ゼファーは西から吹いてくる

あおい

第1話

 紫雲に黄土色の丸い満月が隠れた。切り立った岩山の上に、そびえ建つ白亜の城塞。


 往時おうじの城ではシャンデリアの下、舞踏会が華やかに開かれていた。男性はタキシード、女性は華やかなドレス姿で回転し、ステップを踏み踊っている。


 舞踏会のラストには必ずご馳走が待っていた。主鬼が指を鳴らす合図と共に会場の中央に置かれた牢箱が開かれる。すると中からクモの子を散らすように多数の生き物が飛び出した。


 ヒューマンの踊り食い。


「助けてーっ!!」


 一人のヒューマンが長い赤毛を揺らしロブに向かって走ってくる。それを追ってきた黒鬼が片手を伸ばして掴み上げた。その娘はパックリと開いた黒鬼の口に頭部だけ入れられ尖った歯で切断。瞬間、バタバタと激しく動いていた二本足がダラリ伸びる。黒鬼は残る動体も全て引きちぎり咀嚼した。


 逃げ惑うヒューマン、高笑いしながら捕獲して食う三十鬼の黒鬼。まさに狂喜乱舞きょうきらんぶ。会場内は入り乱れ大パニックと化した。


 ここは奇面鬼きめんきという名の鬼が支配する世界。奇面鬼は成鬼で男性、身長二、五メートル、女性で一、八メートル、寿命は約、百年近く生きる。


 全鬼の一般容姿、髪色は黒、頭髪は細かく縮れ毛。両目は弓形に吊り上がり、頭に角が生え、口は耳まで避けて牙が二本覗く。指には漆黒の鋭い爪。


 奇面鬼は黒、赤、青と三色の肌を持つ。鬼の世界は、この肌色により階級分けされているのだ。


黒鬼は、立派な角が三本生えている知性に溢れたエリートで資産家。


赤鬼は、角が二本の一般市民。知性は平凡。暮らし振りも並。大多数が赤鬼になる。


青鬼は角を一本しか持たない低知能。貧困層ばかりで黒鬼や商売をしている赤鬼に低賃金で雇われ奴隷のように扱われている。


 ロブは十五歳の青鬼だ


しかも、生まれた時から眼球が一つしかない奇形鬼。父親は彼が赤子の頃に他界した。以後、母鬼のアリアは黒鬼の経営する車部品工場で働き、一人息子の彼を大切に育ててくれた。そんな母が五ヶ月前、病に倒れてしまったのだ。ロブは生活を支えるために母の勤務先だった工場主(黒鬼)の屋敷で使用鬼(雑用)として働いている。


 ヒューマン(人間)(略してH)は、ヒューマン牧場で多数の成人オスとメスに子尾させ、大切に育てられた高級食材。オス、メス、いずれも太らせて十五歳までに出荷される。なぜ、十五歳なのか?Hは十五歳を超えると肉が硬くなり美味びみじゃなくなるからだ。特にメスのHは柔らかくて美味いと絶賛される。


 Hは高値。金持ち(黒鬼)にしか買えない。


壁際に立ち、眺めていることしかできないロブはポツリと呟いた。

「いいなぁ~、金持ちは……」


 丸々と肥えたメスHの肉厚の両足が黒鬼に飲み込まれる。


 ヨダレが舌に染み出して、ロブのお腹が「グウ~」と鳴った。

「腹……減ったなぁ」


 彼のボヤきを横で聞いていた使用鬼頭のハリーが笑った。彼も同じ青鬼だ。


「俺も同じ気持ちだよ。あんな高級品、俺達の給金じゃ一生かかっても買えないもんな。貧乏人は貧乏食、ザナかマトナかトンイしか食えないからさ」


 ザナとは、そこらじゅうに生えている食用の雑草。マトナとは一年中、木に実る面長の果実。トンイとは貧困層が肉を食べるために市場で仕入れる小ブタのような生き物だ。いずれも、タダか安値で手に入る食料。


 街には大きな川(シュラ川)が流れている。その川に面して煤けたレンガの五階建てアパートが建ち並ぶ。階ごとにふた部屋の玄関扉が向かい合う。ここでは青鬼ばかり十世帯が入居していた。一階がロブと母親の暮らす部屋だ。


 家に帰宅すると、ロブはザナとトンイ肉を刻んで入れた粥を作り、ベッドで横たわる母、アリアの唇前に木のスプーンを運ぶ。アリアは首を左右に振り口を開こうとはしなかった。


「母さん、食欲がないのは分かるけど、少しでも食べなきゃダメだよ」


「ロブ……」

アリアは潤む瞳を彼に向ける。

「わたしはお前のお荷物になりたくないんだよ」


「お荷物だなんて、そんなこと思ったことは一度もない。なんでそんな悲しいことを言うの?」


「だって、わたしが病になったせいで、お前は青空学校にも行けなくなって仕事するハメになっちゃったじゃないか」


 青空学校とは貧困層のため、無償で教えてくれる赤鬼先生のボランティア学校だ。屋根がないので雨天は休校。アリアが病に倒れるまでロブは学校に通っていたのだ。


ロブは目を伏せた。

「気にしないで、学校に行けなくなってホッとしてるよ。僕は皆んなにイジメられてたから」


 ロブに友達はいない。


「ロブ……」


「僕は皆んなと違うから。だって一つしか目がない鬼なんて僕だけだもん」


「ロブ、確かにお前は他の鬼と違うかも知れない」

アリアはスプーンを持つ彼の手に痩せた青い手を重ね合わせる。

「でも、お前は誰より優しい鬼。そんなお前が母さんは大好きさ」


「母さん……」

ロブの一つ目に涙が光る。


 ロブにとって家族はアリアだけ。お金があったら医者に診て貰えるのに……現状、それは叶わない。


 ふと、彼の頭に、先程言ったハリーの言葉が浮かんだ。

『十五歳未満の太ったメスHは病気を治す妙薬にもなると聞いたよ』


薬になる、か。母さんの病気を治したい。


 ロブはアリアに太ったメスHを食べさせてあげたいと強く思うのだった。





 


 

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