幻獣を従える者
暇野無学
第1話 追放
16才巣立ちの日の朝、乱暴にドアが開けられると執事のロベルトについてこいと命じられた。
糞みたいなお坊ちゃまの立場も、今日で終わりか。
本館二階の執務室に連れて来られたが、授けの日以来一年ぶりだ。
ノックをして「ロベルトです。ユリアン様をお連れしました」と告げている。
様ねぇ~、何時もは呼び捨てで命令してくるが、主の前では俺も一応直系一族の一人なので呼び捨てが出来ないのか。
扉が引き開けられると、ロベルトに促されて父親の前に立たされる。
「跪け!」とロベルトの叱責が飛んでくる。
父親であるノルド・オリブィエ伯爵の前で、片膝ついて跪き頭をたれる。
「ユリアン、お前をオリブィエ伯爵家の一族より排除する。以後オリブィエを名乗る事を禁じ、我等が領地ロクサンヌ領より追放する。此を破れば死を持って報いる事になる。心せよ」
嫡男エラートの声が聞こえてくると同時に、目の前に剣と革袋に古びたバッグが投げられた。
「連れて行け!」
やれやれ、追放なら御の字だ。
目の前の荷物を手に立ち上がると、糞婆の護衛に両腕を掴まれた。
そのまま執務室を連れ出されるはずが、何時もの蔑むような笑みを浮かべた糞婆とガキ共が俺を見て声を掛けて来た。
「お待ち!」
「何か御用でしょうか、コリンヌ・マルセンス様」
嫌みったらしく返答をすると、憤怒の形相で睨まれたがそれも今日で終わりだ。
「食い詰めてもオリブィエの名を汚す事は許さぬ。肝に銘じておけ!」
「承知致しております、コリンヌ・マルセンス様」
「ふん、その減らず口も今日迄じゃ。野垂れ死ぬが良い」
護衛に顎で連れて行けと命じているのを、父も兄も無表情で見ているが俺に目を向ける事はない。
使用人用の出入り口から連れ出されて、兵達の移動用馬車に放り込まれた。
やれやれと椅子に座ると、婆の護衛騎士隊長のブルザスと片腕のベルーノが乗り込んで来る。
馬車が動き出すと「領地を出るまで荷物は預かっておく」と言われて全て取り上げられた。
「相変わらずの忠勤ぶりですねぇ。どんなに尽くしても、伯爵家の騎士にはなれないのに」
横っ面を張られたが、痛くも痒くも無いが一応頬を押さえてみせる。
「その減らず口も今日までだ。オリブィエ伯爵家の後ろ盾もなくなったし、後は野垂れ死ぬだけだ」
「後ろ盾ねぇ。一度もその恩恵を受けた記憶が無いし、オリブィエの名が付いているばかりに、嫌がらせの数々は受けましたが」
「ふん。殺さずに領境まで連れて行けと命じられているからな」
領境まで殺さずにねぇ。
無言で馬車に揺られて夕暮れ時に見知らぬ街に着き、古びたホテルの前に馬車が止まった。
その日はホテル泊まりになったが見張り付きで、ホテルの名も街の名も判らない。
と言うより、読み書き計算を教えられたがそれ以外の事を全く教えてもらえなかった。
生活魔法が発現した頃は武術全般を教えられていて、日々扱かれていた。
俺の生活魔法が発現して魔力操作に興味を持った頃からは、使用人達の手伝いをさせられるようになり武術の練習道具すら取り上げられた。
* * * * * * *
領外に向かっているのだろうが、この道が王都へ続くアルベール街道なのは間違いないだろう。
屋敷から一歩も出る事を許されず生きてきたのに、いきなり放り出すとはお優しい事で。
使用人の端くれか街の警備兵辺りにしてから、難癖を付けて放り出されると思っていたのだが予定が狂った。
このまま追放すれば野垂れ死には確実だと思ったのだろうが、そうはいくかよ。
何せ俺には、別な記憶と知識が有るからな。
* * * * * * *
俺の名はユリアン、ノルド・オリブィエ伯爵とユリアナ・オリブィエとの間に生まれたらしい。
だが、同時に日本人隠岐俊也の記憶を保って此の世界に生まれた。
死因はお決まりの病死で享年27才、全世界に蔓延した致死率の高い風邪AHOウイルスに罹患して三日であの世行きとなった。
高熱と悪寒に震えながら、病床の傍らで泣く母を見ながら意識が遠のいていったのが最後の記憶で、次ぎに目覚めた時には目は見えず何も聞こえず身体も動かないので、死んだと判った。
あの世にいるのかとぼんやり考えていたが、此が黄泉の国か輪廻の輪の中か知らないが次の人生が有ると判った。
暫くして身体を彼方此方触られる感覚や浮遊感などから、何かがおかしいと思う様になった。
口に押し込まれる物を咥えて夢中で吸っているのは自分だが、俺は・・・腹が減っていて此が食事だと理解するのに時間は掛からなかった。
同時に俺は赤ん坊として何処かに生まれているのだと理解したが、目も見えず何も聞こえないので、苦難の人生を予感して絶望した。
暫くして目が見える様になり、巨大な女に抱き上げられているのを見て恐怖したが、扱いが優しかったので一安心。
寝ては夢、起きてはジタバタの日々が続き、やがて耳が聞こえる様になって来た。
天井は高く寝ているベッドは豪華な彫り物が施された物だが、ちょっと・・・違和感が半端ない。
俺の世話をしてくれる女性はどう見ても母親ではない感じで、クリーンと囁いて寝起きの俺の汚れを綺麗にしてくれた。
クリーン・・・中世ヨーロッパ擬きの室内に魔法!
まさか、ラノベやアニメで良く知る生活魔法じゃないか!
おいおい、俺って病死したはずで、何で魔法の有る世界に転生しているんだ?
異世界転生って、トラックと衝突してから神様とご対面じゃないのかよ!
* * * * * * *
前世の記憶の事は口にせず、無知な幼児を装うのも無理があり結果として無口でぼんやりした性格に見せかけて日々を送っていた。
それも三歳の誕生日に、父親だと教えられた男と対面してその生活も終わった。
乳母に連れられて父親と対面した時に、乳母に対して「どんな子だ」と尋ねたのに対して「無口でちょっと変わっていますが、聡明で一度教えた事や注意した事は確実に覚えています」と答えたのだ。
その返答に満足気に頷くと「その子は領地に連れて行く」とあっさり言ってくれた。
その頃には俺は伯爵家の五男として生まれて、兄が四人に姉二人の末っ子だと判っていた。
ラノベやアニメの知識から、伯爵家の五男坊なら自分の立ち位置は決まっているだろう。
将来は伯爵家の一員として、長兄の秘書か騎士団に組み込まれるのだろうと思っていた。
そして乳母や使用人達の愚痴や噂話から、領地には第二夫人と第三夫人が居て、母親とは仲が悪い事やそれぞれに子供も複数居ると判っていた。
三歳にもなれば屋敷内をうろちょろしての情報収集も楽になり、色々と知る事が出来た。
伯爵家の五男で他の側室にも複数の子供がいれば、嫡流の五男でも穀潰し扱いだと判っていた。
* * * * * * *
三歳の俺には退屈極まりない旅のはてに辿り着いた街の屋敷は、此からの生活を思えばウンザリする物だった。
王都の屋敷に居ればそれなりの生活が出来たはずだが、領地の屋敷に来てからは第三夫人のコリンヌとその子達に嫌がらせを受ける毎日となり、その理由も使用人の噂話から俺が正妻に似ているからだと判った。
コリンヌ・マルセンスはマルセンス侯爵家の三女で、伯爵家の側室というのが気に入らないらしい。
それに此の世界の貴族は正妻の子、所謂嫡流以外は貴族の継承権が無く、成人すればどんなに優秀でも嫡流の子の配下に組み込まれる仕組みらしい。
下位貴族の側室になり、正妻は自分より容姿端麗ではプライドがズタズタなのだろう。
そこへ正妻によく似た顔立ちの俺が王都から連れてこられた。
格好の標的を見つけた婆さんは、侯爵家から連れて来ている専属の使用人達を使って散々にいびってくれた。
それは腹違いの三人も同じで、自分より小さく力の無い俺は虐めるには格好の相手だ。
なにせ大きくなれば俺の配下になるかもしれないので、今のうちから逆らえないようにとの目論見もあったのだろう。
五歳になる頃には家族での食卓から外されたし、乳母のロザリエは屋敷から追い出されて味方はいなくなった。
一年360日何かしらの嫌味と見えない所を攻撃されて青あざを作る日々が続いた。
父も兄もそれに対して何も注意せず、何かしら含みの有る態度で不思議だったが、情報は使用人の陰口から集めるしかなく無力さを痛感した。
七歳になる頃には父であるノルド・オリブィエ伯爵は、マルセンス侯爵が三女のコリンヌと謀り、ノルドの弱みを握ってコリンヌをオリブィエ伯爵の側室として送り込んだと判った。
そしてその時にコリンヌの使用人として多数のメイドや護衛達も引き連れて来たそうだ。
それが実家の後ろ盾と、伯爵の弱みを握って好き勝手をしている事らしいと判った。
その頃には武術訓練と基礎知識としてお勉強が始まり、詳しい調査が出来なくなってしまった。
なにせ一年360日、一の月から十二の月まで一日も休まずお勉強と武術訓練漬けとなり、毎日くたくたで夕食が終わるとバタンキューであった。
しかもお勉強は読み書き計算が出来る様になると早々に打ち切りとなり、武術の訓練と使用人達の手伝いに回された。
どうやら、俺を嫡流として伯爵家の一員としては役立たずの位置に落とす為に、徹底的に排除する方向らしい。
俺としてもそれは大歓迎で、巣立ちの日がくれば此の家から抜けるつもりでいた。
伯爵家の一員として優雅な生活が望めないのなら、ラノベの教えに従って冒険者になり世界を旅するのも悪くないと思っていたからだ。
* * * * * * *
八歳の夏に生活魔法が発現したのを誰かが報告したのか、執事のロベルトに呼び出されて屋敷内の祈りの間に連れて行かれた。
祈りの間では父や兄と共に、コリンヌ婆さんと三人の屑共が待っていた。
父に挨拶をすると、神父様に促されて創造神アルティナ様に感謝の祈りを捧げて魔力測定が行われた。
魔法陣の描かれた黒い板に掌を乗せると、赤い線が現れて時計回りに伸びていき三時の辺りで止まった。
「ユリアン様の魔力は・・・28ですな。授けの日が楽しみです」
おべんちゃらの様な神父の声を聞いた、コリンヌ婆さんとそのガキ達が渋い顔をしている。
父と兄達はそれぞれ軽く頷くと、何も言わずにさっさと祈りの間から出て行ってしまった。
婆さん達も神父様の手前何も言えずに、苦々しげに俺を睨んでさっさと祈りの間から出て行った。
俺の魔力が28と判り魔法を授かる公算が高くなると、武術の訓練は徐々に減らされて使用人達の手伝いだけをやらされる様になった。
無理もない。婆さんの次男レオナルトが水魔法を授かっているが魔力は30台で魔法が使えない。
後の二人は生活魔法すら使えないからな。
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