第8話 王宮での騒動 2
王宮の大広間には、南国の鳥よろしく着飾った貴族たちが集まり、和やかに話をしたり、楽団の演奏に合わせてダンスのステップを踏んでいる。この空気感、久し振りだわ~と、私はシャンパングラスを片手に持ちながら、壁際で眺めていた。
私が着ているのは、レーリアが選んでくれた深い青紫色のドレスだ。袖と襟はレースでしっかり覆われていて露出しているの顔くらいだ。
よかった、レーリアが他のご令嬢のドレスみたいに、乳が半分露わになったドレスを選んでこなくて。聖女だからか、慎ましいところがあるのね。そういうレーリアも袖と襟がレースになっている、マーメードラインのドレスだった。
普段は寝癖のついた髪を適当に梳かして後で一つ結びにしているだけだけど、今日はレーリアの侍女が悪戦苦闘しながら梳かしてくれて、無理矢理にアップにしてくれた。リボンで結んでしまば、寝癖も枝毛も目立たないってわけよ。さすが聖女様お付きの優秀な侍女だ。だが、おかげで髪が引っ張られて、生え際が後退しそうになっている。
私もこう見えて、伯爵家の生まれだ。パーティーに出席したことがないわけじゃない。レーリアの添え物として、一緒に参加したこともある。大人たちはレーリアを取り囲んでチヤホヤすることに夢中になっていたから、その間に骨付き肉にかぶりつき、お酒もこっそり飲んだりもした。酔っ払ってピクシーの大群を召喚し、大騒ぎとなって叩き出されたこともある。あれ以来、私は自分の屋敷のパーティーすら出禁だ。
家を離れて王都の魔法学校に通い、寮で暮らすにようになってからは、学校内で何度かパーティーは開かれた。もちろん、それはエスケープして一度も参加することはなかったけどね。塔に引きこもってからは一度も、お呼ばれしたことない。こういしてパーティーに出席するのはいつぶりだろう。私は煌びやかなシャンデリアの目映い光を、見つめてフッと溜息を吐く。
久し振りに参加したけれど、やっぱり苦手だわ。このお上品で華々しい雰囲気!
シャンパンを飲み過ぎたせいで、ゲップが出そう。だけど、こんなの序の口よ。みんなが盛り上がってきたところで抜け出し、バタバタしている使用人たちの目を盗んで図書室に忍び込もう。場所はとっくに調べてある。禁書庫は当然、魔法で鍵がかかっているはずだけど、私なら問題ないでしょ。魔法学校の図書館の禁書庫の鍵だって、楽勝だったんだから。
私はグラスを口に当ててほくそ笑む。案の定、誰も私の顔を知らないから、近寄ってもこない。こんな時、地味で冴えない自分の風貌に感謝したくなる。
とびきりの美少女であるレーリアは、案の定、男性たちに囲まれているようだった。この大広間にいる若い男性のほとんどが集まっているものだから、放ったらかしにされているご令嬢たちは、面白くなさそうな顔で集まり、ボソボソと小声で会話していた。踊っているのは、年配の人たちばかりだ。
レーリアもやっかまれて大変ねぇと、私は人ごとのようにそれを眺める。まあ、レーリアのことだから慣れているでしょうけど。
「失礼、アデリア嬢ですね」
不意に声をかけられて、私は振り返る。濃紺のローブを羽織った青年が、礼儀正しく一礼した。長い髪を後で束ねている。三十歳そこそこというところだろうか。なかなかの美形だけど、私を見る目には冷たさがある。
「この場に、私を知っている方がいらっしゃるとは思いませんでしたね」
私はダンスホールに顔を戻して答えた。
「確かに、あなたがこのような社交の場にいらっしゃるのは珍しい。顔を知らぬ者は多くとも、魔術界の奇才と言われるあなたのその名を知らぬ者はいないでしょう」
「ところで、私はあなたを存じ上げないのですが、どこかでお会いしたことが?」
「ああ、失礼しました……私、アレキサンダー=グレネルと申します。名前くらいはあなたもご存じかと」
アレクサンダー=グレネル――。
グレネル子爵。王立魔術院の現院長だ。
研究誌に掲載されいた論文で、名前は目にしたことはあるけれど意外と若い。
私はグレネル院長と向き合い、ニコッと微笑んで優雅に一礼した。
「これはこれは、王立魔術院の院長様だとは存じ上げず、失礼いたしました。ご高名はかねがね伺っておりますわ」
「儀礼の挨拶など不要ですよ。私は以前より、あなたに興味がありましてね」
「この国で唯一の聖女の不出来な姉ですから。そうおっしゃる方は多いですよ」
「確かにそうですが、私はあなた個人に興味があるのです」
「私など、つまらぬ一介の魔術師でしかありません。魔術院には優秀な魔術師の方が大勢いらっしゃるでしょう」
「あなたの研究は実に面白い。闇魔術はこの国では、確かにあまりいい顔をされません。ですが、その研究は王国の魔術の発展にとって必要不可欠なもの。あなたの研究も、実際に多くの役に立っている」
「そのように過分に褒められては背中がむず痒くなりますね。私はただ、好きな研究に没頭しているだけのこと。それだけです」
いったい、何の目的があってわざわざ話しかけてきたのかしらね。
この国の大半の魔術師は、正統魔術を使う魔術師だ。中には私のように闇魔術を研究する者もいるけれど、ごく少数。このグレネル院長は正統魔術の魔術師だ。そんな人が、闇魔術を扱う私に興味を持つなんて怪しい。
「ずいぶん、警戒されているようだ。では、私も率直に申し上げます。アデリア嬢、王立魔術院で働きませんか?」
その申し出に、私は意表を突かれる。
王立魔術院は選りすぐりの優秀な魔術師しか入れない国王直属の研究機関だ。
王家どころか、魔術院や魔術協会が所有するあらゆる禁書を閲覧する権限を持つ。
多くの魔術師にとっては憧れであり、名誉でもあった。魔術師なら、そんな申し出をされたら、飛び上がって喜ぶだろう。
「院長様が冗談をおっしゃるとは思いませんでした」
「あなたには前々から声をかけようと思っていた。今の王立魔術院に、あなたほど闇魔術に精通した者はいません」
「私など入れては、それこそ評判に関わりますよ。それに、私は問題を引き起こす。魔術学校時代のことを学長に尋ねてみれば、私がどれほど相応しくないか分かっていただけるはずです」
闇落ち魔女の私を国の最高魔術研究機関に入れるですって? 馬鹿げた話だ。
考えられる理由があるとしたら、この私を問題視している者たちが、首に鎖をつけたがっているが――。
王立魔術院所属の魔術師になれば、勝手なことはできない。その研究成果は全て、王国のために捧げなくてはならない。かわりに、破格の研究費が出る。
禁書を閲覧できる権限や、研究費は確かに魅力的だ。薄情してしまえば、ヨロヨロと吸い寄せられて犬みたいに尻尾を振りたくなっている。だけど、もし一度でも魔術院に所属してまえば、規則、法律、命令と、様々なものに縛られて自由はない。
「私を野放しにしたくないってことか……」
私は小さな声で呟いた。あまり関わらない方が良さそうだ。私の直感が、この男はあんまり信用できないと言っている。
「別に研究を妨害などしません。なぜ、聖女の姉であるあなたが、闇魔術の研究を行おうと思ったのか、そのきっかけには興味がありますが」
きっかけ――。
暗い林の中で、灰色の毛の獰猛な魔獣に襲われた時、咄嗟に幼いレーリアに覆い被さった日のことが頭を過る。私たちの前に突然現れた、黒いマントの後姿も。魔獣が一瞬で八つ裂きになり、血が飛び散る中で、振り返ったあの人の目が赤く輝いていたことも。
私は目を伏せて記憶を封じ、改めて目の前のグレネル院長を見る。そして、にっこりと微笑んだ。
「屋敷の本を読んで興味を持ったのです」
「……それだけですか?」
「ええ、それだけです。いけませんか?」
「いいえ……そうですね。そのようなものかもしれません。魔術院のこと、考えてみてください。その気になれば連絡を」
「生憎と、私は塔での生活を気に入っていますから。お心遣いは感謝します」
私は軽く会釈してその場を離れる。
研究費は、もったいなかったかもね――。
未練を感じながら、私はペロッと舌を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます