第66話 置き土産

〈セラフ視点〉


 あのお姉さんがハルモニア神聖国からやって来た者であるとほぼ確定した。理由はジャンヌがあのお姉さんの宿泊部屋へ入った際に、そう言いかけていたと報告してきたからだ。


 そのハルモニア神聖国よりやって来たお姉さんは引きこもりを経て、翌日『黒い仔豚亭』からチェックアウトした。


 馬車で、バーミュラーへと向かっていく。僕はジャンヌと一緒に村から出ていくお姉さんを尾行したが、特に怪しい動きはなかった。ジャンヌがバーミュラーまで尾行することとなり、僕は『黒い仔豚亭』に戻った。


 ジャンヌ曰く、お姉さんは何かに思い悩んでいたとのことだ。おそらく自分のゴーレムが一瞬で破壊されたことにショックを受けていたのではないかと予想される。


 思い悩むのは何もお姉さんだけではない。僕らにも言えることだ。


 一体魔の森の最深部で何が起きたのか。討伐難易度B-相当のゴーレムが一撃で屠られた。


 ──それも3体連続で……


 あのお姉さんがハルモニア神聖国の者でなければ、ただ単にリディア・クレイルがそれを退けたと説明できるが、ジャンヌの証言でハルモニア神聖国の者であると確定した今、これを撃退しのがリディアならば、何らかの交渉が決裂したことを意味している。


 ──或いはこれがリディアの仕業でなく、最深部に棲息するモンスターによってただ破壊されただけか……


 ──交渉が決裂したのならば、魔の森の中間部を掌中に収めている僕らがリディア・クレイルの手先として装って行動しても問題ないか?ただそうなるとあのゴーレムを粉砕した強者が気になる……


 一度リディアと相対しているアーミーアンツの女王によると、リディアが直接手を下した可能性は低く、そのリディアが精神支配した強力なモンスターだと仮定すべきとのことだ。


 いずれにしろ、魔の森の中間部と最深部の狭間をアーミーアンツに警戒させておくべきだろう。


 そんなことを考えながら『黒い仔豚亭』に戻るとアビゲイルが僕を呼ぶ。


「セラフ!大変なの!!ちょっと来て!!」 


 僕は小走りするアビゲイルに付いていった。どうしたんだろう?と思いながらアビゲイルの後を追うと、案内されたのは先程馬車に乗って小都市バーミュラーへ出発したハルモニア神聖国のお姉さんの宿泊していた部屋だった。


 アビゲイルは中に入るよう僕に促す。僕は首を傾げながら入室すると、そこには僕よりも背の高い石像があった。


 白亜に輝くその石像は、女神セイバーのようにも見えるし、最後の6蛮勇のソニアのようにも見える。だが、その目元には包帯の様なものが巻かれ、片眼が隠れている。


 ──これって、ジャンヌを模してる?

 

 この石像はキトンという古代ギリシャのような服を着ており、その服を実際に着た際に生じるシワや、外気にその服が煽られる様が非常によく表現されている。修道院に置いてある女神セイバーの石像となんら遜色ない、いや寧ろこっちの方が躍動感のあるような造りとなっているように思えた。


「どうしたのこれ?」


 僕がアビゲイルに尋ねると、この部屋の清掃にあたった際に発見したという。そしてアビゲイルからとある手紙を渡された。部屋のテーブルにこの手紙が置いてあったとのことだ。


 手紙には、大変礼儀正しく、この石像を処分しても、どこかに飾ってもらっても構わないと記されていた。文末には手間を掛けさせて申し訳ないと謝罪で締め括られている。


 アビゲイルは僕が手紙を読み終わったタイミングを見計らって言った。 


「どうする、これ?」


 流石に女神様を模した石像を処分することはバチが当たりそうである。それにハルモニア神聖国の崇拝するソニアにも似たこの石像を、修道院に寄贈することもできない。


 ──ソニアを模してるってことは、やっぱりハルモニア神聖国の人なんだよね?部屋から出てこないと思ったらずっとこれを作ってたのか……


 ゴーレム使いのお姉さんなのだから、こういうのが趣味なのか、となんだか納得してしまった。


 ──ゴーレム……


 僕は思い付いた。


「あっ!」


 急に大きな声を出した僕にアビゲイルは驚く。


 僕は石像に手を翳して、付与魔法を唱えた。


 元々白く輝いていた石像が光を纏う。


「何をしたの?」


 僕は黙って、石像を見つめる。しかし何も起きなかった為に、アビゲイルの質問に答えた。


「精神強化をかけて、この石像を動かそうかと思ったんだよ」


 アビゲイルはピクリともしない石像を見て、僕に言った。


「そんなことしてどうするつもり?」

 

「増築したでしょ?そろそろ、この別邸と本館を繋ぐ通路の部屋もできるからさ、従業員としてこの石像が動いてくれないかなって、思っ──」


 僕が言い終わる前に石像が突然動き出した。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 僕らは驚いた。石像であるのだからかくばった動きなのかと僕は勝手に想像していたが、淀みなく動き始めたので、何だか違和感を覚える。


 そして石像は僕とアビゲイルに跪き始めた。女神様のような石像に跪かれていることに何だか罪悪感を拭えない。


 僕は石像に尋ねた。


「喋れる?」


 石像は首を横に振る。


「僕の言うことは理解できてるってことか……」


 僕の独り言に石像は頷く。


 ──この石像には何をしてもらおうか……


 僕は言った。


「この部屋の清掃ってできる?」


 石像は頷き、この部屋の清掃に来たアビゲイルの箒を手にとって掃除をし始めた。


「おぉ~」

「凄い……」


 僕とアビゲイルが感嘆していると、大工のトウリョウさんの弟子のシデさんがやって来た。シデさんには別館の宿泊部屋の清掃等をやって貰っていたのだが、ハルモニア神聖国のお姉さんがチェックアウトした時間帯とシデさんの休憩時間とかちょうど重なった為に、アビゲイルがシデさんの代わりに清掃しに来ていたのだ。


「休憩頂きましたぁ~……ってうわあぁぁ!!」


 シデさんは頭にタオルを巻いて、仕事モードでこの部屋にやって来たが、見慣れない石像が淀みなく動いて清掃していることに驚き、気を失った。


 僕は思った。


 ──この石像が動いているところを、一般のお客さんにはなるべく見せない方が良いかな……

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