推しの夢を見たら寝ろ
みとけん
プロローグ
その発生を知らないけれど、二十八歳の僕にとって「推し」という言葉、そもそもそれ自体に馴染みがなくて、何となく子供が使う語彙だと思っていた。この言葉を使ったタイトルの有名小説の作者が若者だと知ったときも、なんだ、ほら、と思ったもんだよ。
ところが、僕の年代にもこの言葉と概念を使って人生を彩る人たちが出てきたのだった。
ある人は、推しのアイドルのライブに行ったり、
ある人は、推しているアニメの聖地を巡礼したり、
ある人は、推しにまつわるものならアイテムを見境なく収集したり、
ある人は、多額の金銭を支払って推しに言葉を届けたり。
なんだか僕には、彼らの活動そのものが道ばたで見つけた葉っぱや小石を自分の体に貼り付けているよう作業のように感じたものだ。
なんだかそれで良いのかな? と思ってしまったりもする。それって結局、空虚じゃん! どうせ手に入らないモノに労力を、金銭を、時間を掛けて。
でも、そんな人生の在り方が眩しかったりして……。
――そんな僕のYoutubeに、ある日突然「綺之りんり」というVtuberの配信が、自動再生で流れ出した。在宅仕事の作業中に流しっぱなしのYoutubeを僕が弄ることは殆ど無い。だからなのか、二時間に渡る放送を最後まで見終わるまでに、Youtubeが僕が綺之りんりのファンであるとすっかり勘違いしてしまったらしかった。
綺之りんりは一応大手Vtuber事務所の配信者であるらしいけど、同じ事務所の一線級の配信者の四割も視聴者が付いたことはないようだった。活動開始直後はそこそこ人が集まっていたようだが、今では見る影もない。
彼女の容姿? いわゆる「設定」に興味は無いけど、制服をモチーフにした衣装を着ているあたりどこかの高校の生徒って感じ。なんというか……よくありそうな感じなんだよな。唯一特徴と言えるかもしれないのは、ロイヤルブルーを基調としたグラデーションのマッシュショート。
他の配信者とも絡むことはあるけど、それで浮き彫りになるのは彼女の人柄というよりは口下手さで、高いテンションについて行くこともできないし、ゲームがとびきり上手いわけでもないのだった。
こんなんで、大手事務所のVtuberとなると肩身が狭くなったりしないだろうか?
ながら作業で見ている僕ですら心配になる始末である。
……その後も自動再生が綺之りんりのアーカイブへ導くことが続いて数ヶ月が経ち、ある朝僕は、何となくその日の動画のスタートを彼女の先日の配信で始めた。
動画を流し始めてから自分でも驚く。今、僕は自分から綺之りんりの動画を再生したのだ。
――だからなんだ、って感じだけど。
最初の動画が終わると、自動再生は気を利かせたのか聞き慣れた洋楽のMVを再生し始める。
偶々目にしたVtuberに熱くなって、まやかしの恋をしたりして、夢に見るほど僕の人生は烈しくない、筈だったんだが――この物語は僕が推しを知るまでの、ちょっとした間の物語だ。
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