第8話 崩れゆく信頼
お父様は冷静さを取り戻すと、タニアへ顔を向けた。
「タニアよ。ピクシーの念話能力を借りたい」
『ええ、もちろんです。何なりとご命令を』
「ピクシーの念話能力って?」
私は首を傾げる。
『ウチらピクシーはね、この島中の同じピクシーたちとテレパシーで連絡を取り合う事が出来るの』
「えぇっ!? すごい便利だね!」
「フィオナの魔導通信器もその念話能力を参考に作ったと彼女は話していたよ」
「そうだったんだ……!」
「だが、その前にタニアへ褒美を与えねばな。ティニーをここまで導いてくれて本当にありがとう。褒美は思いついたか?」
『! ありがとうございます……その事なのですが……ウチら魔物は、もうニンゲンに狩られるだけの存在では居たくありません。どうかウチら魔物へのニンゲンへ手出ししてはならないという掟を削除して下さい!』
タニアはそう必死に訴えると、鋭角に頭を下げた。
その必死の訴えにお父様は目を見開き、私は“一方的に追いかけ回してくるハンター”の話を思い出す。まさか魔物側には手を出してはいけないという掟があったとは。
「人間に狩られる……とは、どういう事だ? ディザリエ国王とはその会談の際に、この森での殺生を禁ずるという不可侵条約を結んでいるはずなのだが……」
そうか、だから一応立入禁止の立て札があったんだ。
「この森の入り口には『危険、立ち入るべからず』の立て札があるんだけど、それでもハンターや冒険者で入っちゃう人がいるみたい。私の叔母様も、現に私を連れてさっき入っちゃったし……」
「ほう、森への侵入者の取り締まりがちゃんと出来ていないのか。分かった、それも調査の対象にしよう。ところで、ティニーの叔母……エメリーヌだったな。彼女がティニーをこの森まで連れてきてくれたのか。この国を見つける事が出来るのがティニーしかいないから、国王がエメリーヌに指示をした、と言ったところか」
「『あっ……』」
そう言えばその事話してなかった。そうか、お父様は私がこの国まで来たのはあくまで国王がお父様とコンタクトを取るための仲介役だと思っているんだ。
タニアを見ると、この先のお父様の反応を想像しているのか、渋い表情をしている。でも、言わなくちゃ。それに、私にはとっておきの魔導具がある。
「私ね、叔母様にこの森に捨てられたの……」
「……は?」
お父様は、そのまま固まってしまった。
『あーぁ、思考がバグったわね……』
タニアはそう言ってお父様の顔の前で手を振っている。
私はお父様が固まっている間にポケットからある魔導具を取り出した。
『あら、それ何の魔導具?』
「これはね、音声録音器。この森での叔母様との会話を録音したの」
『へぇ、証拠もバッチリって訳ね。これで再生するのかしら』
タニアがスイッチをポチッと押すと、『わたくし、王族になりますの。邪魔なあなたはここへ捨てて……』と流れ始めた。
その後、城が揺れたのではないかというほどの、お父様の怒号が響きわたった。
⸺⸺
『お、落ち着いてオベロン陛下……鼓膜が死にそうよ』
「お父様のその声……魔力こもってるね……! 本当に鼓膜が破裂しそう……」
そう言って耳を塞ぐ私たちを見たお父様は、ハッと我に返った。
「すまん……! 2人とも耳は大丈夫か!?」
「うん、まだボーンってしてるけど、なんとか大丈夫」
『ウチも、なんとか……』
「そうか、本当にすまなかった……。まさかそんな事になっていたとは……やはりフィオナもティニーもユグドラシアから出すべきではなかった……私の甘い考えのせいで2人を辛い目に合わせてしまった……」
お父様は悔しそうに唇を噛んだ。
「お父様のせいじゃないよ。私も妖精と人間が仲良くなれたらいいなって思ってたし」
「お前は優しい子だな……だが、人間と仲良くするには著しく信頼を欠いてしまった。こうなったら徹底的に調べてやる……その魔導具便利だね、私に貸してくれるかい?」
「うん、良いよ、はい」
お父様は音声記録器を受け取ると、そのままタニアへと手渡した。
「さきほどの念話能力を借りたいと言った件だ。お前の仲間にこれを持たせて、ディザリエ王国の城下や城に侵入させてほしい」
『なるほど、これに有力な証言を録音してくるのですね』
「その通り。ターゲットは、エメリーヌ、密猟者、そして国王だ」
『うーん、それだと1人でやるのは大変そうね……』
「あっ、それすぐ作れるよ。沢山作ってあげるよ。ピクシー用に小さくも出来ると思う」
私がそう言うと2人は「『天才!?』」と声を揃えてそう叫んだ。
そして魔導具作成の材料とアトリエ確保のために、3人で城の奥にある世界樹へと向かった。
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