#6.ギルドとは?

「夢……ではなかったようじゃな」


 暖かな朝日が瞼を優しく撫で、闇に閉ざされていた視界を暖色へと染め上げる。一途の思いで開眼するがその景色は昨日と変わりなく、複雑に絡み合い多少の湿気を持つ黄金色こがねいろの繊維はその朝日を反射し神々しく輝いていた。


 しかし、その神秘的な景色は現在の凛音リンネにとっては絶望の象徴であった。


 重くなった体と心を引きずり、一階に降りるとエプロンを着けた姉、『奏音カノンが朝食の準備をしていた。今日も食卓には見栄えが良く栄養バランスがしっかりと考えられた健康的な食事が用意されている。


「おはよう! 凛音リンネ! ご飯できてるよ~」


 誰よりも遅く就寝し誰よりも早く起床しているのにこの笑顔と料理の出来栄え。長年この習慣を繰り返していることが見てわかる。やはり母親を早くに失っているのだろうか。


 凛音リンネが席に着くと姉は凛音リンネの分のパンが添えられた皿を綺麗に盛り付けられたレタスとトマト、オムレツと共に差し出した。トマトとレタスに付着した水滴が自然由来の新鮮さを強調していた。向かいの席には既に食べ終えた形跡があった。恐らくは兄だろう。


「兄はどこへいったの?」


 そんな凛音リンネの何気ない問いに奏音カノン魁人カイトの食器をキッチンへ運び、残っていた飲み物を飲み干した後にこちらに視線を向けずに答えた。


「あぁ、魁人かいとならギルドに行ったわよ」


「ギルド?」


 生前に聞いたことがある。国の郊外に広がる広大な自然には薬草や鉱石などの物資や様々な魔物が生息している。ギルドに所属している人間はそんな魔物を狩ったり、薬草や鉱石などの物資を集めたりすることで『クエスト』をこなすのだ。クエストの達成報酬で生計を立てている者も少なくない。しかし、高難易度のクエストは通常のクエストに比べ報酬が高い。そのため実力に合っていないクエストを受注し命を落とすものが多く『ランク』が制定されたとか。


 また、国や学園と協力し、『派遣』といった形で国内外での戦闘や研究、救出活動をしている。国や学園とは異なる一つの戦力だ。


 「凛音リンネも行ってみれば? その実はね……」


 奏音カノンは洗い物を放置しタオルで手に付着した水分を取り除き、何やら神妙な表情で凛音リンネの隣の席に腰をかけた。


凛音リンネは覚えてるか分からないけど、あなた休日はギルドでお金稼いでそれでね……」


 突然の言葉の詰まりに凛音リンネは違和感を感じ、オムレツを口に含んだまま奏音カノンの方を向くとそこには想いにふける女性がいた。凛音リンネがその表情を訝しみ固まっていると奏音カノンは手を伸ばし、細く色白い女性特有の繊細な手で凛音リンネの眼前まで伸びた前髪をかきわける。その行動に特段意味はなく、まるで自身の大切なものとの触覚を自身に再び銘記しているようだ。その表情は悲しみと寂しさに支配されていた。


「……もしよかったら何か思い出すかもだからギルドに行ってみて」


 大切な家族が記憶を無くしてしまい共に過ごした時間を全て忘れてしまったとなったらどう思うだろうか。喪失感、寂しさ。推し量ることが出来ない程の感情や思いがあるだろう。


 出来なかった。  騙しているという罪悪感に襲われたが、ワシには


 「もうお主の大切な妹は居ない」


 この一言を伝えることは出来なかった。


****************************


 奏音カノンに別れを告げ、凛音リンネは『ギルド』へと足を運ぶことにした。どうやら『スマホ』に入っている『マップ』という能力で施設の位置が分かるらしい。


 便利な世の中になったのぅ。まぁ六日後への転生なので、ただ単にワシが時代に置いてかれていただけなのじゃが。


「……この服装は落ち着かぬのぅ」


初めて女性用の洋服に身を包んだ凛音リンネは味わったことの無い感覚によって言葉にすることが難しい感情に襲われていた。まだ能力の操作が未熟であることに加えて、武具を持たないことに対し若干の不安を感じつつも広がる景色が目に入る。


「平和になったのぅ」


  国内最高戦力師走しわすや国の重鎮共が身を置く王城に準え、王城を基点として同心円状に広がる街を『城下町』と呼ぶ。


 魔王討伐以前、城下町に活気はなく街並みも殺風景であった。国が魔族に脅かされていた時代だ。凛音リンネ。いや、『シュウ』は魔族の長である魔王討伐に大きく貢献し国の平和に多大なる影響を与え『剣聖』の称号を得たのだ。


 そんな街は現在『城下町』という名称が合う場所へと変貌していた。屋台や露店が並び食材、菓子、武器、防具、玩具など様々な商品が売買されている。


会話と笑顔が絶えない国風。


まさに、凛音リンネが平和を追い求め戦い抜いた功績がそこには広がっていた。


だが、全ての人を救済できた訳ではない。それを証明するかのように路地裏から回折した男たちが揉める声が凛音リンネの耳を掠める。


「放っておけないのぅ……」


音波の震源となる暗く汚れた路地裏を黄金色こがねいろに染まった鋭い眼で覗き見る。


するとそこにはいかにも柄が悪い三人の大男と気品のある格好をした少年がいた。


【錬成:凍結】


能力を使用し【凍結】の能力を作り出す。凛音リンネの雪のように白く光を反射する右手に霜が走る。昨晩、就寝前に行った練習の成果だ。


「ひぃぃぃ!! ごめんなさい!!」


「出すもん出せって言ってんだろ? 殴るぞ?テメェ!」


「お前兄貴舐めてったら怪我すんぞ!!」


兄貴と呼ばれた大男が拳を振り上げ少年に照準を定める。その刹那、凛音リンネは自身の掌に走った光り輝く霜を吐息と共に男達の方へと放つ。


「さみっ!! なんだ――」


「あに―――――」


「ぎょええ――――っ!」


凛音リンネを視界に捉えた瞬間、男たちは忽ち凍り、銅像の様に動きを静止させる。


「お主、大丈夫じゃったか?」


凛音リンネはその少年に近づき手を伸ばす。


しかし、予想に反し少年は両手で凛音リンネの手でなく腕を掴み凛音リンネの身を自身の方へと引き寄せる。


反応が遅れた凛音リンネはバランスを崩し少年と向かい合う形で膝を着く。


「なん……じゃ」


その少年の表情は先程とは異なり狂気に侵されたものと変化していた。その表情に凛音リンネは驚愕し固まる。その一瞬の隙に男は凛音リンネの肩に圧力を加える。その結果、少年がリンネ《リンネ》を地面に押し倒す様な形になった。


「あ、あ、あ、貴方は! なんて名前!? 何が好き? 僕なら何でも君にプレゼントいける!! その、連絡先! 交換しよう!? 今から! 暇!?」


少年の狂気的な好意に生前では感じたことの無い恐怖に襲われ反射的に彼を大男たち同様に凍てつかせた。


「はあ……はあ……な、なんじゃ? こやつは」


突然の出来事に完全に腰が抜けてしまった凛音リンネは少年が割れないように気をつけながら地面に手を当て体を起こす。


 ただのナンパ目的ではない。何か『狂』を感じるその変わり具合に恐怖と共に自身の風貌を再認識した。


************


 時間が経ち、先に少年の氷が解凍した。状況を読み込むと瞬時に辺りを見渡し、凛音リンネの姿を捜索した。


「はあ……! あの子は!?」


 いないか……。なあ、父さん僕も見つけたんだ。


 運命の人を……!!!!


************


 マップに従い歩みを進めると『ギルド』が姿を現す。完全に街並みに溶け込んでいる開放的な場所だ。石造りの入り口に入ると正面奥の右には酒場が広がり右手には武具、回復薬など戦闘に必要な物資を購入することができる商店が並んでいる。左手にはエル字で奥まで伸びる受付カウンターがある。正面奥には大きな板があり、そこには沢山の紙が貼られていた。恐らくは『クエストボード』だろう。


 城下町と遜色ない程に賑わっている。老若男女が入り乱れている。見た事も無いような武具も身につけている者も見られた。凛音リンネがギルドに足を踏み入れ、辺りを見回しながらクエストボードへと進むとひしめき合うギルドの視線が男女問わず向けられた。


(なあ……あの子……やばくね?)


(おい! 指さすな! バレたらどうすんだよ!)


(パーティー組んでないなら誘っちゃおうかな?)


(やめとけ、ありゃ高嶺の花だ)


(黄金色の髪! しかもサラサラね、私話しかけちゃおうかしら?)


(あの髪色にオッドアイって、どんな確率だよ!)


(あんな子いた?)


(黄金色で霊峰学園の生徒さんはいたけど……オッドアイだったかしら?)


「……?」


 静まり、チラチラと凛音リンネを伺う視線に何かを違えたかと不安になるが、気にせず進む。


本来、ギルドで行うクエストでは『パーティ』を組み行う。しかし、凛音リンネはそのような常識を知らず。一人でこなせるクエストもあるだろうと楽観していた。


 クエストボードに進み、ある程度の難易度と報酬のクエストを探す。クエストは紙に記されその紙がクエストボードと呼ばれる板に貼り付けられている。その紙を取り受付へ行き受注。そしてクエスト達成の証拠となるものを渡し報酬を受け取るのだ。またモンスター討伐によって手に入る素材は自身の懐、もしくはギルドで売るという選択肢もあるようだ。


 数分間クエストボードと睨めっこすると良さげなクエストが目に入った。しかめっ面で睨めっこする凛音リンネに気をかけていたが話しかけるに至らぬ者が多く、皆戸惑っていた。


(あの子、初めてなのかな?)


(俺なんかが話しかけたら嫉妬買いそうでいけねえよ)


(む~って顔してて可愛い)


**********


フレイムグリズリーの討伐


採取部位:爪


報酬:100,000$


推奨階級:B


人数:四人以上


**********


「ん……んぬ……届かないのぅ」


 フレイムグリズリー討伐のクエスト用紙は凛音リンネの背丈を優に越え跳ぶことで漸く指先が掠る程度であった。


(ねえ見て! ぴょんぴょんしてる!)


(動画だ動画!)


(無駄にでかいんだからお前いけよ!)


(いやお前が行けよ!)


「ぬう……」


 フレイムグリズリー討伐のクエスト用紙に凛音リンネのものではない大きく傷だらけの手が添えられた。驚き後ろを向くと凛音リンネの背丈程の盾を持つ筋骨隆々な男性が立っていた。


「嬢ちゃん大丈夫か? このクエスト……フレイムグリズリーじゃないか」


礼を述べ、用紙を受け取る。角度が浅くしっかりと用紙を確認できなかったため、見直すと四人以上のパーティで無ければ挑戦出来ないことが発覚する。


「受注しようかと悩んでいたのじゃが、どうやら人数が足りないようじゃ」


元に戻せと言わんばかりの厚かましい態度で男に用紙を向ける。するとその男性は嫌な顔一つ見せずに言葉を口にする。


「人数? それなら、俺らとパーティを組んでこのクエストを受けないか?」


ランクBがどれ程の実力を必要とする階級か定かでないがフレイムグリズリーにこの言いぶり。かなりの実力者じゃろう。ならば答えは。


「是非とも頼む。 ワシの名前は凛音リンネじゃ」


「承知した。俺はソウ。役職はタンクだ!」


ソウと名乗る男の影には三人の男女が控えていた。



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