第9話
ぼんやりと空を見上げる。秋の空は結構好きだ。
夏頃は立体的だった雲が平べったくなって、空の高さも変わって見えて。なんとなく、新しい始まりだなーって気がして。
個人的には冬から春になるタイミングよりも、新たな始まりを感じるかもしれない。
そんな爽やかな秋の空の下、私は一人たい焼きを齧っていた。
今日のたい焼きはこしあんだ。この前こしあんを食べられなかった凛梨の分も、私が堪能してあげようと思ったのだが。やっぱりたい焼きはクリームが一番美味しいと思う。邪道と言われるかもだけど。
私は追加でクリームのたい焼きを買って、駅まで歩き始めた。
秋風の中を歩きながら食べるたい焼きは、他の季節に食べるたい焼きよりも美味しい気がする。
「え、マジで?」
「ん。倍率高いのによくやったって感じだよねぇ」
「倍率て。でもよかったね。ずっと好きだったんでしょ?」
「らしいよ。好きな男を追って受験までするって、愛だよなー」
不意に、凛梨の声が聞こえてくる。見れば、駅のホームに凛梨とその友達が立っているのが見えた。確か彼女は、
ぼんやり二人を眺めていると、箱山さんと目が合った。
私は彼女に小さく手を振った。
「ことりちゃんだ。たい焼き齧りながらの登場なんて、やるね。さすがことりちゃん」
「あはは、そうでしょ。箱山さんたちはこれから遊びに行くの?」
「うん。ことりちゃんも行く? 凛梨喜ぶよ」
「ちょっと、
箱山さんと遊びに行ったことは一度もない。というか、凛梨と二人で遊びに行くことはこれまで何度もあったけれど、思えば三人以上で遊んだことってほぼないかも。小学生の頃は共通の友達も多かったはずだけど。
前に何か凛梨に言われたような気がするのだが、思い出せない。
大人数で遊びたくないとか、三人以上だと話せなくなっちゃうとか、そういうタイプでもないはずだ。じゃあどうして?
うーん。
「私でよければ」
「大歓迎よ。私、ことりちゃんともっと仲良くなりたいしね」
「そうなの? 私も箱山さんのこと、前から気になってたんだよね。そのピアス、すごい可愛いし」
「あんがと。てか美仁でいいよ。箱山って呼ばれると先生相手にしてるみたいで萎えるし」
「じゃあ、美仁ね。ピアスってどこで買ってるの?」
「あ、これ? これはねー……」
美仁と話していると、凛梨にじっと見つめられていることに気づく。会話に割って入られたのが不満なのか、彼女はどこか不機嫌そうな顔をしていた。一度不機嫌になると、凛梨って結構面倒臭いんだよなぁ。
ひどい時なんて一ヶ月くらい根に持たれた時あったし。
ここは一つ、ご機嫌をとっておいた方がいいかもしれない。私は彼女に食べかけのたい焼きを差し出した。
「凛梨、食べる? クリームだから、あんまり好きじゃないかもだけど」
「えっ。……でも、それって」
「あ、このままだと汚いか。ちょっと待って。手で割って、口つけてないとこあげるから」
「や! そのままで、いいよ」
「そう? じゃ、どうぞ」
昔はよく食べ物やら飲み物やらのシェアをしていたから、凛梨がそういうのを気にしないタイプだと知ってはいるけれど。最近はシェアしてないなぁ。最近の彼女は私と同じメニューを頼むことが多いから、シェアする意味がないのだ。
食べ物の好みだって、凛梨は私と正反対のはずなのだけど。
やっぱりたまには好みとは違うものを食べたくなったりするのかな。それなら私に一口ちょうだいって言ってくれればいいのに。
差し出したたい焼きが、一口で持っていかれる。
……おっと?
「文華だ。まだ帰ってなかったんだ」
「ひんはくのへーむみてた」
突然姿を現した文華は、頬を膨らませながら言う。愛澄と同じく仲がいい友達ではあるから、こうして放課後に会えたことは嬉しいのだけど。
私はちらと凛梨の方を見た。
……すごい怖い顔してる!
私は見なかったふりをして、文華に視線を戻した。
「ちゃんと飲み込んでから話しなよ。……お茶とか買ってこよっか?」
文華は首を横に振る。そして、すぐにたい焼きを飲み込んで笑った。
「ふー、美味しかった! ことりに食べさせてもらうと美味しさ五割増しだね!」
「食べさせてもらうっていうか、奪ってたような……」
一瞬トンビにでも攫われたのかと思ったし。
いきなり現れて食べ物を奪っていく姿はトンビそのものである。
私は苦笑した。
「近くの電気屋で新作のゲーム見てたらこんな時間になってて」
「ネットで買わないんだ」
「ネットもいいんだけどさー。やっぱゲームコーナーでパッケージを見ながら選んでこそ、みたいなのがあるじゃん?」
「そうなんだ。何かいいのあった?」
「それが全然。気になってたゲームのパッケージ見たんだけど、なーんかビビッと来なくて」
「へー……」
文華は後ろから私に抱きついてくる。体重をかけられると重いんですけど。
「てか、なんか珍しい組み合わせだね。ことりって星崎さんたちと友達なの?」
「そうそう。私ら親友よ。ね、凛梨。……凛梨?」
美仁に話しかけられても、凛梨は妙にぼんやりしている。
たい焼きを食べられてしまったのがそんなにショックなのだろうか。
うーん。でもたい焼き屋さんは駅から割と遠いし、もう構内に入っちゃったから今更出るのもなぁ。
あとでコンビニでお菓子でも買って渡した方がいいかもしれない。
このままだと、一週間は不機嫌を引きずりそうだ。
「あ……っと、そうね。割と仲良い方、なんじゃない」
「ふーん……」
「これから遊びに行くんだけど、羽田も行く?」
「え、いいの? 行く行く! 何する? ボウリング?」
「いや、体動かすのはパス。今日体育あったじゃん」
「放課後のボウリングは別腹じゃない?」
「運動に別腹はないでしょ」
文華は相変わらず元気である。
彼女に付き合わされて放課後に体を動かすことはよくあるけれど、凛梨も美仁もそういうタイプではなさそうだ。多分文華が私のことを気に入ってくれているのは、私に体力があるからなんだろうなぁ。
しかし、確かに珍しい組み合わせになっている。
私も凛梨も普段は関わる友達が違うけれど、こうして会ってみると意外と相性は悪くない気がする。
「えー、行こうよボウリング。私箱山がどれくらいのスコア出せるのか知りたいなー」
「めっちゃグイグイくるじゃん。絶対しないし。服見たい」
「服なんて着れればどれも一緒じゃん」
「原始人の方?」
悪くない、よね?
微妙に噛み合っていない気がするけれど。
「ねえ、ことり」
「ん? どうしたの、凛梨」
凛梨は私をじっと見つめていた。私は彼女の瞳を見上げた。金色の髪と、黒い瞳。見慣れない金色が目に飛び込んでくると、瞳の色まで別の色に見えるような、そんな感じがした。彼女が髪を金色にしてから、まだ一年も経ってないもんなぁ。やっぱり凛梨には黒髪のイメージがあるけれど。
「この前のことだけど」
「この前? ……あー」
つい数日前、凛梨の部屋で奇妙なことになったのを思い出す。一度もあの日の話題を出さなかったから、彼女の中ではなかったことになったのかと思っていたのだが。
「あれ、さ」
「うん」
「えっと……やっぱ、なんでもない」
それだけ言うと、彼女はそっぽを向いた。
うーん、なんでもなくなさそうな反応。彼女があんなことをしてきたのはどうしてなのか、未だわからないままでいる。ただのいたずらなのか、そうでないのか。知りたいとは思うものの、無理に聞こうとするのもおかしいわけで。
私は小さく息を吐いて、なんとなくブレザーを指でいじった。
そこでふと、ポケットの中に飴が入っていることに気づく。取り出してみるとそれは、今朝お母さんにもらったものだった。最近空気が乾燥しているから、のど飴食べた方がいいって言われたんだっけ。
これで機嫌、直してくれるかな。
「凛梨。目、瞑って?」
「……えっ」
凛梨は視線を右往左往させてから、やがて静かに目を瞑る。私はにこりと笑って、彼女の唇に触れた。
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