第1話への応援コメント
かいまさやさん、私の企画に参加していただいてありがとうございます。
本作ですが、一行目からおかしいです。
「すこしばかり前のこと、僕が金魚の模型品について口にしたことを、わずかながらに憶えている。たしか、家政婦の一人から譲ってもらった雑誌に載っていた、油絵具で見事に描かれた熱帯魚の画に、しばし魅せられたためであった」
僕が口にしたことを覚えているのは誰ですか? 模型品から連想するのが油絵ですか? 金魚は熱帯魚ではありませんが、どういう連想なのですかね。
「潤んだ魚鱗の煌めく白桃色を基調に、鮮明な朱色の斑模様をまとって、大きな扇のように鰭をヒラヒラとひろげながら、水面に静かな円を描くその写像に、僕のこころはたちまち波立だったのである」
これは何の話ですか? さっきまで模型だ絵だの話をしていたのに、なんでいきなり泳ぐのでしょう。それと、この泳ぐ魚はアメンボですか? 水面に? 写像って何か知ってますか?
ちょっと酷いです。それっぽい言葉を並べているだけで、記述が無茶苦茶です。これは読むに値しないです。純文学は詩ではありません。いや、詩であってもここまで記述が繋がらないことはないでしょう。しっかり推敲し、文章を組み立ててくださいね。
それではこれからお互いに頑張りましょう。
編集済
第1話への応援コメント
「純文学とはどういうものなの」と不意に誰かに尋ねられた時に思わず薦めてしまいたくなるような一作でした。とても好きです。
美文とでも形容すればいいんでしょうか。丁寧な情景描写とふんだんに散りばめられた言葉たちから、その時の光景や質感までもが立ち上がってくるようです。この湿度たっぷりの雰囲気も堪らない。
冒頭部分で熱帯魚の油絵に己の加虐心をぶつけておきながら、自分の発言をキッカケに下郎たちの悪意とも呼べないような純粋な残酷心で金魚が死に追いやられたのが衝撃的でどこか受け入れられないだなんて。自分勝手だなあとも思いつつ。そういう矛盾は誰しも抱えているんだろうな、と私の幼少期を振り返ってみるなどしてしまいました。
舌触りが悪いからこそ、口のなかで転がしてその形を探ってみたくなる。そんな純文学の良さが全面に出ている作品だと思います。非常に美味しく頂けました。本当に出会えて良かった。
ありがとうございました。
作者からの返信
拙文をお読みくださって、ありがとうございます。
善悪への解釈と云うのは、ヒトによって全く異なるものであるやも知れません。またその解釈に空気間や表現にどれほどの影響があるのか、面白いやも知れませんね。
ゲテモノを美味しく食べて頂いて、誠に光栄です。
編集済
第1話への応援コメント
カクヨムに数多あるエンタメ作品の中では、軍を抜いて真っ当な純文学であると感じました。この、得体の知れない恐怖ともつかない何かが読後に残る感じが、いつも思い描いていた小説というものの原風景でもあります。
世の作品が、流行りに迎合したような姿を見せつつあるのに対し、この作品の佇まいは子供の頃に読んだまだ理解の及ばない「文学」というものを確かに体現しているように感じます。
幼き頃に感じた、最初の喪失、とでも表現しましょうか。
自らの権力のようなもので手に入れた、誰かの自由と引き換えの愉悦。
そこに嫌悪感を抱けるというのは彼がまだ、正しく人の心を有しているからに他ならないと思います。
いずれは失われていくかも知れないその心を、身体の痛みとともに刻みつけた彼は、今後どのような生き様を見せるのか……しかしそこまで多くを語らないのが純文学の純文たる由縁。
読むのが遅くなりまして申し訳ありません。
それぞれの読み手にじっとりと湿度のある感覚を残す、素晴らしい作品だと思いました✨️
作者からの返信
拙文をお読み下さり、ありがとうございます。
我々は幼きに憶えた原風景を心に留めたまま、その違和感を上手く具現化できぬままに大人へ成長するようにも感じますね。
その微妙な感覚を伝えられたようでしたら、誠に光栄です。
編集済
第1話への応援コメント
お久しぶりです。
平山文人氏から痛烈な指摘がありましたね。僕はなぜか我がことのように「ぐさっ」と来てしまい、悄然としております。
写像、という言葉を、金魚から放たれる光りが水面に於いて屈折して、上から覗いている者の目に飛び込んで、網膜にて結ばれる像、という風に解釈すれば苦しくはなかろうと思いましたが……。たぶん上から覗いた金魚の様子が描かれているのだろうと思い、僕も「旋回する金魚」と書いてしまいましたが……。
それはともかくとして。
やはり「新しい家族」の時にも申し上げました《平叙文》の不足がおおまかに指摘されているんだろうと思いました。近況ノートに掲載の批評などを拝見すれば、文法的な瑕疵は特に見当たらないので、論理的な正確さを担保して書こうと思えば、余裕で書けるのだろうと推察いたします。たしかにかいまさんの言葉選びは、ときどき辞書に載っていない並びや意味合いを帯びて飛び出してきますけれど。外堀を埋めるように徐々に思うところまで獲物を追い詰めてゆく――漠然と、無造作に、碁石を置いて囲ってゆき、その中心にある”言葉では言い表しようのないもの”を指し示してゆくような書き方をかいまさんはなされますので。これをイマイチに思う方はいらっしゃるのかも知れません。
「新しい家族」については尚更、痛烈な指摘がなされることでしょう。しかしこうした率直な指摘をくださる方がいらっしゃるのは、得がたいことなのではないでしょうか。
同時に僕はかいまさんが、直接指呼する規矩にはまった言葉をあぢきなく思っていらっしゃるだろうこと、おはじきを無造作にばらまいて、おのおのがコロコロと転がって、盤上に奇妙な絵を描くにいたるように、言葉のポテンシャルを引き上げようとなさっているらしいこと(間違ってたらすんません)も分かりますんで。平叙文で締めるところは締めれば、文句は言われなくなるでしょう。
とにかく少なからずショックでした。ポヨヨン