1日1本だけホームランを打てる能力〜僕がホームランを打つほど従姉妹が壊れていく〜

サルサの腰

第1話 高木心太

僕は高木心太、小学6年生。

先日、地元のプロ野球球団、東海ライガースのジュニアユースチームの選考に応募した。

結果、無事に一次審査を通過、二次審査のトライアウトに向けて準備していた。

本番は明日、それに向けてできる練習はすべてやった。

あとできることは神様に祈るのみである。

かといって、これから有名な神社仏閣に行くような時間もお金もない。

そこで、近所にある小さな祠で願掛けすることにした。


「野球の神様、どうか明日のトライアウトでホームランを打てますように!」


僕は祠の神さまにお願いし、二回手を叩き一礼をする。

神仏に対しての慣例など知らなかったので、見様見真似でそれっぽい作法を真似してみた。


「高木心太よ!お主はなぜホームランを望むのだ?」


突然、しわがれたおじいさんの声がした。

キョロキョロと周りを見回したが誰もいない。


「だ、誰?もしかして野球の神様?」

「わしはこの海原町の守り神ビンという。野球の神ではない!心太よ、有名な神仏ではなくこの小さな祠に参拝する頭の足りなさ、気に入ったぞい。理由次第でその願い、叶えてやっても良いぞ」


声がしたのは、目の前の祠からだ。

そこには小さなお地蔵様鎮座している。

もしかしてこのお地蔵様が喋っているのか?

いや、それよりも…


「ど、どうして僕の名前を知ってるんですか?!」

「心太よ、お主のことは小さい頃からずっと見てきたぞ。小さい頃に父が病で死に、母は男と蒸発。親戚の家に引き取られ厄介者扱いされて困っておるのだろう。心太はなかなかに上質な不幸を宿しておる。故にわしも注目していたんじゃ」


ビン様の話した言葉はどれも間違っていなかった。

僕は少し恐ろしく思いながらも、勇気を振り絞って言い返した。


「ぼ、僕は不幸じゃないよ!馬鹿にするな!」

「ほっほっほ。口が悪いクソガキじゃのう。して、お主はなぜホームランをうちたいんじゃ?」


なぜホームランを打ちたいかだって、そんなの決まっている。


「ぼ、僕はプロ野球選手になりたい。プロ野球選手になって僕を捨てたお母さん、意地悪する親戚家族、他にも僕をバカにした奴ら全員を見返してやるんだ!そのために僕は明日ホームランを打たないといけないんだ」


「ふむなるほど、その気概は評価するが、お主の実力では難しかろう。運動神経、知力ともに人並み以下、体格は小さい、困ったら神頼みするような安直な精神構造もプロ野球選手にふさわしいものではなかろう」


ビン様の言葉は全部当てはまっている気がして、それ故に僕は唇を噛みしめるしかなかった。


「う、うるさい!そんな事言われなくてもわかってるよ!それでも僕は死んだお父さんと約束したんだ!プロ野球選手になってお金持ちになって、天国のお父さんに喜んでもらうんだって」

「…ふむ、まぁよいじゃろ…。わしの力を使い、明日のトライアウトでお主にホームランを打たせてやろう」


ビン様は何を思ったのか、僕にホームランを打たせてくれるという。

一体どういう風の吹き回しだろう。


「え、ほんとうに?そんなことできるの?」

「うむ。当然じゃ。なんせわしは神じゃからな」

「やったー!これでプロになれるぞー!」


僕はプロ野球選手になれると思って、喜びで飛び跳ねた。

当然、心太が考えるほど単純ではないので、ビンは訂正を入れる。


「ほっほっほ、明日ホームランを打てたからといってプロになれるわけではなかろうに。心太は本当に考えが足りん阿呆じゃのぅ」

「あ、そっか。でも東海ジュニアユースに入ってそこで活躍できれば…」


僕は入団さえできれば努力次第でプロ野球選手になれると考えた。

しかし当然、心太の甘い考えはビンに指摘されることになる。


「心太よ、そもそも明日ホームランを打てたからといって東海ジュニアユースに入れる保証があるか?それに万が一入れたとて、そこから活躍する力が心太にあると思っているのか?ないじゃろう。まぁ言った通り明日はホームランを打たせてやるからそれで満足することじゃ。一日だけヒーローになるくらいは誰も咎めんじゃろうて」


ビンの忌憚のない言葉を受け、どうしたらプロ野球選手になれるかを考えた。

心太にわずかに眠っていた灰色の脳細胞が、一つの答えを導き出す。


「…そうか、一日だけじゃだめなんだ。じゃあ僕が毎日ホームランを打てたらプロになれるよね!」

「はぁ?」


ビンは困惑した。この少年は一体何を言っているのかと。

次の瞬間には心太から、ビンを絶句させる一言が飛び出す。


「ビン様、どうか僕に毎日ホームランを打てる力をください!」


心太は少年野球で培われた90度の礼を敢行した。

それは見事な礼ではあったが、如何せん発した言葉が情けなすぎた。


「……はぁ、心太よ、お主は本当に阿呆じゃのう。確かに毎日ホームランを打てればプロになれるかもしれん。じゃがそれは自分の力といえるのか。他人の力で成功することを、お主の父親は本当に望んでおるのか?」


「…僕のお父さんは友達に騙されてすべてを失ったんだ。そのショックで体を壊して、最後には苦しんで死んでしまったよ。だからもう僕の力とかそうじゃないとか、そんなのは関係ない。僕が最後にプロ野球選手になれれば、きっと父さんもそれでいいって言うよ!」

「……心太よ、お主は本当に最低な人間じゃの…」


ビン様は心底失望した様子だった。

仕方ない、こんな僕でも最低なことを言った自覚があるから。


「やっぱり、だめだよね…。僕みたいな才能がない人が、神様にお願いしてプロ野球選手になろうとするなんてずるいよね…。うん、僕、やっぱり自力でプロになる道をさがすよ」


ビン様がずるを許さない良い神様で良かった。

うん、これはいい機会だったと捉えよう。

明日は、今出せる力をすべて出すんだ、と僕は決意を新たに…


「気に入ったぁああああ!」

「はえええ?」


ビン様が唐突に叫んだ。気に入ったって、一体何が?


「神であるわしに対してその図々しさ、他人を蹴落としてでも成功しようとする精神性。やはりお主はわしが見込んだ通りのクズじゃ」

「く、クズぅ?」


心太は自分がクズと言われたことは今までに一度もない。

真面目に生きている自負から、心太はぽかんと間抜け顔をさらした。


「うむ、わしはお主のようなクズを探していたんじゃ。心太、お主には特別に『1日1本だけホームランが打てる能力』を授けてやろう」

「え、ほ、本当に!?やったー!」


どういうわけか、ビン様は心太が望んだ力を授けてくれるらしい。

心太には訳がわからなかったが思わず飛び跳ねた。


「ただし!お主のような非力な少年がホームランを打つためにはそれ相応の代償がいる」

「だ、代償?まさかホームランを打ったら死ぬ呪いとか…?」


心太は代償、という言葉のニュアンスからヤバい匂いを感じ取った。


「そんなわけあるか!まぁそうは言ったものの、この力はわしと非常に相性が良いから、お主にとっては大した代償にはならんじゃろ。心太がホームランを打てば自ずと分かることじゃろうが気にせず使うと良い」

「な、なんだ…よかった。大した代償なくホームランを打てるようになるなら大丈夫だね!」


僕はビン様が大した事ないと言うならそうなのだろうと、安心した。

単純思考の心太は疑うということを知らない。


「ほっほっほ…(心太が頭の弱いクソガキで助かるわい…)」

「ビン様、なにか言った?」

「いやなんでもないわい。それでは心太が承諾したとみて力を授けるぞ。ほれ、心太よお主は今から『一日1本だけホームランが打てる』ようにな〜る!」


僕は体の中がぽかぽか熱くなるような感じがした。

実際に何が変わったということもないので、僕は戸惑った。


「え、もう終わり?」

「さぁ行くが良い心太よ。他人を蹴落とし、自らの成功のためにその力を使うが良い!」


その不穏な言葉を最後に、ビン様の声は聞こえなくなった。

祠のお地蔵様はもう、うんともすんとも言わない。


「…本当にホームランを打てるようになったのかなぁ、それとも夢?」


心太は半信半疑だったが、とりあえず信じてみることにした。

僕は明日、ホームランを打つ!

夕日が沈みかけている夏の空にそう誓った。


「とりあえず帰るか、あの家に…」


足元に伸びる影を追いかけるように、心太は帰路への一歩を踏み出した。


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2024年12月21日 09:00

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