第11話

 色々ボロボロな少女を連れて自分の店に戻る。途中電車に乗ってるとすごい奇異な目で見られたが仕方ない、だが女性からめっちゃ親のかたきのように睨まれたのだけは流石に凹んだ。別にそういうことしないのに……。


 『新千代田区』に帰ってきた俺たちは、東京駅を出てそのまま路地裏に。路地裏に少女を連れ込むとか普通に通報案件だなと今さらながらに思ったが、彼女は緊張の面持ちで俺の後ろを着いてきて全くそんなことを気にする余裕は無いようだ……って、あ。


「そうだ、俺の店のこと言うの忘れてたわ」

「だ、大丈夫です! 探索者やってるので痛いのはある程度なら……っ!」

「そんな物騒な店じゃねぇから」


 のことを一体何だと思ってるんだ。自分の店の鍵を開けながら後ろでビクビクしている少女へ先に入るように手招きする。

 書店特有のインクのにおいと、見慣れた明るい照明。この空気感が自宅に帰ってきたと感じさせられる。


 都会は賑わっていて楽しいがこういうゆっくりした場所が無いと息が詰まるな、と疲れたリーマンみたいな考えを俺がしていると、先に入っていた彼女は呆気にとられたように突っ立っていた。


「とりあえず昼飯だな。先に風呂入ってこい、カウンター奥の扉を開けて右だ」

「は、はい……いただきます」


 朝にエレナと飯を食う時にスーパー行って数日分の食料を買い込んだからな、冷蔵庫の中身は潤沢じゅんたくにある。

 慌てて風呂場に入っていった彼女の背中を見送ってから、俺は腕まくりしてキッチンで料理を始めるのであった。



「う、うぅ……あったかいご飯……っ」

「装備の修理代すら金を出せないぐらい困窮してたもんな」

「おいしいですぅ……ぐすっ、ぐすっ……」

「そんなに号泣されながら言われると照れるより前に同情するわ」


 ただの野菜炒めを前に泣きながら飯を食べている目の前の少女。壊れた装備を外してラフな格好になった彼女は、風呂も入って身綺麗になると中々に美人の部類だった。


 汚れで煤けて後ろでひとまとめにしていた紫髪は風呂上りということもあり下ろしているからか、サラサラになってるのが一目でわかる。

 軽鎧で押さえつけられて分からなかったが、やせ気味ながらもスタイルはいい。つかエレナ以上のデカさだ、店員として置いてたらこいつ目当てに客が増えないだろうか?


 おどおどしている雰囲気のせいなのか、困ったように下がっているまろ眉のせいなのかは分からんが、ちっちゃいたぬきが震えているように見えて非常に庇護欲ひごよくに駆られる。


「……どうしたんれふか?」

「いや、なんでもねぇよ。ほらこれも食え」

「い、いいんですか⁉ ありがとうございますっ」


 俺の視線に気が付いたのか、頬をぱんぱんにしながら首をかしげている彼女に自分の分の野菜炒めも少し分けてやる。気分はさながら餌付けしてる飼育員だ。

 その後、昼食を終えた俺たちはお互いに熱いお茶をすすりながら一息つく。


「ずず……そういや、お互い自己紹介がまだだったな」

「あぁっ、ご飯も奢ってもらったのに失礼しました! 私、花城はなしろ美月みつきと言いますっ。十八です!」

「蓮司だ、俺も十八だからかしこまらなくていい」

「はうぅ……同じ十八なのにこの経済差……」


 ショックを受けている彼女――花城だったが、別に俺は大金持ちって訳じゃないからな。

 臨時収入があったのを全部放出しただけで、普段からそんなに稼いでいるかと言われると首を横に振らざるを得ない。本屋は赤字だし。


「探索者ってのは初期投資がかかる職業だ。上手くいかないとコストだけがかさんでいく」

「そうなんですよぉ~、もしかしてお兄さんって……」

「探索者だ。元だけどな」

「ほわぁ~っ」


 驚きと羨望の眼差しで花城が俺を見てくる。な、なんかこいつ人に騙されやすそうだな……この世界で純真なのは貴重だが、人を疑うことを知らなさすぎる。

 チラッと横に置かれていた彼女の壊れた軽鎧を見てみれば、金属製のプレートにエネルダイトっぽく色を塗っただけの粗悪品なことが分かった。


「はぁ……」

「はうぅ! ご、ごめんなさいっ! 何か粗相をしましたか私⁉」

「……『安いもの』には気を付けろ。金をいたずらに失うだけだぞ」

「駄目、でしたかね……?」


 上目遣いに聞いてくる花城に、俺はきっぱりとダメと告げる。エネルジークに襲われる危険性があるのに、防具に金をかけられない奴は探索者としてほぼ死んでいるのと同義だ。

 というか先に武器よりも防具から揃えないと意味が無いのに、防具の値段ケチって武器も買おうとするんじゃない全く……。


「いいか? エネルジークと戦うのは緊急時だったり、それが最後の手段だったりする場合だけだ。基本的には逃げたり隠れたりするのが浸食空間内での歩き方――まず身を守る術と装備を身に付けなくてどうする?」

「はうぅ……た、たしかにっ」

「武器だってそうだ。長くて薄い長剣は折れやすいし引っかかりやすい、小回りの利くナイフや欠ける心配のない打撃武器が探索者の主流だ」

「…………」


 つい心配になって俺は色々とアドバイスしてしまう。驚いたように目をまんまるにしている花城を見て、遅ればせながら彼女『母親の入院代を稼ぐ』ために探索者をしていたことを思い出した。


「っと、ここまで話したが別に花城が探索者を続ける理由は無かったんだったか」

「えと、その……私、お金が入ったらもう少し探索者を続けようかなぁ~……なんて、思って……ます、はい」

「…………」

「はうぅっ! ごめんなさいっ、ごめんなさい~!」

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