第33話 覚悟を決めて


普段とは全く違う様子の鳳さんが吠えた。

えっ何?あれほんとに鳳さん?いやいや、絶対別人だ。だって僕の好きな鳳さんはあんな事言わない。


戸惑う僕をよそに、鳳さんの両腕からゴォッと炎が噴き上がった。その恐ろしいほどの高熱に周囲の景色は歪み、大気がジリジリと焼き焦げる。

あ、熱い、こんな離れてるのに肌が火傷しそうだ。あれが鳳さんの力…一体何だろう、炎が翼みたいな形をしてるけど。


「私の…私の邪魔をする奴は…」


その鳳さんの異様な様子を前にハンターたちは足を止めている。そりゃあんな熱波渦巻く人間に突っ込んでいく奴なんて普通いないだろう。

そして鳳さんはグッと姿勢を低くし、パッと両腕を広げた。その格好はまるで燃え盛る鳥が羽ばたくかのようだ。


「…許さない!!!」


ゴオオォォッッ!!

鬼のような形相をした鳳さんがハンターたち目掛けて翔んだ。比喩表現抜きで文字通りの飛行、超低空飛行だ。

10数メートルの距離を一瞬で翔び越え、轟音と熱波、そして衝撃波が遅れて駆け抜ける。

ズガザザザアッ!!そして音を立て地面を抉りながら鳳さんが停止。

一拍の間を置き、豪炎の翼が通り抜けたハンターたちの体がずるりと崩れた。まるで巨大なバーナーで焼き切られたかのように、そこにいた全員の体が等しく上下に分かれていた。


僕はその一瞬の出来事を瞬きもせずに見ていた。ボトリボトリとハンターの上半身が地面に落ちる。肉が焼ける匂いと血の匂い。それを感じ、僕はよやく我に帰った。

す、凄い…凄すぎる。こんなの人間の範疇を超えている。こんなものを見せられたら、鳳さんを守るとか言ってた自分が恥ずかしくなる。というか鳳さん、怖すぎる。


「これで終わりですね。よかった、瑠璃丘君のところに戻れます」


そして振り返った鳳さんは、何事もなかったかのように元の調子に戻っていた。どうやらスッキリしているみたいだ。

鼻歌を歌いながらハンターの死体から銀色の星を3つ拾うと、その瞬間鳳さんの体は光に包まれて消えていった。お、鳳さんって思っていた感じと違うんだ…。僕はちょっと彼女について思い直す事にした。


「ワーオ、ラッキーでェス」


そして間髪入れずに、デスカトレイアさんが残りの死体から星を拾って消えていった。ちょ、それアリ?あの人やけに行動早くない?なんだか釈然としない気持ちでいっぱいになる。


だけど近くにいた集団は鳳さんのおかげで殲滅できた。かなり数は減った。

とはいえハンターはまだ10数人はいる。対してこっちは残り三人。総力戦になったらかなり厳しい。

僕はまだ一つも星を取っていないし、どうにかしてここを切り抜けないといけない。


「はあ…これはうちも覚悟決めんといかんね」


そして残った竹寺さんが笑顔を消し、その細い目を開いた。いつもニコニコおっとりしている竹寺さんがこんな顔をするなんて、初めて見た。何とも言えない迫力を感じる。


一体何をするつもりだろう…。そう思っていると竹寺さんは突然腕や髪の毛を振り回し、何か変な動きを始めた。くるくる回転し、フワフワのゆるくカールした竹寺さんの茶髪が踊る。え、何それ。いきなり何やってんの?


「あの、竹寺さん…」


「今いいとこやから、ちょっと待っといて」


真顔で怒られた。何なんだ…と思っていると、残ったハンターが次々と姿を現した。狙撃していたハンターも矢が尽きたのか、剣を持って飛び出してきた。僕の方に来た矢は全部クロが叩き落としたからね、近距離戦に持ち込もうとしているみたいだ。


「残りはガキ三人と動物しかいねえ、早いもん勝ちだ!」


「うおおおー!!」


そんな風に叫びながらハンターたちが押し寄せてくる。竹寺さんはまだ踊っている。

最初の一人をグリが殴り飛ばす。その横を別のハンターが抜けるが、その首に薄井さんの包丁が走る。う、薄井さんが躊躇なく人の首を掻っ切った…!薄井さん、君はもう覚悟を決めていたのか。


薄井さんはそのハンターのカードを取らず、僕に目配せをすると次のハンターに向かっていった。も、もしかして薄井さん、僕に星を譲ってくれるって事…?でもいいのだろうか、自分では何もしていないのに。

でも迷いながらも僕は絶命したハンターの胸からカードをむしりとった。とにかくこの場を生き抜かなきゃどうにもならないんだ。

カードは僕の手の中で一つの銀星に変化した。


するすると透過しながら薄井さんがハンターの首を裂いていく。それと同時に、今度はハンターの胸からカードをむしり取った。なんて流れるような無駄のない動きなんだろう。

でも薄井さんは最後の星を取ろうとしない。僕の方をチラチラ見ているし、もしかしたら僕のことを心配してクリアするのを待ってくれているのかもしれない。だとしたら薄井さん、優しすぎるよ。あんな人を寄せ付けないオーラを出してるのに、実は意外と人情に厚いのかも。


「よしゃ、準備できたで。ここは風が吹かんからしんどかったわあ」


そこで、今まで踊り狂っていた竹寺さんがその動きを止めた。準備?あの踊りの後に一体何をする気だろう。

そんな疑問に頭を捻る僕をよそに、竹寺さんはパチン、と指を鳴らした。


ボコッ…

モコッ、モコモコモコモコモコッ…


その音が合図になったかのように、突然辺り一帯の地面や木、そしてハンター達の体から大量の茶色い物体が生えてきた。


「う、うわああああぁ!!」


「な、なんだこれは!!ぎゃああぁあ!!」


「やめっ、やめ…おごごごごごご…!」


それはキノコ。そこら中から小さなキノコがモコモコと生えだし、そして一つ一つがどんどん大きくなっていく。

ハンターの体から生えたキノコも同様にどんどん成長していく。キノコは体中の皮膚を突き破り、鼻や口の中からもどんどん出てくる。眼球からもおっきいキノコが生えてきてるし、正直言ってこれはかなりグロい。


「うわあ…竹寺さん、ちょっとエグすぎない?」


「仕方ないやんか。そない甘いこと言うてたら児玉君、殺されてまうで」


「いや、それはそうなんだけどやり方が…」


「それに毒の子にせんかっただけマシやで。肉がグズグズになってまうからな。今回は速度重視やったからノーマルの子にしたんよ」


「へ、へええ…そうなんだ」


おいおい毒キノコもこんな風に生やせるの?それヤバすぎるよ。

覚悟を決めた女の子は本当に恐ろしい…ていうか竹寺さんも強すぎない?

多分竹寺さんの魔獣はキノコ系のやつで、あの変な踊りで目に見えない胞子を飛ばしていたんだろう。本当に恐ろしい力だ、胞子一つ吸い込んだら終わりじゃないか。体の中から破壊されちゃうんだから。


「よし、そろそろ大丈夫やろ」


そして阿鼻叫喚の現場は静かになった。どうやら大多数のハンターはキノコの養分になってしまったようだ。残った数人は怯えた顔で遠巻きに見ている。

竹寺さんはキノコの苗床になったハンターの体からカードを次々と剥がしていった。


「残りは持ってってええよ。ほな、頑張ってな」


そして星を3つ手に入れた竹寺さんは消えていった。これでここにいる学生は僕と薄井さんの二人だけだ。


『ほらツヨシ、ぼけっとすんな』


そこへクロがカードを一つ持って走ってきた。いつの間にかキノコの苗床になってるハンターの体から剥がしてくれてきたみたいだ。


「あ、ありがとうクロ」


クロは僕にカードを渡すと、また倒れているハンターのところへ走って行った。

残りのハンターも僕に向かって近づいてきた。。もう僕たちしかいないんだ、きっと一気に襲ってくるんだろう。

残ったハンターは4人。多分、戦ってもグリと薄井さんがいれば勝てるし、その前にクロが最後のカードを持ってきてくれるだろう。おそらく高確率でクリアは出来る。


でも本当にそれでいいのか?

例外はあるけど、他のクラスメイトはみんな覚悟を決めて戦っていた。でも僕は今の今まで何もしていない。このまま何もせずに先へ進んでもいいのか?

僕は瞑目しながら棍棒を構えた。


ハンターたちが皆一斉に走り出す。

先頭の一人をグリが殴り飛ばし、顔面が陥没したハンターが吹き飛んでいく。その体が一人のハンターにぶつかり、二人まとめて転がっていった。

一人のハンターの背後から薄井さんの包丁が走り、首から血飛沫を吹き出して倒れる。


そして残った一人が僕に剣を振り下ろす。だがその攻撃は僕には届かない。

棘だらけのメイスのような一撃が横から放たれ、ハンターの剣は大きく弾かれたからだ。

やったのはクロだ。すでにカードから変化した星を手に抱えながら、鋼鉄の尻尾で攻撃を防いでくれたんだ。


「グリ、待って。僕がやるから」


そのハンターの後ろから拳を振り上げているグリを言葉で制した。

僕はギュッと握った棍棒に力を込める。

そして大きく振りかぶり、無防備なハンターの顔面めがけて棍棒をフルスイングした。


ゴキャッ


嫌な音と感触がして、ハンターの首は180度回った。折った。折れた。首の骨を折られて生きてる人間はいない。僕はやったのだ。


「はあっはあっ…」


僕は初めて人を殺した。

この場所で生き抜くためには必要なこと、そう頭で分かっていても胸の動悸は収まらなかった。

何でみんなはこんな事簡単に出来るんだ。僕はすぐに割り切る事なんか出来そうもないのに。


『ツヨシ、無理するな』


『そうだぜ。そういう事は俺らに任せていいんだぜ』


それでもやった。覚悟を決めれた。僕は前に進めたんだ。

そんな僕にグリとクロが優しい言葉をかけてくれる。本当にこの二匹は優しい。感謝してもしきれない。


そしてクロは僕に星を渡してくれた。あえて僕が殴り倒したハンターからは奪わなかった。そして薄井さんも最後の星を手にして僕を見ている。

これで二人とも追試はクリアだ。みんな揃って次に進もう。


「薄井さん、クロ、グリ、本当にありがとう。この先も頑張ろう」


そして僕たちは無事にクリアの判定を受け、休息所へと転移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る