第9話 6月21日土曜日 Wデート。
——6月21日 土曜日
ついに約束の日がやってきた。
片道一時間の電車に揺られ、バスを乗り継ぎ、俺達は遊園地に到着した。二週間も続けて彩羽と出かけることに舞い上がってしまい、場違いなノリで浮かないように気をつけた。それでも、気がつけば彩羽を見つめている自分がいる。
おしゃれに疎い俺の目に映った彼女は綺麗だった。
薄い生地でできた涼しそうなゆったりとしたトップスに、膝にかかる黒いスカート。大きなお城もない地方都市の寂れた遊園地だけど、彼女がいるだけで華やかな都会のテーマパークやってきたみたいに、胸が躍った。
心の中で今日を最高の思い出にしようと誓った。
そして、俺が彩羽に声を掛けようとした時
「拓海君、今日は誘いに乗ってくれてありがとう。4人で楽しく遊ぼうぜ」
隼人さんが俺の肩を叩いて遮った。
身長が高いせいか、目を細めて笑う彼の顔から威圧的なものを感じてしまう。
「は、はい。俺も楽しみにしてきたので」
「なら誘った甲斐があったよ。ところで、君はここには来た事があるか?」
「……家族で何度か」
「そうか、俺達は初めてなんだ」
「そうですか」
その後も隼人さんに延々と喋り続けられ、俺はくすぐったい感覚を覚える。ちらちらと視界の端に映る彩羽は、ぼうと遊園地を見渡していた。
ようやく会話が終わり、はやる気持ちで彩羽の方へ一歩踏み出すと、今度は志乃に腕を取られてしまう。
「ねえみて、もちもち君だよ~可愛くない?」
「う、うん!」
「拓海も触ってみなよ~」
白い米粒の着ぐるみのゆるキャラ『もちもち君』を、志乃は指先でつついてはしゃいでいた。やわらかい着ぐるみが、もちっと凹んで、もちもち君は嬉しそうにコミカルな動きで身をよじらせる。
「帰りにお土産で人形買おうかな、拓海も一緒に選らんでよ」
「そうだね……」
相槌を打ちながら遠くを見つめると、彩羽と隼人さんが並んで歩きだしていた。
(まあ、いくらで時間はあるしいいか……)
「……」
残念に思っていると、志乃が無言で俺をじっと見つめてくる。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもない。私たちも行こうか」
「ああ」
◇
アトラクションを周ることになり、俺はより楽しく過ごすために、混んでいる時間を避けて、奥の方から順々に行こうと提案した。だけど、隼人さんが即座に首を横に振る。
「せっかく来たんだ。まずはあの目立つのから乗ろうよ」
彼が指さした先にはるのは絶叫系のジェットコースターだ。
「でも、並びますよ?」
「いいじゃんそれくらい。彩羽も最初は派手な方がいいよね?」
声を掛けられた彩羽は戸惑う様に頷いた。
「え、まあ、そうだね」
「志乃もああいうの好きだって前に言ってたよな?」
志乃は軽く俺を見て「まぁ」と同意する。
「ほら、女の子達がこう言ってるんだから、俺達は付き合おうじゃないか」
「わかりました」
休日といえどそんなに人気な遊園地という訳でもないので、ピーク時を避ければストレスなく乗れるのになと思いつつ、皆がそう言うならと俺は従うことにした。
列に並ぶ待ち時間、曇りで日差しは熱くなかったが、数十分も俺達は立ち話をすることに。会話の中心は隼人さんで、彼は志乃と彩羽に楽しそうに話しかけて、俺は入るタイミングがつかめずに蚊帳の外だった。
ようやく乗れたジェットコースターも前後に別れてペアに乗るタイプで、彩羽と話せる時間は少なかった。
ジェットコースターを降りて一通り感想を言い合いながら会話に区切りがつくと、隼人さんは言った。
「上から見えたんだけど、ゆるキャラのアトラクションがあったから行ってみるか? 志乃も可愛いって言ってたし」
「お、俺は違う方がいいと思います。移動距離も長いし……」
もちもち君のアトラクションは遊園地中央にある子供にも人気の場所だ。
わざわざ今向かわなくても、順番に回っていけばほどよい時間にたどり着く。それに……
(それも二人乗りのやつじゃんか)
これじゃ彩羽と話す時間がまたなくなる。
すると、隼人さんはため息を吐いて手をひらひらとさせた。
「あのね拓海君、志乃が可愛いって気に入ってたんだからさ、俺達より女の子の意見を優先しようよ」
「……はい」
その後も、隼人さんが女子の意見を汲み取って、遊園地を周った。俺の意見が通ることはなかった。
◇
遅めの昼食を終えて、一時間以上が過ぎた頃。
休憩がてら園内で飼われている山羊に、俺は一人で餌やりをしてた。むしゃむしゃ草を無心で食べる山羊を見つめる。
(……全然、彩羽と話できてない)
4人で周っているから全く話をしてないわけじゃないんだけど……相槌をうったり、ノリを合わせる会話ばっかりだった気がする。
そして、また隼人さんが言った。
「しばらく休憩したあとに、もう一度ジェットコースターに乗ろうよ」
(また、二人乗り)
我慢できずに俺は強めの口調で口を挟んだ。
「あ、あの、だったら4人で乗れるコーヒーカップのやつ行きませんか?」
「それは遠いだろ。ジェットコースターならすぐそこだ」
「でも、人気のアトラクションは今が一番混雑しますよ。コーヒーカップなら今すぐいけば、並んでないだろうし」
二度、軽く手を叩いて隼人さんが会話を中断し、冷たい目で俺を見下ろしてきた。
「拓海君、だめじゃないかもっと気をつかってあげないと」
「え?」
「志乃を見てごらん、ヒールで足が疲れてるんだ。ずっと歩き辛そうにしていただろ、何も見てなかったのか」
俺は彩羽と並んでベンチに座り、足をさすっていた志乃を見た。
いまさらながら、彼女がずいぶんと背の高いヒールを履いることに気がつく。
「はあ、先週会った時も思ったけど、君ちょっと頼りないよね」
「……それは」
「拓海君だけがこの遊園地に来た事があるんだよ? なら女の子を歩き疲れさせないプランとかを事前に用意してほしかったな」
「だって、隼人さんが別の方が良いって」
「俺は女子の意見を汲み取っただけだ。ここに来た事ないんだから、どう周るのがいいのか知るわけないだろ。だからこそ、君がもっと強く意見してアドバイスするべきだったんじゃないのか」
なんだよそれ。俺はずっと、どうすれば4人で楽しめるか考えていたのに。彩羽に最高の思い出を作って欲しくて、昨日だって色々調べてきたんだ。
「はあ、やっぱり今日君を誘って良かったよ」
「どういう意味ですか?」
「志乃が心配だったんだよ。彼女とは中学からの付き合いだからね。君が彼女にふさわしいか、見たかったんだ。志乃も君に幻滅したんじゃないのか?」
「……余計なお世話ですよ。別に俺達はそういう関係じゃないし」
「たとえそうだとしても、今日の君の役目は志乃を一番に楽しませることじゃなかったのか?」
色々と言い返したい言葉がふつふつと湧いてくる。
けれど、俺はそれを必死に飲み込んだ。
彼の身勝手な意見の押し付けにはいらっときたけど、志乃が足を疲れさせているのに気がつかず、歩かせようとしていたのは事実だった。
隼人さんは出来ていたのに、俺には出来なかった。敗北感と悔しさが、自分への怒りに変わっていく。
「志乃ごめん」
俺は彼女に頭をさげた。
志乃は空気を悪くしないように手を振りながら大袈裟に笑った。
「あはは別に気にしてないよ。ちょっと休んだら平気だし。そうだ、そこでアイスクリーム売ってるから一緒に買って食べない?」
「うん」
俺は甘いのが苦手で食べられない。けれど、気を遣ってくれる志乃にそれを言う勇気はなくて、俺達はアイスクリームをシェアした。胸やけするほどに甘くて、嫌な味がした。
◇
曇りだった空は少し晴れて、まばらに散った雲が夕暮れ色に染まっている。
俺と志乃、彩羽と隼人さんに分かれて観覧車に乗っている。
頬杖をつき、ゆったりと地上から離れていく景色を俺は眺めていた。
(……全然楽しくなかったな)
あれだけ楽しみにしていたのに、いまは胸の真ん中にぽっかりと穴が空いたようなむなしさだけが残っている。
雲の隙間からオレンジ色の光が観覧車の窓からさした。
眩しさに俺は目を細める。
その時だった。
「彩羽ちゃんが好きなんだね」
対面の座席から投げつけられたその言葉に、俺は石膏で固められたように体の自由を失った。暴れ回る心臓の鼓動から意識を遠ざけて、どうにか首だけを志乃に向ける。
「な、なに言ってんだ」
「そのままの意味だよ」
「冗談やめてくれ。そんなわけないじゃん」
志乃はおだやかな表情で俺を見ていた。
「流石にわかるって。今日だって、ずっと彼女のことばかり気にしてたしさ」
「……それはごめん。だけど、好きとかじゃなくて、彩羽と仲良くなりたかっただけなんだ」
「ただの幼馴染なんでしょ、どうしてそんなに仲良くなりたいの?」
「お、俺達はずっと会話も出来ないくらいだったんだ。だけど、最近話せるようになったから友達として仲良くなれたらって思っただけで」
そうだ、初恋はもう諦めたけど、友達としてなら付き合いを続けるくらいいいじゃないか。
「どうして自分に嘘をつくの?」
「嘘じゃない」
「じゃ、バイクの免許を辞めた理由は? あの子と一緒にバスに乗りたいからじゃないの?」
「……なんで知ってるんだよ」
「ショッピングモールで隼人たちに会った時、同じバスに乗っていると言ってたじゃん。拓海は自転車通学だったのに、自転車を買い直さないでバスに乗ってるのも彼女に会いたいからでしょ」
「……違う……くはないけど、俺は本当に友達になりたかっだだけで」
強めの風が吹いて観覧車が僅かに揺れた。
志乃の責めるような言葉に燃やされた俺の体が高熱にうなされていく。
彼女から目を逸らすと、窓にうつる自分の顔と目が合った。恥ずかしさで信じられないくらい真っ赤に染まっていた。
「か、彼氏がいる人を好きになんてならないっ」
「隼人と付き合う前から好きだったんじゃないの?」
「……ち、ちがう」
「子供じゃないんだから、自分の気持ちくらいわかってるでしょ?」
今すぐ観覧車から降りたかった。
だけど、まだ登っている途中でそれは叶わない。早くこの閉ざされた空間から飛び出したいのに、ずかずかと容赦のない志乃の視線が俺の体を抉ってのぞきこもうとしてくる。
何も考えられないくらい頭が熱くて、全身から汗が止まらなくなる。逃げ場を失い、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「お、俺は……」
声が裏返り、怯えるように喉が震える。
心臓が肋骨を突き破るほどに鼓動して胸が張り裂けそうだった。
一度でも口に出してしまえば、もう後戻りはできない予感があった。
やめろ、やめろと何度も自分に言い聞かせた。だけど、じっとこちらを見つめる志乃の視線が俺を捉えてどこまでも追いかけてくる。その圧力に屈した俺は、ついにそれを口にしてしまった。
「……彩羽のことが好きだ」
一瞬、世界から音が消えて、俺を置き去りにした。
遅れて観覧車が揺れる音で現実に引き戻されて、おわったと俺は天井を仰ぐ。
本当はバスで彼女と再会した日からわかっていたんだ。
幼馴染の友達になりたいだなんて、彼女のそばにいるための口実でしかなくて。彼氏の存在がチラつく度に胸が苦しかったのは醜い嫉妬で。彩羽が恥ずかしそうな顔を見せる度に、もしかしてと期待して。
それを認めるのが怖くて、ずっと気がつかないフリをしていた。
「彼氏持ちの人を好きになっちゃダメじゃん」
「……はい」
「隼人が可哀想だと思わないの、拓海がやってるのは最低なことだよ」
「……わかってる」
「付き合える可能性なんてないよ。仮に付き合えたとして、彼氏を捨てて他の男に
「もうそれ以上言わないでくれ! 自分がカッコ悪いことは誰よりもわかっているから!」
頭を抱えて現実から目を背けたくなる。
だめだと分かっているのに、彩羽と一緒にいたくて、のこのこと遊園地までやってきた俺の罪悪感を、容赦なく浮き彫りにする志乃の追撃に耐えきれず、いっそこのまま飛び降りて、全ての記憶をリセットしたいと願った。
その時だ。
ふいに、俺の頬に柔らかい感触が触れた。
座席に腰掛ける俺の前で膝を抱えてしゃがみ込んだ志乃が、頬に手を差し伸べてきた。
「あの子じゃなくて、私を見てよ」
「……え」
「彼氏持ちのあの子じゃなくて、私を見てほしい」
差し込むオレンジの夕日が、大人っぽい化粧をした志乃を照らしている。ほのかに赤みをたたえた彼女の頬は、決して夕日に染まっているだけじゃなかった。
見惚れるような綺麗な笑みで、彼女は信じられないことを口走った。
「拓海が好きだよ。付き合ってほしい」
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