最初の事件

第12話 一と写楽

世の中が一時的に熱狂したネットカフェの事件から一夜。

当初、すぐに捕まるだろうと誰もが思っていたが捜査は難局を極めた。

何故なら、あれだけ凄惨な現場にして尚、明らかな証拠が見つからなかったからだった。

警察はまず、店内の防犯カメラを調べた。至るところにあるものの、最も注視したかった部屋の中には防犯カメラは無かったのだ。これは昨今のプライベートの侵害にあたるということでの店側の配慮だった。

次に指紋や靴の跡だ。それらもまるで発見されなかった。

では自殺か密室殺人トリックか?実はこのネットカフェ、天井部分は開いているのだ。天井から出入りして殺人を犯した場合も考えられる為、密室ではない。

他殺か自殺か。

凄惨な現場だけに自殺ではなかろうというのが一般的な推論であったし、警察もその線で調べていた。


あるのは血塗れの遺体と血塗れの部屋。


被害者は当初女性と考えられていた。散乱していた物が女性用のそれだったからだ。しかし一転、身分証を調べたところ一八十一(にのまえやそかず)。年齢は73。この付近では有名な浮浪者で女装の趣味があった。人のチャリを盗む、盗んだチャリに乗りながら大声で叫びながら走る、酔っぱらっているのかいつも車道を我が物顔で走る等々、ご近所迷惑この上ない浮浪者の死には、まず地元の人達の興味が無くなった。次にマスコミ各社。興味がないのに放送しても視聴率は取れないからだ。その次に警察もやる気を無くしていった。何度も口煩く注意しても近所からの迷惑電話は毎日のように来ていたからだ。逆に、言っちゃ悪いが加害者をヒーロー呼ばわりする者まで現れた。

しかし、殺人は殺人。ヒーロー等と口では言わず、しかし、やる気も起きなかった。これが捜査を遅らせている原因にもなった。


一夜明けてこれだ。まるで気の入る気配の無い警察の中で1人、気を吐く男がいた。定年間近のその男は加害者とは顔馴染みであった。名前を家路写楽(いえじしゃらく)。名前の縁で警察では、「写楽」を「シャーロック」、「家路」を「ホームズ」と呼び、影ではシャーロック・ホームズと呼ばれていた。しかし、名前は体をなさず、この男特にこれと言って成果を出す訳でもなく、地元の交番で定年を迎えようとしていた。

写楽は寂しかった。一がいつも迷惑をするものだから、いつも写楽がその面倒を見ていた。警察官であるという気概をこの一が迷惑行動を取ることで辛うじて保てていたからだ。その一が亡くなった。写楽は定年間近の身体に鞭打って、犯人確保に全力を注ぐことを決意する。


暖冬の12月の事だった。

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