第23話 切りすぎたせいで

〈ハルモニア神聖国3大楽典リディア・クレイル視点〉


 相変わらず気味の悪い森だ。生い茂る葉が風で揺れる音、地面に落ちた葉を踏み締める感触。俺様の珠のような白い肌にネットリと絡み付く湿度が汗となって豊満な胸の谷間に滴り落ちる。


 ──いちいち俺様の五感を刺激してくるぜ……


 幹の木目は森に入った者の目を惑わせ、無遠慮で不規則に伸びた木の根が俺様の足を煩わせる。


 だがこの森が奏でる自然な造形は俺様の感性を刺激するのもまた事実だ。


 ──今度この森についての曲をかいてみるのも良い……


 教皇猊下の命令は、ハルモニア神聖国軍の増強と領土拡大、そして今後行われる大規模侵攻の布石であった。


 この魔の森をどこかの国だと仮定した場合、ハルモニア神聖国とシュマール王国、ヴィクトール帝国と3ヵ国と隣接していることになる。ただ、我がハルモニア神聖国とヴィクトール帝国が魔の森に入るためには険しい山々を越えねばならない。その山々を迂回して魔の森に入ろうとすれば、シュマール王国の築いた壁を乗り越えることになる。それは南のヴィクトール帝国も同じことだ。そうなればシュマール王国の国境警備兵に目撃される恐れがあった。だから俺様はあの険しい山々を越えたのだ。


 ──くそ!いくら教皇猊下の頼みと言えど、こんな過酷な作戦に単身で乗り込むことになるなんて……


 元々護衛含めて30人程度引き連れていたが険しい山道やモンスターの出現によって魔の森に到着するまでに皆死んでしまった。


 ──引き返しても良かったが、引き返したら引き返したでプリマやミカエラ、枢機卿達になんと言われるかわからん……


 ここに住まうモンスター達の精神を支配し互いに殺し合うよう促す。生き残った種族のモンスターが俺様が精神支配出来なかったモンスターに挑戦するも良し、挑発するも良し、シュマール王国を襲うも良し、ゆくゆくはヴィクトール帝国へ侵攻しても良し、もしくは侵攻まではいかなくとも牽制にはなり得る。 

 

 この任務の遂行によって思わぬ収穫があった。それはアーミーアンツが討伐難易度Bランクのオークキングを倒してしまったことだ。多勢に無勢。1個体がいくら強くても、集団を上回る更なる集団に襲われればひとたまりもない。それが森の最深部にいる上級のモンスターを脅かしてくれるよう俺様は願っていた。そう、あのはぐれグリフォンも有望だ。いや、やはりあのアリの大群がシュマール王国民の住む村や街を襲っても良い。


 ──そうなれば、他のハルモニア3大楽典のアイツらよりも頭一つ抜ける功績を収めることができる!!

 ──精神支配をバカにしてきた脳筋のバカどもをこれで見返せる!

 ──そうなれば、他の3大楽典も俺様にひれ伏すよう精神支配をしてやろうじゃないか!?

 ──俺様に少しでも、負けたと思わせればそれが突破口になろうぞ?

 ──いやいや待てよ、アーミーアンツの大群を使って新しい独立国すら創れるのではないか?


 明るい未来のことを思うとつい笑いが込み上げてくる。


「フフフ……」


 初めは遠慮がちな笑いも、次第に強く大きくなっていく。


「ガーハッハッハッハ!!」


 一通り笑い終えると、俺様は期待のアーミーアンツの元へと向かった。


 ──今や1万は超える軍団になっているんじゃないか!?ゆくゆくは10万、20万の兵になれば……


 アーミーアンツの巣の近くまで来た俺様は、自身の精神支配領域に入ったにも拘わらず、アーミーアンツの女王の反応がないことに気が付いた。


 ──ん?巣が地中深くだからか?


「ちっ、面倒くせぇな……」


「…アーミーアンツに会うつもりですか?」


 あまりにも自然な言動に俺様はソイツの言葉に答えてしまった。


「そのつもりだが──」


 しかし気が付いた。


「なっ!!?」


 俺様は直ぐに、その場から飛び退き、笛を構えながら声をかけてきた野郎を見据える。


 冒険者のような身なりの金髪の男が立っていた。


「だ、誰だ貴様ッ!!?」


 ──いや、冒険者か!?まさかこんなところに……


 その時、この金髪の男の目線が俺様から見て左方向へ外れた。相対している俺様から目を反らしたのだ。


 今が好機と思った俺様は、この男に精神支配をかけようと笛に口をつけたが、男が一瞥した方向から突風が吹き荒れた。


「は!?」


 気が付けば俺様は宙を舞っていた。


 ──ちっ!!?コイツはおそらく暗部のように不意討ちが得意なんだ!!今のは視線誘導のつもりのようだが、2度目はねぇぞ!!


 兎に角着地を決めようとした俺様だが、あることに気が付いた。


 着地を決めようとしたが、地につく為の足がないのだ。


「へ?」


 俺様は中空を舞い、そして無様に地面に横たわった。金髪の男を見ようとしたが、俺様の視線の先には、上半身のない見覚えのある下半身がその場で直立しており、俺様がそれを知覚するとドチャリと音を立ててその下半身は倒れた。


 俺様は悟った。今の突風で胴体を斬られてしまったのだ。そう悟ったと同時に激痛が押し寄せる。


「うがぁぁぁぁぁぁ!!!!な、何をした貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!?」


 男は自分ではないと両手を振りながら言った。


「私じゃありませんよ?あのお方の──」


 俺様の意識は途絶えた。


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〈セラフ視点〉


「このおバカ!!」


 ローラさんの叱責が拳骨のように降り注ぐ。僕とデイヴィッドさんは正座となって、彼女の言葉を受け止めていた。リュカとジャンヌはあたふたとしながら僕らを見ていた。


 ジャンヌが一太刀で木を大量に切ってしまったおかげで、村の人達が集まってきてしまったのだ。


 そこでデイヴィッドさんが何とか誤魔化してくれた。巨大なカマキリのようなモンスター、マンティスが現れ、デイヴィッドさんが追い返したと嘘をついたのだ。


 村の人達はそれを信じ、元々凄腕のデイヴィッドさんを更に英雄視した。しかしこの嘘のせいで、魔の森にいるモンスター達の動きが活発化しているのだと村の人達は心配する。


 家畜が行方不明になっていたことや、大量のオーク(これは僕らがオークジェネラルを討伐した時についた嘘だ)、そして今回の巨大なマンティスが出現したという嘘と、森の入り口に本来もっと奥にいる筈のモンスターが出現するようになったという冒険者の証言も相まって、大規模な調査の依頼をギルドに行うことになってしまったのだ。


「アンタのついた嘘でこんな大規模な調査まですることになっちまったじゃないか!?」


「で、でもよぉ、モンスターの動きが活発化してるのは事実だしよぉ……」


「お黙り!!」


 僕は遠慮がちに言った。


「あ、あのぉ……」


 キッとローラさんが睨みを利かせると僕の身体がビクリと跳ね上がる。しかし僕は言った。ソッとした声で。


「森を切りすぎるのは良くないことなんでしょうか……?木材がたくさん手に入るし、その…それで村を囲う防壁を造るのもアリなんじゃないかって…思う……わけです……」


 尻すぼみになる僕の声に、デイヴィッドさんが後押しする。


「おっ!防壁か、そりゃ良い考えだ!!」


 またもローラさんの睨みによって僕とデイヴィッドさんは正座を組み直しながら下を向く。僕の質問にはアビゲイルが答えた。


「あのねセラフ?森はモンスターや生き物達の縄張りになってたり土砂崩れとかの堤防になってくれたりと様々な役割があるの。その森を切りすぎるとそこを縄張りにしていたモンスター達が村にやってくるかもしれないし、予期せぬ災害が起きたりするかもしれないのよ」


 なるほど。僕は前世の日本で、いや世界で問題となっていた地球温暖化くらいの弊害しかないのではないかと思っていたのだが、モンスターや生き物達の生活区を乱すのは確かに予期せぬことに繋がりかねないと思った。


「ご、ごめんなさい……」


 僕が謝ると続いてリュカとジャンヌも謝罪した。


「ごめんなさい……」

「申し訳ありませんでした……」


 ローラさんは2人に笑いかけながら優しく語りかける。


「2人はまだ人間になったばかりだし、加減なんかは徐々に学んでいくといいわ。セラフも森の役割についてあまり知らなかったようね……」


 僕はローラさんを見上げる。


「じゃ、じゃあ!?」


 光明が見えた。僕は10歳というまだあどけない少年の潤んだ瞳をローラさんに向けた。するとデイヴィッドさんが言った。


「おい!セラフきたねぇぞ!おばさんに媚びやがって!!」


 僕はローラさんから目をそらし、背後にいるデイヴィッドさんの方を向いて言った。


「媚びてないよ!これは立派な戦略さ!おばさんには男の子の純粋な眼差しが刺さるんだよ!」


「どこが純粋だ!!?考えが濁ってんだよ!!」


「何んて失礼な──」


 僕とデイヴィッドさんはハッとする。僕は急いでローラさんの方に向き直った。ローラさんは「おばさん?」と呟いてから、僕らにとてつもないプレッシャーを与える。


「2人ともご飯抜き!!」


「えぇ~!!!」

「そんなぁ……」

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