第3話 意外と便利な【ビアガーデン】
「暑い場所だから、シャケおにぎりと五目おにぎりの塩加減が身体に沁みるわ沁みるわ」
ひとまず城下の街の広場にあったベンチに腰かけて、コンビニおにぎりを口にしている。ここが異世界だろうと、肉体はバイト終わりの疲労した状態なのである。
僕はあの王太子に体よく追い払われたわけだが、むしろ「ユイカ」ちゃんという女子高生の子みたいに国の厄介ごとに巻き込まれなくてよかったのかもしれない。本当に困ってもお金をたかれるし。
異世界転移ものの小説で何度も読んだことがあるけど、召喚する話って大体、「おまえはゴミスキルだ!」でポイッと捨てられる話が多かった気がするから丁寧な対応をしてくれたのは、まあ良しとしよう。そもそも聖女でもない男だしね。
ちなみに今身につけているのは半袖Tシャツとジーパンにビーチサンダル。バイト終わりのラフな服装だからね。でも、周囲の人々からそこはかとなく視線を感じるのは、彼らと違う服装をしているからかな?
なんというか、大体の人が麻っぽい素材でできた生成りのチュニックを着ている。七分袖くらいで、風通しよく、日光を遮るための服装という雰囲気だ。ズボンも同じ素材っぽいな。靴は革のサンダルだろう。
つまり、大体の人が白っぽい服装をしてる中、居酒屋のロゴが赤い字でデカデカと描かれた黒い半袖Tシャツと青いジーパンにビーサンという異物が紛れ込んでいるのだ。
──というわけで、服屋さんを探してさっそく現地の人々の服装を買って着替えた。
両替も忘れない。王太子は金貨しかくれなかったが、両替商に持っていったら驚かれた。平民はなかなか金貨を手に入れることは難しいらしい。
金貨一枚が銀貨百枚、銀貨一枚が銅貨十枚の価値だった。わかりやすい。ちなみに安宿一泊の相場は銀貨五枚だそうだ。だいたい銀貨一枚が千円くらいの貨幣価値なのかな?
となると、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が十万円くらいだ。確かに平民が簡単に金貨を持つことは難しいだろう。なんと、平民が金貨を持っていたら盗んだのではないかと
金貨は全部で三十枚もらった。あの王太子、意外と気前がいい。決して悪い人ではない。贅沢さえしなければ、確かに当面は暮らせる。
思えば、この世界の言葉も話せているし、文字もきちんと読める。おそらく書くのも問題ない。どうやらこの国の人々の識字率自体も高そうだ。路地や公園で子供たちが本を読んでいる姿を見かけた。小さな子でも本をスラスラと読んでいたから、子供の頃から読み書きが普及している国なのだろう。
「ところで……飲み物がない。喉が渇いた。熱中症になってしまう」
シンプルだ。水がないと人間は死ぬ。あの女子高生の子、名前を聞きそびれちゃったな。【水の聖女】なんでしょ? いつでも新鮮な水が飲み放題なんじゃないかな?
──いい加減に現実逃避をやめよう。
【ビアガーデン】でビールの一杯でも出せませんかね? いや、喉が渇いているときにアルコールがよくないのは百も承知だけど。
「いでよ、【ビアガーデン】! ……なんてね」
すると、目の前に【ビアガーデンLv1】という文字列ウィンドウが突然に浮かび上がってひっくり返りかけた。
「は……?」
【ビアガーデンLv1】
・飲料水
・ラガービール
【次回LvUP条件:サーバーから飲料水とラガービールを注ぐ】
「サーバーってこれか」
そして空中に静止するように浮かんでいるのは、居酒屋バイトで親の顔より見たやつではなく……お洒落なBarで見かけるような高級感漂うビールサーバーだ。
ちなみに、下面発酵と上面発酵というのはビールの発酵方法を指す言葉で、使用する酵母の種類と発酵温度の違いによって区別されている。なんか、僕がかつて大学で学んだ基礎知識が今まさに役立っているなあ。
まず、
もう一つが
「とりあえず、今は水を飲みたいんです」
しれっと大きめのグラスも置かれている。プラスチック製の割れにくいグラスだ。サーバーに取り付けられたバルブをひねると、ビールではなく水が出てきた。
「もしかして、任意で自由に切り替えられる?」
と思って試してみると、ラガービールも出た。まるで童謡に出てくる「茶色の小瓶」だ。でもあれ、元はアメリカのお酒の歌なんだっけ。……まあいい。
「水!」
ごくごくと喉を鳴らして飲む。しっかりと冷たくて、味はまろやかな天然水に近い。日本の軟水っぽい、飲み慣れた感じ。
【ビアガーデンLv2になりました】
【メニューに[炭酸水]が追加されました】
「何!?」
またしてもウィンドウが現れた。
【ビアガーデンLv2】
・飲料水
・ラガービール
・炭酸水
【次回LvUP条件:1人から売上を得る】
なんだか、便利じゃない? 少なくとも飲み水には困らないことがわかった。こうして萎びた
「……となると、今晩の宿探しをしなくちゃ」
城下の街がすっかりオレンジ色に染まっている。いつの間にか夕方だ。早めに夕食を摂って、安宿に泊まろう。
「──ここにしようかな」
見つけたのは「跳ねる角兎亭」という可愛らしい名前の宿だった。やはり一泊は相場ぴったりの銀貨五枚。夕食は別料金だ。
「初の異世界ごはん〜!」
何やら美味しそうな匂いが建物の外にも振り撒かれている。僕はノリノリで「跳ねる角兎亭」に乗り込んだ。
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