勘違いさせ男は元暴走族

フルーツロール

【プロローグ】

【プロローグ1】勘違いさせ男は元暴走族

 深夜2時過ぎ。 まだ冬の名残が残る、3月半ば、ちょうど月が満ちた日の夜のことだ。


 20代半ば程の歳の男が1人、買い物をしたコンビニの袋を片手に、飲食店や専門店、居酒屋が建ち並ぶ、繁華街の路地裏を歩いている。


 友人たちと居酒屋で遅くまで飲んだ後にコンビニに立ち寄り、家へと帰る途中だった。


 遅くまで飲んでいたわりに、男は酔っていないようで、しっかりとした足取りで歩いている。 足取りはしっかりとしているのだが、一体何を考えながら歩いているのか、男は気だるげで、どこか上の空のようにも見える。


 するとその時、深夜の路地裏を歩く男の前へと、スッと見知らぬ男が現れる。 そうして更に、挟み撃ちにするように、後方からも、数人の男たちがやって来た。


 その男たちはまるで、待ち伏せでもしていたかのようだった。 現のそのギラついた獲物を見るような目を、待ち伏せしていた相手へと向けている。


「おい止まれ。 “稲葉 聖イナバ ヒジリ”ってのは、テメーで間違いねぇだろう? 」


 前方から現れて挟み撃ちにしてきたその男が、そう問いかけた。 ──そう、この男の言う通り、今挟み撃ちに遭っているこの男の名は、“稲葉 聖”といった。


 その時──


 ──〝ピコッ!!〞


「「「!?」」」


 何かの機械音のような、小さな音が響いた。


 そして不覚にも、挟み撃ちにしてきている数人の男たちは、不意にその音にビクッと体を震えさせた。 彼らの目的が何なのかは定かではないが、おそらく、“待ち伏せた相手を挟み撃ち”だなんて、慣れない事をしているのだろう。 そう彼らは、悪ぶっているわりに、ビクビクとしている。


「なっなんだ?! さっきの音は! テッテメー何をしてやがった!」


 男はビビりながら、稲葉 聖に向かって、そう言葉を投げた。


 すると男の問いを華麗にスルーしたまま、聖はポケットの中から、スマートフォンを取り出した。


 そうしてまた……


 ──〝ピコッ!!〞


「「「!?」」」


 聖は立ち止まり、無言でスマートフォンへと視線を落としている。 そして液晶をタップし始めた。


 ──〝ピコッ!!〞


「……あっ、またスタンプ送ってきた。 ピコピコうるせぇな~……」


「「「な、なに!?」」」


 どうやらあの小さな機械音は、メッセージの受信音であったらしい。

  “ビビって損したぜ……”と、男たちは気を取り直す。 そうして再び、稲葉 聖を脅しにかかる──


「おいコラ稲葉ー!! さっきから、無視してんじゃねーよ!!」


「余裕ブッ越えた顔しやがって! テメーは終わりだ! 覚悟しやがれ!」


「オレらはテメーを、やりに来たんだっ!!」


 男たちは鬼の形相で、稲葉 聖へとにじり寄る。 今にも、殴りかかってきそうな勢いだ。


 だがやはり聖は、そこで立ち止まったまま、静かにメッセージの返信をしている。


「聞いてんのか?! コラァ?!」


 男は聖の胸ぐらを掴み、グッと引き寄せた。

 するとそこで聖が、ハッとする。


「あ? 誰だ? え? さっきから、オレに話してたのか?」


「「「ッ?! なんだと?! ……──」」」


 男は思わずバッと聖の胸ぐらを放し、後退りする。 他の2人も冷や汗をかきながら、聖から後退りした。


「「「「…………──」」」」


 ──一瞬、路地裏に不気味なくらいの沈黙が流れる。


 聖はスマートフォンとコンビニの袋を持ちながら、ポカンと、男たちを眺めている。

 そして男たちは、仲間同士で顔を見合わせ合う。


「ッ?! オイ、コイツが本当に、あの稲葉 聖で間違いないのか?!」


「ま、間違いねー筈だ! ……だが確かに、イメージが、違いすぎる……何なんだ、コイツは……本気で、気が付いていなかったのか?! 」


「!! 分かった! コイツきっと、酔ってんだ!」


 すると男たちは、ソロソロと聖へと近づく。 そして聖の目のまん前で手をヒラヒラと振り『見えてますか~??』と。


 そして聖は、少しの間、目の前で揺れる手を見ていたが、『見えてませ~ん』と大嘘を呟いてから、サッと再び歩き始めた。 そう〝寝みぃので家に帰りてぇ〞のだ。


「っ?! ま、待て! 稲葉!」


 だがやはり男たちは、しつこく付きまとい、絡んでくる。


 後ろから男が、聖の肩を掴んだ。


 聖は足を、ピタリと止めた。 片手に持ったままであったスマートフォンをポケットへとしまうと、男たちの方へと振り返る。


「テ、テメーをやらねーと、オレら、帰れねーんだよ!! 悪く思うなよ?! 」


 すると男は拳を握り、震えるその腕を、聖に向かって突き出した。


 ──だがパッと、聖は男の拳を受け止める。


 拳を受け止められた男は、ヒヤヒヤとしながら、その視線を聖へと向けた。 すると、カッと見開かれた赤朽葉あかくちば色のキリッとした切れ長の目が、男の事を見据えていた。そこにももう、気だるげに虚ろであった瞳はない。


「──“俺をやれ”って? それ、誰に命令されてんのか知らねーけど……“どっちがいい”? やれずに帰ってソイツに叱られるのと、今ここで、オレにやられるの」


『選んでいいぜ?』と話しながら、聖は冷たく変わった瞳を、男へと向けている。


 男たちは生唾を飲み込んだ。


「……あ~、そうだ。やっぱ三択でいいか? オレをやれずに帰ってソイツに叱られるのと、今ここで、オレにやられるのと……“お前らはオレに絡むのを今ずくに止めて、オレはお前らをやらずに、何事もなかったかのように、サッサと家へと帰る”。 ──な? どれがいい?」


「「「!?」」」


 『な? どれがいい?』と話しながら、聖は嬉しそうに口元を綻ばせた。 そう〝寝みぃので家に帰りてぇ〞のだ。 男たちは怖じ気づいているように見えるし、こう言えばきっと男たちは、三択目を選んでくれる。 つまりこの笑みは、〝よし! これで帰れるぜ!!〞という意味の笑みである。


 すると男たちは、やはり怖じ気づいていたようであった。 三人で目配せを交わしてから、再びソロソロと、聖へとその目を向ける。


「すっすみませんでしたっ……!」


「もうっ絡んだりしませんっ!」


「ど、どうぞ! お、お帰り下さいっっ!!」


『分かればいい分かればいい!!⭐️』と話しながら、聖はやはり、嬉しそうに笑っている。

 そして男たちは聖の快い笑顔を前に、じ~んと、胸を熱くしていた。 〝笑って許してくれるなんて、なんて良い奴なんだっ!!〞と。

 男たちは聖の人柄を知ったつもりで感動しているが、聖はただ〝一刻も早く、寝みぃので家に帰りてぇ〞だけである。


 そうして聖は窮地を切り抜ける。 ほっと胸を撫で下ろし、この路地裏を抜けて行こうとする。 そう路地裏の出口まで、もうあと数歩だ。


 ( 〝よしっ!! 帰ろう!!〞 )


 鼻歌混じり、軽い足取りで、路地の先、満月の光が差す方へと──


 だがすると──


「待て! 逃がしはしねぇ!!」


「へ??」


 せっかく帰れると思っていたのに、路地裏から出る一歩手前で、路地の先からやって来たまたまた別の男に、通り道を塞がれた。


 〝ぅわっ、また違う奴来やがった。 面倒臭ぇ……〟と、あからさまに、迷惑そうな顔をする聖。


「ぅわ~……なんだこのメンド臭ぇ展開は……ホント何の用だよ……てか誰だよ……」


 新たに路地の先から現れたその男は、不敵に笑っている。


「稲葉 聖! 知らねぇとは言わせねーぜ! を見ても、まだそんなことが言えるかな? ──」


「あ?」


 すると男はその腕で、グッと誰かを引っ張ってきて、その人を聖へと見せ付けてくる。


「……??」


「稲葉 聖! を、知っているな? ──」


 男は自信ありげに言ってくる。

 だが聖は目を丸くしながら、ポカンと口を開けてしまった。 そう男が捕まえている女は、まったく面識のない、見ず知らずの女である。 聖は首を傾げる。


「いや、知れまs──……」


『知りません』と答えようとした。 だがすると、捕まっている女が、やたらと強い目力でアイコンタクトを飛ばしてきて、プルプルと必死に首を横に振ってきた。 どうやら女は“知り合いのフリ”をしてもらいたいらしいのだ。

( ※因みにこの女、おそらく、ヒロインという訳ではない。 )


「稲葉 聖、惚けるな! オレらのアニキから、テメーが寝取った女だろうが!!」


「へっ? 酷い勘違いだな! 根も葉もねぇっ……! 誰だよ?! その女!」


「〝惚けんじゃねぇ!〞 火のない所に煙は何とやらっとか言うだろうが! アニキに問い詰められて、この女が自分で白状したんだ! テメーじゃねー筈ねーだろうが!」


「はぁ?! なっ何て迷惑な女なんだっ?! おいお前! 誰だか知らねーけど、オレに最悪な濡れ衣着せんな! 迷惑だ!」


「最悪な男めっ! 言い逃れか!? テメーが手ぇ出しやがったせいでセリカ姉さんは死ぬってのに、 セリカ姉さんだけで殺されとけってか?! クズ男めッ!!」


 〝俺がクズ呼ばわりされんのかい!〞と、ガクッとなる聖であった。


 そして、芹佳という女を捕まえている男も、後方で足を止めたままである先ほどの三人の男も『ぅっセリカ姉さんっ (涙) 』『オレだって本当はっ姉さんのこと殺したくなんてねーのにッ 』とブツブツと言いながら、うっと男泣きしている。


 すると男は、芹佳を路地裏の方、聖の方へと突き飛ばす。 『あぶなっ』と、咄嗟に聖は芹佳を受け止めた。


 そして男が、銃を上げる──


「姉さんと間男、どっちも殺せって、アニキからの命令だっ!!」


「間男とか呼ぶな~。 ホント止めてくれ~」


 “なんて夜だ……”と、自分の運のなさに笑けてくる聖であった。


 そして男は『憧れのMadonnaマドンナセリカ姉さんっ手の届かぬ高嶺の花であるのなら、一生アニキだけの女でいてほしかったっ! そして、こんな間男と殺されてしまう運命であったのなら、共に殺されるのは、俺でありたかった!』などとブツブツ呟き続けながら、震える手で銃を握っている。 聖から言わせたら〝だったらお望み通り、お前が共に殺されてくれ~〞と、言ったところである。


 そして芹佳という迷惑極まりない女は、焦った様子で聖に『ねぇ早くっアイツらのこと、どうにかしてっ! 助けて!』と、怯えた様子で訴えかけてくる。 そして聖は『お前ホントッ誰だ!?』と、女に嫌味を吐く。 だが“仕方がない”と、聖は銃を見据え始める──


「セリカ姉さんっ許して下さい! そしてっそしてっ来世ではこんな男とではなく、是非ともこのオレと禁断の夜を過ごし、共に殺されましょうッ! この俺とっ!!」


 そして例の男は、やはりまだ感傷に浸りながら、恥ずかしい言葉をペラペラと喋り続けている──。

 “いやお前、来世本命じゃなくて間男ポジでいいのかよ!! ”と、心の中で思っている聖。


 ──そして聖は『セリカ姉さんっ』と、相変わらず感傷に浸っている男の握っている銃を、サッと蹴り飛ばす。


 ──蹴れ飛ばされた銃が、回転しながら宙を舞う。


 舞った銃が、夜空の満月へと被る頃、聖は女の腕を引っ張りながら、走り始めた。


 そして落下を始めた銃は『姉さんっお許しをっ』と嘆きながら空を仰いでいた男の頭へと、コツンッとぶつかった。


「あっ?!痛っ!! クソッ! あ? あ!? い、稲葉 聖、どこへ行った?!」


 浸っていた世界から戻ってきた男が、表情をしかめながら、バッと辺りを見渡す。すると、他の仲間が指を差す。


「セリカ姉さんを連れて、向こうに逃げましたっ!!」


「ッ?! なんだと?! おのれっ稲葉ァ!! 姉さんと恋の逃避行ってかぁ?! 許せんッ!! ──2人まとめて葬ってやるー!!」


 感傷浸り男は銃を拾うと、仲間が指差した方へと走り始める。


 ──聖は芹佳を連れて逃げる。


「待てコラァ?!」


 後ろからは、追手が迫る。


 聖は芹佳の手を引きながら、無我夢中で逃げた。


「あ~?! ちくしょう! しつけー奴らだな?!」


「ハァ──ハァ……は、走れない……──!!」


「クソッ……!!」


 “仕方ねぇなっ!”と、聖は芹佳の体を抱き上げた。


 ──〝この女ッ! ホント誰だ?! 〞と、思いながら芹佳を抱き抱えて走り続ける聖。 『目の前でイチャつくなコラー?!』と激怒しながら追ってくる感傷浸り男とその仲間。

 聖が走るごとに、芹佳の長い艶やかな、赤味ブラウンの髪が揺れる──


「えっとお前、確か名前……──!」


「“芹佳”。 私はセリカ……」


「……おいセリカ、何のつもりだ? 問い詰められて、俺の名前を出したのか? ──」


「ごめんなさいっ……あなたの噂は、知っていたから……! 」


「はぁ? 噂? ……」


「“知ってるわ!” あなた昔、有名な暴走族グループの幹部だった……!」


「はぁ? ああ確かにそうだな! だが、あんな銃持ったヤクザみてぇな奴ら相手に、元暴走族ってか?! ソコとソコ、ぜんぜん世界が違ぇからっ!!」


「“知ってるわ!”……あなたの経歴、元暴走族から始まって、暴力団制圧の目的として、警察の極秘部隊と手を組んでいた! 犯罪組織グループのアジトへと、乗り込んだりしていた!」


「……っ?! はぁ?! そんな事はっもう昔の話だ案外近年の話だ!!」


「巻き込んでごめんなさいっ……助けてもらえると思って、問い詰められた時、咄嗟にあなたの名前を答えた! 〝間男は稲葉 聖よって!〞」


「間男って言うな!」


 芹佳を抱えて逃げながら、聖はうんざりとしていた。〝寝みぃので家に帰りてぇ〞のに、完全なる濡れ衣で面倒事に巻き込まれたのだから。

 ──この不運にうんざりとする。 案外危険なお友達は多く、知り合いや友人の中には、自分以外にもこの適役がいるであろうというのに、運悪く、“この女に名前を言われたのが自分であった”らしいのだ。 本当に運がないだろう。


「待ちやがれ稲葉ー!!」


 やはりしつこく、男たちは追ってくる。


 そして聖は『あ~!! メンド臭ぇ!!』とヤケになったように呟くと、足を止めて、芹佳を閉店後の喫茶店の、立て看板の後ろへと下ろした。


 そして自ら、追手の方へ向かって走り出す──


「諦めやがったか!! 良い度胸じゃねーか!! 来いコラ間男ー!!」


「間男じゃねー! 勘違いすんなー! オレはただのしがないっ……──」


 言って駆けながら、聖は勢い任せに、地面を蹴った──


「ただのしがないっ現役バリスタ兼バーテン! 元ッ暴走族☆だー!!」


 そうして聖のドロップキックが、感傷浸り男の顔面にヒットする──


 『にっ西園ニシゾノさぁ~ん?!』と、浸り男の仲間の絶叫する声が響く。


 浸り男西園が吹っ飛び、その手に持っていた銃が、再び宙に舞う──。

 すると聖が『オレは今最高に気分が悪りぃッ!!』と吠えながら〝ォラッ!!〞と、その場で上段回し蹴りを、宙を舞う銃に向かってキメる。

 勢い良く蹴りを食らった銃が、シュンッッ!と夜空高く、明後日の方向へと飛んで行き──

 ──バリンッ!! ──どこかの店の、液晶看板へと突っ込んだ。


「ひッ ひぃ~~?! 鬼かよっ?!」


「元暴走族ッ怖っ?!」


「すみませんでした~~!」


 最初に襲ってきた3人が、ぶるぶるとしながら後退りする。 〝稲葉が本性出しやがった~~っ!!〞と、そう思いながら。


「女寝取る間男だしっ滅茶苦茶な元暴走族だしっ……! ヤ、ヤベー奴だぁぁ~!!」


「だからっ間男じゃねーからっ勘違いすんなっ!! オレはただのしがない元暴走族だって言ってんだろうが!!」


「はぁ?! し、知るかっ!! か、仮に濡れ衣だったとしてもなぁ! か、勘違いされるようなお前の行いも、悪いんだぞっ!!」


「なんだと?! ただのしがない元暴走族であるオレの、どこに疑う由があるって言うんだ!! 」


「「「〝全部だよっ!!〞」」」


 『はぁ?』と言いながら、聖は口をポカンと開けている。

 男たちはぶるぶると震えながら、3人で後退りしていく。 そして顔を真っ青にさせながら、彼らは言った──


「「「かっ勘違いさせ男は、元、暴走族っ……」」」


 〝カチーン〞──と、くる聖。


「誰が〝勘違いさせ男〞だっ!! 」


 脅しに一歩、踏み入れる。 すると男たちは『すんませんでしたぁ~~!!』と言いながら、今度こそ、一目散に逃げていく──


 そして聖は〝散々な夜だったぜ! まったく!〟と思いながら、『勘違いさせるお前の行いも悪い』という、男たちのその言葉を、呑み込めずにいるのだった。

 ──そう、確かに自分が、あらゆる事柄に対して“勘違いさせ男である”こと、その事実に気が付かぬまま──



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2025年1月1日 19:19

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