす黒い水溜まりに赤い血の輝きと群衆の声が混ざり合う。
◆ ◆ ◆
もうあれから何万年生きただろうか?これを生きていると言っても良いのだろうか?私はあの日車にひかれ、気が付いたら、この惑星の一部となっていた。
12英傑と呼ばれる英雄達よりも前の時代、私はこの惑星の一部として自分に何ができるのかと色々と試した。
私の行動できる範囲を調べた後、具体的に何ができるかを試行錯誤した。大地を裂き、川の流れを変え、木を育てた。しかし木の場合は注意が必要だった。周囲の環境を著しく変えてしまう。他の草木が枯れ、大地は干上がる。育てるならば満遍なく森を形成すべきだった。そこに住まう動物や昆虫達を育てることも忘れてはならない。
しかし、ここで私の可愛がっていた1羽の鳥が熊と狼を足し合わせたような動物に狩られてしまった。私が日々、木の実を実らせ餌を与えていた鳥が瀕死の状態にある。そして食されようとしたその時、私はその鳥に力を与えた。傷が治り、そして熊を倒した。
その時、私は気が付いた。
地球で信仰された神とは私のような存在だったのではないか?
惑星の一部となり、世界の一部を意のままに管理できる。
私はどのようにして鳥に力を授けたのかを今一度試した。鳥だけではなく、私の力が最も強いこの場所に来た他の動物達にも力を与えた。
人間の場合、なかなか上手く管理ができなかった。私が力を与えた人間や私の存在を信じる人間達には私の声や、意思が届くのだが、そうでない者達には私の声は届かなかった。動物達の場合、ここに何かいると感じさせるだけである程度管理できたのだが、人間の場合そう上手くいかない。
私が力を授けた人間達に、様々なことを試した。良い行いをした者達には恵みを与え、そうでない者には罰を与えた。具体的には堕落した人間達が住まう街を塩に変えたり、洪水を起こさせたりと様々だ。また私を信じさせようと偶像を作らせもした。しかし偶像の場合、それは私ではなく別のものとしてみなされ、私の信者として認識されなかった。だから偶像の崇拝は禁止にさせた。
しかし人間は目に見えない者を中々信じない。それは私が日本に住んでいた頃と同じだ。
愚かな人間達は昔も今も変わらない。そして今この聖地にやって来たこの男も同じである。
「神セイバーよ、どうか私の娘を元に戻しては下さらぬか?」
私は答えた。
『愚王、インゴベルよ。それは私にとって簡単なことだ。だがお前は私に何をもたらす?』
「忠誠を誓います」
『ならば私を再び封印しようとする愚か者を殺せ』
「仰せのままに……」
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