第54話 お間抜け
商業ギルドで美味いエールの醸造所を教えて貰い、辻馬車でお出掛けだ。
エールの大樽を五樽金貨五枚を支払ってマジックバッグに収めたら、辻馬車をオルディウス商会に向かわせた。
俺がオルディウス商会と言ったので不思議そうな顔をしたが、貸し切り客の命じる先へ黙って馬車を走らせる。
高級住宅街の一角に馬車が止まったが、看板などは見当たらない。
商会とは聞いていたが、何の商売かは聞いていなかったな。
御者に此処がオルディウス商会のお屋敷ですと言われたので待たせて玄関に向かうと、警備の者が立ち塞がる。
黙ってホールデンス公爵様の身分証を示して主に会いたいと伝える。
ホールデンス公爵様の身分証を見て固まっているので「ランディスが会いに来ていると、アイザックに伝えてくれ」と再度伝えると漸く中の者に何事かを伝えている。
暫く待たされたが扉が開き、執事の身形の男に迎え入れられた。
グレイを待たせてフラッグを肩に乗せたまま邸内に入るが、商会を名乗り子爵待遇だと威張っているだけの豪華な造りだ。
招き入れられたのはサロンの様で、アイザックと御婦人が迎えてくれた。
「ランディス殿、よくお越し下さいました」
「あんたが迎えてくれたって事は、あのおっさんは隠居したのだな」
「はい、貴方の申しつけ通り引退し、現在は私がオルディウス商会会長を名乗っております」
糞親父が隠居したのなら用はないので別の事を訊ねる。
「それなら別に用はないのだが、一つ教えて欲しい事がある」
「何なりと」
「実は旨い酒が欲しいのだが、以前商業ギルドに紹介して貰った所は冒険者相手には売れないと、鼻で笑って放り出されたんだ。この街で旨い酒を買える所を紹介してくれないか」
俺の言葉が理解出来ないのかアイザックはポカンとしているし、隣に立つ御婦人も微妙な顔になっている。
「俺のような冒険者が旨い酒と言っても、まともに相手をしてくれないので困っているんだが、紹介も無理かな」
今度はクスクスと笑い出したアイザック。
「ランディス殿は御存知ない様ですが、オルディウス商会は王侯貴族や豪豪商の方々相手の商いを致しておりまして、扱う物はお求めの酒なのですよ」
今度は俺がポカンとしてしまったが、アイザックは俺の顔を見て真顔で頷いている。
なんて間抜けな質問をしてしまったのか、赤っ恥もいいところだ。
気を取り直して「王侯貴族の求める酒とは言わないが、少しはマシな酒が欲しいのだが扱っているのかな」
「勿論扱っていますが、当方がお売りする物は最低でも金貨10枚からになります。それ以下ですと各商店に卸す物になります。地下に酒蔵がありますのでご覧になられますか」
願ってもない申し出に、即座にお願いした。
アイザックに案内されて酒蔵に降りたが、壮観の一言。
建物の下は全て酒蔵になっていて、無数に並ぶ棚には様々な瓶が並んでいる。
俺は高級酒が欲しい訳ではない、自分の舌にあった酒が欲しいので各商店に卸す酒から順に選ばせてもらう。
と言っても此の身体でどの程度飲めば酔うのかも判らないので、金貨五枚から15枚迄の物を各二本ずつ買わせてもらい金貨220枚を支払う。
「その程度で宜しいので?」
「取り敢えず少しずつ味見をして好みの酒を見つけるよ。それと各商店に卸しているのなら、俺が行っても買える様に紹介状をもらえないかな」
「それなら私が友人に渡す身分証をお渡ししておきましょうか。伯爵以上の領主の領都には私共の支店が御座いますので、身分証を示せば如何様な物でもお求めになれますし子爵家の半数の領地にも支店が御座います。もし私に用があれば連絡もつきますし、各街の商店でも無碍に扱われることはないでしょう」
パトロンではなく、何処の酒屋でも面倒な手続きなしで酒が買えるって事なので、ありがたくもらっておく。
エールも酒も手に入ったので、礼を言ってオルディウス商会をお暇した。
* * * * * * *
アイザックはランディスを見送ると傍らに控える妻に問いかけると、返答は思った通りだった。
「あの虎の仔は火魔法・土魔法・雷撃魔法・転移魔法・結界魔法・治癒魔法・空間収納魔法と七つも魔法を持っていたわ。そして肩に乗っていた小さな仔も、結界魔法と土魔法を持っているわ」
「気付かれなかっただろうね」
「野獣のみを鑑定したので大丈夫よ」
「私が出会った時は結界魔法と治癒魔法に火魔法を使っていて、雷撃魔法も使った様だったよ。七つも魔法を持っている野獣を従えているのなら、王国が伯爵待遇の身分証を与える筈だな。しかも聞いた限りでは親子二頭の筈なのに、三頭目を連れているとはなぁ」
「宰相様にご報告しておいた方が宜しいのでは」
「ああ、そうするよ」
* * * * * * *
食料もたっぷり貯まったし、エールも酒もあるので大満足だが手羽先の煮凝りを誰に作ってもらえば良いのやら。
アッシュにシャムの羽根むしりをやらされたお礼に手羽先をもらったが、自分の腕より大きい手羽先など焼いて食べる気にもなれないので、グレイに預かって貰っている。
シャムのお肉も中々に美味しいし、蛇のお肉も未だ有るので当分お肉には困らないだろう。
フィランダからテムスは馬車で一日の距離だが、フラッグの魔法の練習をしながら歩いたので四日もかかってしまった。
何時もの様にアッシュは門の近くでお留守番、今回は北門なのでアッシュを初めて見る警備兵の腰が引けていた。
冒険者ギルドの横では放火魔わんこが退屈そうに座っていて、自称火炎のディニス達は仕事をしているのかと思ってしまった。
ロイドの使役獣ブラックウルフの姿が見えないので、此方は真面目に稼ぎに出ている様だ。
中に入り解体場へ行かせてもらうと、俺の姿を見た解体主任が駆け寄って来る。
「今日は何を持ってきた?」
「残念ながら何も無いよ。黒い牙のロイド達は来ている?」
「二日前に見たので今日明日には来ると思うが、ってそれよりもお前の使役獣は転移魔法が使えるのか? お前が消えた後は大変だったんだぞ」
「大変って」
俺が困るのをニヤニヤと笑いながら期待していたのに、残念だったな。
「お前が何処に居るのとか肉を寄越せと騒がれて、ギルマスまで降りてきたが収まらずに、最後には切れたギルマスが怒鳴り散らして追い出したんだ」
「へぇー、あの時に嬉しそうに笑っていたじゃない。ざまぁみろだよ」
「良いのか、お前がこの街に戻っていると知られたら、また大騒ぎになるぞ」
「これなーんだ」
ホールデンス公爵様の身分証を、解体主任の目の前で振って見せる。
「俺はホールデンス公爵様の身分証を預かっている、それにホールデンス公爵様は国王陛下の縁戚だろう。迂闊な事をすれば、誰を敵に回すのか思い知ることになるんだ」
「それなら何故あの時に逃げたんだ」
「そりゃー逃げるさ。俺はただの冒険者で、興奮している奴等を一人では抑えきれない。俺に危険が及べば、俺を守る為にグレイが出て来て奴等は大怪我をする事になる。その責任は誰が取ると思っているの? どう見てもギルドで騒ぐ奴等を抑えきれなかったギルドの責任だぞ。俺はお肉を受け取りに来ただけで、俺を守ったグレイを咎める事は出来ない」
俺の言った事を理解したのか歯軋りをしながら手で追い払われたので、食堂へ行きエールで喉を潤す。
冷たい視線を感じて振り向けば、放火魔わんこの飼い主が睨んでいる。
隣にはよく似た顔の男が赤い顔でエールをあおっていて、他の者はつまらなそうにチビチビとエールを舐めている。
飲んでないで稼ぎに行けよと思うが、俺が口出すことではないので横を向くと嫌な感じの集団がギルドに入って来て、真っ直ぐに俺の所へやって来る。
「ランディスだな、シャムの肉を買い取ってやろうってお大尽がお呼びなので付き合え」
「シャムの肉ですか」
「そうだ」
「残念ですが、もうお肉は有りませんよ」
「嘘を言うな、探したが何処にも出回ってないぞ」
「当たり前ですよ。あれは俺達が食べる為に獲ってきたのだから食べちゃいました」
「お前、俺達を舐めているのか。あんな大きな肉を食い切ったなんて・・・」
「あのね、俺の連れている野獣を知ってます」
「ああ、知っているさ。表にいる猫の親玉みたいな奴だろうが」
「あんな仔猫がどうしたんだ」
「仔猫には間違いないですが、彼奴には親がいるんですよ」
俺達のやりとりを忌々しげに見ていたディニスの顔が、吹き出すのをこらえて歪んでいる。
「親だと、それがどうした」
「五日ほどかかりましたが、親と表の奴と俺で全部食っちゃいました。皆さんが目の色を変えて欲しがるのも納得の味でしたよ」
「親なんて見たこともないぞ。嘘を言って俺達を騙せるの思っているのか」
「ん、大きすぎて街中に入れると騒ぎになるので、北門の外で待たせています。彼奴って貴方くらいの大きさの肉
なら一回で食べちゃいますからね。嘘だと思うのなら、北門の外に土魔法のドームがあるので見てくればどうです」
ディニスが下を向いて肩を震わせているのが見える。
〈おっ居たぞ!〉
〈出遅れたか〉
んっと思えば、新手の登場の様だと思ったら、もう一組現れたよ。
俺って人気者だねぇ。
「ランディスさん、ヘリエット商店の使いですが」
「どけ! 幾らならシャムの肉を分けてもらえるんだ?」
「俺達が先に話をしているんだ。お前達は下がっていろ!」
「喧しい! またお前達か。ギルド内で騒ぎ立てるとは良い度胸だな」
「ギルマス、ちょっと良いですか」
「お前は・・・ランディスか?」
「そうです。シャムの肉が欲しいって押し掛けてきて困っています」
「お前はまるまる一羽分の肉を持って帰ったと聞いたぞ。一塊くらい売ってやれ」
「そうすれば残りも毟り取られちゃいますよ」
「やっぱり持っていやがるじゃねえか!」
「こんな風にね。で、此を収める提案があるので相談に乗って下さいよ」
ぎろりと睨まれたが、少し考えてから「良いだろう」と言ってくれたので、ギルマスと二人だけの密談だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます