孤独

 ミノワ王国が滅亡する可能性。

 それが非常に高いことは子供ながらにもよくわかっていた。


『……お父様』


 そんな中で、お父様が病に沈み、寝たきりの状態になった。

 そして、王族が私とお父様しかいなかったこの国ではまだ齢一桁の私が国王代理となった。


『私が、この国をっ』


 幸いにも、私が国王代理となるのを阻止する者はいなかった。

 そんな権力に固執するような、有能な人材はもうこの国にはいなかったから。


『提案があるのです』


 国王代理になって、父上の残していた仕事を片付け、国をある程度落ち着かせたところで。


『この国の現状を変えるため、ちょっとした策を行いましょう。まずは外交関係の強化に動きましょう。今の他国との交流が最小限という状況は不味いです。具体的には───』


 レーヴはこの国を変えるために動き出そうとする。


『いや、レーヴ様。そんなこと、貴方のお父様はしませんでしたよ』

 

 でも、それを周りは許さなかった。


『確かにそうかもしれませんが、今のままではっ』


『レーヴ様。まずは剣術のお勉強からしましょうか?』


『そ、そんなことをしている猶予などっ』


『お父様の病もすぐに良くなりますよ。そこまで気負う必要はないですよ』


 表面上は、こちらを気使っているような言葉だ。まだ、小さな子供に責任を負わせないという───そんな言葉だ。

 でも。


『レーヴ様はあくまで代理ですから』

 

 ここで気づいた。

 私を国王の代理として崇め立てる人たちは……本当に、私のことを代理としてしか思っていないのだろう。

 求められているのは父上であった。私じゃない。私は信用されていない。

 こっちはとっくに……王族として生まれた時点で、この国を、この国の民を背負っているのに。


『……あぁ』


 この場に私の味方も、私に期待してくれる人も、私を見てくれる人もいない。

 ただ、見ているのは父上の幻影。

 誰も、私なんか必要としていない。


『レーヴ様は』


 何を任せろというのか。

 何も見ていない人たちに……なんで、わかってくれないのっ。私の絶望をっ!この国が、私の生まれたこの国が、私の背負うこの国が滅びようとしているのにっ!


『そう。何処まで行っても、私は独りぼっちなのね』


 だから、思ったのだ。

 ───もう諦めて、私は国と共に一人で死のうと。 独りぼっちのお人形さんとして。


 ■■■■■


 朝日を受けて朱鷺色に輝く一人の少女がゆっくりと、体を起こす。


「……ずいぶんと、懐かしい夢を見ましたね」


 それで思うのはさっきまで見ていた、自分の幼少期の夢だ。

 独りぼっちで死ぬことを決めたあの日のこと。


「今の私は、違いますっ」


 あの日の絶望。

 あの日の孤独感。

 あの日の自暴自棄。

 それらすべてを思い出してしまった少女───レーヴは立ち上がり、身支度を始める。


「ノアちゃんが、いますから」


 鏡の前で時間をかけて身繕いを行い終えたところで、レーヴはノアの名前を呼ぶ。

 ちょうどその瞬間、レーヴのいる部屋がノックされる。


「どうぞ」

 

「レーヴ」


 そのノックにレーヴが声を返せば、扉を開けてただ唯一の味方であるノアが部屋の中へと入ってくる。


「ふふっ。どうなさいましたか?」


 自然と、笑みがこぼれ出るレーヴはそのまま、ノアの方へと声をかける。


「無事にカランザ帝国の拠点を潰せたよ。うまく奇襲出来たね。特に抵抗を受けることもなく終わったよ」


 寂しい。

 ノアの報告を聞くレーヴはその感情が己の中にあることを自覚し続ける。

 ノアが強くなっていくことが。ノアの存在が世界で大きなものになっていくことが。

 それらすべてが寂しい。

 今、ミノワ王国がこんな大博打に出られたのはノアの強さがあってこそ。それがなければ何も出来ずに滅んでいた───それがわかっていながら、


「……レーヴ?」


「ん?どうなさいましたか?」


「いや、特にこうというわけじゃないけど……なんかぼんやりしているように見えて」


「聞いていますよ。聞いていない、なんてことはありえませんよ。ご苦労様でした」


「うん。レーヴからの頼みだからね」


 何時まで、それを言ってくれるだろうか。


「それじゃあ、次のお願いを言いますね?」


「うん。任せて」


 ノアが頷いたのを確認するレーヴは自分の手を己の乳房の中へと突っ込む。


「……うぇ?」


 ノアの視線が、自分の大きな乳房へと注がれていることをレーヴは自覚する。

 これまで必要ないと思っていた乳房も、ノアからの視線を受けられるなら別だ。


「うぅん」


「……っごく」


 自分が嬌声を上げる度にノアの頬が一段と、赤くなるのを愛おし気に眺めるレーヴは、自分の乳房の中へと少し前に仕舞った何も書かれていない巻物を取り出して広げる。


「ここから少し先の国へと文を届けて欲しいとの依頼をリュース王国から受けました。何でも、リュース王国と同盟国を組めそうな国家らしいです。お願いできますか?」


「うん。もちろん。僕に任せて」


「それでは、お任せいたします」


 レーヴは表面上は冷静に、ノアへのお願いを口にしていく。

 その内心で、熱く思う。

 情欲的に。盲目的に。依存心と共に───ノアちゃんが男の子で良かった、と。

 私を見てくれるのだから。私の性的な魅力が通じてくれるのだから。

 私しか見れないようにしてあげないとっ。


 ……。


 …………。


 また、私の言うことを聞いてくれたノアちゃんがこの部屋から出ていくの眺める。

 あぁ、私にはノアちゃんがいないと駄目だ。


「───ずぅーっと、一緒にいてくださいね?」


 私はもう、独りぼっちにはならない。

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