第19話 潜伏 4

 診療が終わり、人々が帰ったのは日暮れだった。慈善病院の診療時間も終わり、庭では教会のボランティアの皆さんや、地域の人たちが天幕を片づけていた。


 私は子リス君こと、シエラン・ノイス君の後に続いて、病院内の診察室に入る。机に向かい、診療記録をつけていたのはモジャ髭の大柄な先生だった。

「ブラウン先生、診療終わりました」

 シエラン君が報告書を提出すると、モジャ髭先生は「ああ、すまんなぁ。大助かりだったよ」と振り返る。シエラン君と一緒にいる私を見て、「おやっ」と呟いていた。シエラン君は私をチラッと見てから、「先生、あの実は」と前に進み出て話を切り出す。


 勧められて腰を下ろしたのは、患者用の丸椅子だ。白い仕切りカーテンの向こうから出てきた看護師の女性がお茶をいれてくれる。

「ああ……あの事件か。覚えているさ。被害者を診たのは俺だったからな。といっても、この病院に運ばれてきた時には事切れていたがね。二月ほど前になるか……」

 モジャ髭先生は、机に積まれているファイルの山からカルテを見つけ出して、「ああ、これだ」とシエラン君に手渡した。シエラン君は私の顔を見てから、そのカルテに目を通す。


「死因を調べたのは先生ですか?」

 シエラン君が尋ねると、「いいや」とモジャ髭先生は首を横に振る。

「俺は死亡確認しただけだ。その後は、お前さんところの騎士がやってきて、遺体を回収していったよ。今回の件は闇魔術が関係している可能性があるから、こっちで調べると言ってな。まあ、身よりのない女だったから、教会に任せることにしたのさ」

「何か気付いたことはありませんか? 何でもいいんです」

「そう言われてもなぁ。長年、医者をやってるが、あんな症状は診たことがないんだ。闇魔術か呪いか知らねぇが、あんな残酷なことをやってのけるやつは人とは思えねぇ。魔族がやったとしか思えねぇな。俺みたいなしがない医者にはお手上げさ」

「その被害者をこの病院に運んできたのは?」

 私が尋ねると、モジャ髭先生が少しばかり不審そうな目でこちらを見た。

「見ない顔だが……あんたは、聖騎士団の人か?」

「この方は、その……魔術師で……聖騎士団の調査に協力してもらっているんです。ですから、心配はいりません」

 シエラン君が慌てて答えると、モジャ髭先生は「魔術師?」とジッと私の顔を見てくる。うーん、怪しまれている気がするなぁ。とりあえず、笑っておくとしよう。


「運んできたのは娼婦仲間だ。いきなり、苦しみだして倒れたそうだ」

「被害者の名前や住んでいた場所は?」

「さあな……客の男のところを点々としていたんだろう」

「娼婦仲間も名前を知らなかったのかい?」

 私は首を捻って、質問を続ける。

「あまり見ない顔だったと言っていたな。若い娘だったから、王都に出てきたばかりだったのかもしれねぇな」

 娼館に売られて娼婦になる者もいるが、大半は路地や酒場で客を取るのだろう。そういった女性は、素性がはっきりしないことが多い。娼婦仲間ですら、互いのことを知らないことなどざらにあるのだろう。

 私は顎に手を添えながら、「ふむ」と呟いた。となれば、その運んできた娼婦たちを当たったところで、被害者についてきくことはできなさそうだ。

 まあ、素性がわからない人間だから、まず最初に狙ったのだろうな――。

 だが、何かしら犯人と接点があったかもしれない。

 

「その娼婦仲間の名前や、居場所はわかるかな? 一応、確認したんだが」

「いいや……わからねえな。この病院に運ばれてくる患者の大半がそうさ。住む家があるだけマシなほうなんだ。路地で寝起きしている者も多いからな。ただ、被害者が倒れた場所なら聞いている。この当たりに行けば、いるかもしれねぇな」

 モジャ髭先生はメモ用紙にペンを走らせて、私に差し出す。

 それを受け取ろうとたけど、メモ用紙は私の手をすり抜けて床に落ちてしまった。うーん、まだ距離感がつかめないんだよね。

 身をかがめて床をペタペタと触って確かめるが、倚子の下に入ってしまったのかメモ用紙がない。それを見ていたシエラン君がかわりに、メモ用紙を拾ってくれた。


「あんたは……片目が見えていないのか?」

「えっ!?」

 モジャ髭先生にきかれて、驚きの声を上げたのは私ではなくシエラン君だ。

 彼がバッとこちらを見たので、手を引っ込めて苦笑を浮かべた。

「まあ、ちょっとばかり?」

 やはり、医者だけに鋭いな。

 モジャ髭先生は倚子を引き寄せて、近距離で私の顔をジッと見つめてくる。


「……そいつは……呪いか? いや、呪いを片目に移して抑え込んだのか……」

「いやぁ、それがわかるなんて実に優秀な先生だ。そこまで見抜ける医者はそういないよ」

「これでも長く魔術医をやってんだ。しかし、よくそんなことをやったもんだ……どうなってやがんだ?」

 モジャ髭先生は私の顔を両手でガッとつかむと、ますます近付いてくる。「おわっ」と、私は仰け反るように避けた。

 危うく、もうちょっとでひっくり返って倚子から落ちるところだった。


「呪いを刻む魔法陣の上に、それを押さえる魔法陣を重ねて効力を相殺してるってところだろうな……まさか、あの例の……呪いか!?」

 驚いたモジャ髭先生は、私の顔からパッと手を離す。

「それでまあ……解決方法を探しているというわけなんだ」

 私は両手を開いて、ヘラッと笑った。「こいつはとんでもない嬢ちゃんだな」と、モジャ髭先生は頭を掻く。


「あの……ブラウン先生……」

 無言だったシエラン君が、ひどく深刻そうに口を開いた。

「この方の目は……治るのですか? 治るんですよね!?」

 なんで、君がちょっと必至になってるんだい。

 隣を見れば、どうやら膝の上でギュッと拳を作っているようだ。


「そいつは……俺には何とも言えねぇな。呪いを解除すれば戻るかもしれねぇが、それも時間との勝負だろう。呪いが深く侵食すれば、片目だけなく、両目とも失う可能性もある」

 シエラン君は「そんな……っ!」と言葉を失っていた。私は特に驚きもしなかった。そうだろうなと予測していたことだから。むしろ、最悪両眼を犠牲にすれば、命までは失わずにすむ。呪いが解けなかったとしても、眼球をえぐりだしてしまえばいい。


 モジャ髭先生は、「すまねぇな……」と、声を落とす。

 私は「それじゃあ、もう行こう」と、立ち上がってうな垂れているシエラン君を促した。


 診察室を出て患者のいなくなった廊下を二人で歩く。モジャ髭先生は、最初の被害者についてもう一度調べてみると約束してくれた。何かわかれば知らせてくるだろう。病院を出ると、外はすっかり暗くなっている。

 私とシエラン君は馬車に乗り、東地区を後にした。


「どうして…………言ってくれなかったんです?」

 揺れる馬車の中で、黙り込んでいた彼がポツリときく。

「……言うほどのことでもなかったからさ。多少の不便はあるが……助けが必要なほどでもないからね」

 私は頬杖をついて、真っ暗な窓の外を眺めながら答えた。それに、ほら。君はこの通り、ひどく心を痛めるじゃないか。自分とは無関係な私のことなのに。


「……そんな状態で、一人で事件を調べようとしていたんですか?」

「だから、言ってるだろう? 大したことはないんだ。レーリアも君も大げさだな」

 シエラン君は腰を浮かせると、急に私の腕をつかんできた。表情ははっきりと見えないけれど、怒っているのはわかる。

「ちょっと、手が痛いよ……っ」

「これで、どうやって身を護るって言うんです!?」


「そりゃ、警戒していれば……」

「してないじゃないですか! だから、呪いにだって簡単にかかっちゃうんでしょう。今度また、同じ目にあったら……なにを犠牲にするんですか!? 腕ですか!? 脚ですか!? 今度も同じように無事でいられるなんて、思わないでくださいっ!」

 高ぶった感情を吐き出したシエラン君は、急に手を緩めてストンと倚子に座り直した。その声が、「すみません……」と消えそうなほど小さくなる。


「……だから、君の助けが必要なんだよ」

 私はそう答えると、うな垂れていた彼が頭を起こした。

「子リス君……いいや、シエラン君。今、私が頼れるのは、君だけなんだ。事件を解決するのに協力してほしい。私のためじゃない。レーリアのために、これ以上、犠牲者を出さないために。それは君の使命と、合致するだろう?」

「あなたは……勝手ですよ……そんなことを言われて断れると思いますか? ズルいです……っ!!」

 泣きそうな声で言うと、彼はまたうつむいてしまう。

 私はその頭に手を伸ばし、ヨシヨシと撫でてやった。


「というわけで、君の屋敷で匿ってくれ。ああ、雨漏りさえしなければ、屋根裏部屋でもかまわないよ? 逃亡者に立派なゲストルームなんて贅沢だからね」

「また、そんなことを言って……断れないようにするんだ……っ!!」

「うんうん。ああ、このことは聖騎士団やレーリアには内緒だぞ。君と私で解決して、周りをあっと言わせようじゃないか!」

 私がクシャクシャにした彼の頭は、すっかり鳥の巣のようになっている。

 拗ねたのか、腹を立てているのか、シエラン君は返事をしない。

 困ったなと、私は小さく溜息を吐く。だから、知られたくなかったっていうのに。


「……ところで、私が君の屋敷に滞在するにあたって、二人の関係を決めておくほうがいいと思うんだ。私としては、君が連れ帰った謎の情婦ということにしてくれてもかまわないだが……どう思う?」

「ダメに決まってるじゃないですか!! 僕はもう恥ずかしくて家に戻れませんよっ!!」

 ようやく反応してくれたことに、私はニッコリする。


「それじゃあ、家庭教師ということにでもしておこう。君の魔術のね」

「……それなら……まあ……でも、絶対、何か言われるに決まってるんだ!」

 シエラン君は頭を両手で抱えて、「ううっ」と苦悩の声を漏らしていた。


 東地区を抜けて橋を渡ると、西地区の広い通りに出る。通り沿いの家から、灯りが漏れていて、東地区の暗さに慣れていた目には明るく思えた。


「本当に……無茶はしないでください……協力はしますから」

「うん……君の善意に感謝するよ。恩に着るさ」

 

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