第5話

翌日、学校ではいつもの明るい菜月がそこにいた。昨日の夜のことが嘘のように、彼女はクラスメイトたちと笑顔で話している。


けれど、僕にはわかる。彼女の笑顔の裏にあるほんの少しの疲れや、ふとした瞬間に浮かぶ寂しさが。


放課後、菜月が校舎を出るのを見て、僕は声をかけた。


「菜月。」


彼女は振り返り、少し驚いたような顔をした。


「どうしたの?」


「今日、放課後時間ある?」


彼女は少し考えたあと、静かに頷いた。


その日の夕方、僕たちは学校近くの公園にいた。菜月はベンチに座り、夕焼けを眺めている。


「……どうして、私を誘ったの?」


彼女がぽつりと尋ねる。


「君に、昼間の自分を無理に演じなくていい場所を作りたかったんだ。」


その言葉に、菜月は目を丸くした。


「無理してるように見える?」


「少しだけ。でも、それは悪いことじゃないと思う。ただ、僕は君が本当の自分でいられる場所をもっと増やしてほしいんだ。」


菜月はしばらく黙っていた。そして、夕焼けを見つめながら静かに言った。


「……ありがとう。そんなこと言ってくれたの、初めて。」


その時の彼女の表情は、どこか穏やかで、昨日の夜の少女とも、学校での明るい菜月とも違う、新しい彼女の一面だった。


その日から、僕たちは放課後によく二人で過ごすようになった。学校では明るく振る舞う菜月も、僕といるときだけは少しだけ力を抜いた笑顔を見せてくれるようになった。


「悠斗って、変わってるよね。」


ある日の帰り道、菜月がふいに言った。


「どうして?」


「普通、私みたいな面倒くさい人には関わりたくないと思うのに。」


「面倒くさいなんて思ってないよ。」


そう答えると、彼女は少し驚いた顔をした後、笑った。


「……ありがとう。でも、いつか後悔するかもよ。」


「どうして?」


「だって、私には……時間がないから。」


その言葉に足を止めた。


「時間がないって、どういうこと?」


菜月は立ち止まった僕を振り返り、少しだけ悲しげな笑みを浮かべた。


「ごめん、今はまだ言えない。でも、いつかちゃんと話すから。」


その言葉に、僕はそれ以上何も聞けなかった。ただ、彼女の背中を追いかけるように歩き出した。

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