第167話 嘘

〈マシュ(マーシャ)王女視点〉


 私はファーディナンドとメイナー氏とデイヴィッド氏、ジャンヌと一緒にヌーナン村を出て、小都市バーミュラーへと赴いた。前回来た時とは打って変わって、街中では堂々とし、都市長ロバート・ザッパのいる都市庁舎へと入る。


 私達はAランク冒険者ミルトン・クロスビーより世界情勢を教えてもらった。王弟エイブルの裏で糸を引いている賢者ウィンストンやその勢力と敵対している龍の使いランディルのこと、四執剣やここバーミュラーにいるロバート・ザッパやヴィスコンティ伯爵の思惑等も知った。


 ザッパは私のお父様の派閥であり、王弟軍がヌーナン村を囲った際は、いつでも私を奪還するつもりでいたようだ。

 

 その事を知った私達は、ザッパの元へ訪れる。セラフをヌーナン村に置いてきたのは、反乱を起こした王弟エイブルの隠し子である為、ザッパやバーミュラーの衛兵達の印象を落とさせないためだ。また、セラフ主導だと王弟が裏で私達を操っていると思われる可能性もある。いくらセラフがその王弟に殺されそうになったと主張しても、信じてくれる人はそういないだろう。人は表面の情報を元に、様々な憶測を抱く。それは直感という言葉に置き換えられることもあり、なかなか最初に抱いたそれを拭うことができない厄介なものなのだ。


 ヌーナン村でこれからの行動についての会議を終え、十分休息した後、バーミュラーへとジャンヌの魔法で発った。馬車で半日はかかるところを10分程で到着してしまった。最早私達は驚くことはなかった。セラフの付与魔法での村の偽装、森の錬成、1万を超える兵の撃退、Aランク冒険者に化け物扱いされるジャンヌ達、次に私が驚くことがあるならば、それは神や悪魔と相対した時くらいだろう。


 執務室に案内された私達は、中にいた都市長ロバート・ザッパに迎えられる。


「殿下!」


 ザッパは私を見てまずそう言った。そして落ち着きを直ぐに取り戻して言った。

 

「…ご無事でなによりです」


「ええ」


 それぞれの挨拶をぎこちなく終えて、私達はお互いの近況を伝えあった。ぎこちない理由は、前回私の保護をファーディナンドがザッパに求めたが、却下されたことをお互い意識してのことである。勿論、セラフについてやジャンヌ達については触れなかった。存在を認めこそしたが、その実力は隠しながら説明する。


 ザッパは驚きながら呟いた。


「ハルモニア三大楽典のリディア・クレイルが協力を?」


「ええ、そうよ。彼女がいなければ、私はフースバル将軍に捕まっていたでしょうね?」


 アーミーアンツの姿はもう見られている前提で、嘘をついた。ザッパになら全て正直に話しても良いのではないかとの意見が出たが、ファーディナンドとメイナー氏がそれを拒絶した。やはりザッパが一度私の保護に難色を示したことに彼等は信を完全に置けないでいる。


「しかしアーミーアンツだけでは、流石に1万5千の兵やAランク冒険者には太刀打ちできないのではありませんか?」


 ザッパも何か、探るような質問をしてきた。もしかしたらリディアの精神支配を懸念しているのかもしれない。


「リディアは、魔の森最深部の強力なモンスターを数体使役しているわ。それだけでなく、ここにいる元Bランク冒険者のデイヴィッド氏やファーディナンドの存在も大きかったみたいね」


 だから彼等を連れてきた。


「リディア・クレイル…殿は何が目的なのでしょうか?」


「世界の均衡。要は平和が目的のようね?なんでも神聖国は神の名の元に、醜い権力争いが凄いみたいで、リディアは魔の森のモンスターを支配する任に就いたのを機に、神聖国を裏切ったみたい」


「左様ですか……」


 私達が考えた物語の筋をザッパは一通り信じたように見えた。リディアがここまで出向かないのは、ザッパを信じていないという理由とフースバルとの戦闘で疲弊しているからと説明できる。そこを私が橋渡しのような役割でお父様であるインゴベル国王陛下に自分の無事を伝えてもらえないかと進言する。また、お父様にゆくゆくはセラフ達のことを全てお話して、彼等の村の庇護を頼みたいとも考えていた。


 フースバル将軍の軍が壊滅したことにより、この内戦はほぼほぼ終わったと言っても良い。残る懸念はバロッサ王国、ハルモニア神聖国、ヴィクトール帝国が同盟を結びシュマール王国へと進軍してくることと、四執剣であるウィンストンの動向だ。彼女は一体何が目的なのか、それはAランク冒険者のミルトンすら知らなかった。


 ザッパは私達の状況を聞いた後、何か煮えきらないような表情をした。それをメイナー氏が尋ねる。


「何か…あったのですか?」


 ザッパは姿勢を正し、私を見ながら言った。


「…現在王弟エイブル殿下はカイトス将軍の裏切りによって、インゴベル陛下の元に捕まっております」


 ファーディナンド達は、それを聞いて驚いた。私はというと、ホッとした。ザッパは続ける。


「しかし、バロッサと帝国、神聖国は互いに同盟を結び、シュマール王国へと攻撃を開始しました。そして、ここから西のバロッサと帝国と戦っている戦場でゴルドー将軍がシュマールを裏切り、王都へと進軍しております」


 それも想定内だ。メイナー氏は尋ねる。


「ゴルドー将軍だけですか?ヒクサス将軍は裏切っていないのですか?」


「それも時間の問題かと……」


 私達は、とある提案をしようとした。それは、ここバーミュラーの戦場を私達に任せ、ザッパは援軍を王都へと送り込むといった提案だ。


 しかしザッパは言った。


「いずれ、殿下の耳にも入るやもしれませぬので、ここでお伝えしておきます」


 改まった言い方に私達は首を傾げる。ザッパは続けていった。


「インゴベル陛下は自ら、ご自分にはギヴェオンの血が流れていないことを宣言致しました」


 これは私達の想定外である。皆が驚いた。しかし当の私は少し安堵していた。


「わかったわ。だからカイトス将軍はエイブル叔父上を裏切ったのね?」


 ザッパは私の反応に驚いたのか、少し間の抜けた表情をする。


「…ご存知だったのですか?」


 私は言った。


「知らなかったわ。でも今は、そんなことに思考をさいている時間はないわ。民を騙していたのは心苦しいけれど、私のできることを精一杯やるだけよ?」


 私はそう告げて、先程の提案をザッパにした。

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