人が見える国

渡貫とゐち

人が見える国


 ここはれっきとした国だ。

 しかし入ってすぐの大通りには誰もおらず、たくさんの出店があるのに人が誰もいなかった。

 店主も、客も。

 国民が、いない。

 訪れた旅人は、不思議に思うよりも先に不気味さに恐怖する。

 人がいないのに生活感だけがそこにある。まるで集団で攫われたようにも見えた。


「なんだ……? ここは、国で、いいんだよな……?」


 肩にかけた最小の荷物をひとつ持った旅人の男が、人を求めて町を歩く。

 風、川、自然音だけが聞こえてくる無人の国。

 だが国は廃墟にはなっていない。

 このちぐはぐさが、人がいないのに生活感があるという認識のずれを強調してくる。


「これ、どうすんだよ……今日の宿を取ろうにも店主がいねえし、一体どこに泊まればいいんだ……? 最悪、勝手に使わせてもらうしかないが……気づかない内に店主が帰ってくると厄介なことになるだろうしなあ……」


 言い訳になってしまうかもしれないが、黙ってるよりはマシだ。

 さすがに、一から説明すれば分かってくれるだろう。

 分かってくれなければもう説明のしようがない。


 無人の国――どういうカラクリがあるのか分からないが、そういう国であることは国民も分かっているはずだが……?

 今日訪れた彼だけが戸惑っているわけではないのだ。

 世界の旅人が初めてこの国を訪れ、初見で対応できるとは思えない。つまり、国民からすれば旅人の戸惑いは慣れたものなのだ。

 だったらアドバイスのひとつでもくれればいいのに……。


「ん? あれは…………人だ!」


 出店の店主(? たぶん)に向かって叫んでいる女性がいた。

 旅人はやっと見つけた町の人に、全速力で駆け寄る。


「――すみませんっ! 私は旅をしている者なのですが、どうしてどこに誰も……」


 しかし、声をかけた女性は、まばたきをしている一瞬で、ふっと消えてしまった。

 旅人が見た幻覚だったように、最初からそこに女性などいなかったのではないか?


「……あれ? いない……?」


 旅人は、諦めずに町の中を駆け抜ける。

 見間違いかもしれないが、見逃しただけならまだ近くにいるかもしれない。


 周囲に意識を向けながら、町の中を駆けていき、国の奥へいけばいくほど、ちらちらと人が見えてくるようになった。

 そして、見えている国民には共通点があった……それは、誰かに強く叫んでいることだ。


 一定の音量以上で喋っていると姿が見えるようになるとか? 叫ぶ側が見えていても叫ばれている側は見えていないのだから、音、というのはやはり重要なキーワードだろう。


 旅人がそっと近づく。今度は話しかけずに、相手を観察することに決めた。

 声をかけたら逃げられてしまう、と分かっているなら、ここは様子を見るべきだ。

 事情が分かれば対処法も導き出せる。



「これッ、高過ぎるでしょ! なんで家で簡単に作れる串焼き一本がこの値段なわけ!?」


「この場所で店を出さないでくれるかしら、強い匂いが家に移ったらどうするのよ」


「――おい、騒がしいぞ、眠れねえだろうがッ!」


「邪魔だっ、ここ通れねえだろッ!」



 旅人の目に映っている……姿が見えている国民は、決まって叫んでいた……怒っていたのだ。

 いいや、文句を言っている……?

 不満を持った国民が、町の中に点在している。


「不満……、いいや、もしかして――――王族に反対意見を持つ者の存在感が高まる、魔女狩りのような魔法がかかっているのか……?」


 国民だけにかけられた魔法。

 不満を持たずとも、存在感がはっきりしているのは旅人だけだった。

 国民同士では、もちろん姿は見えているのだろう……国の外の人間の目からすれば、国に染まっていれば見えなくなり、反逆の意思があれば見えるようになっている。

 王族を含め、潜在的な反逆者を外部の人間から見えるようにしているとか……?


「なんなんだ、この国……」


 祭りから遠ざかるように、さらに国の奥へ進むと、そこは上級国民だけが住む土地だった。

 町を歩く者たちは立派な服を着ており、所作も綺麗で礼儀も正しい。

 上品さを備えた国民だけが生活している……、しているのが、見えている。


 見えてしまっていた。


 分かりやすく怒りのままに叫んでいなくとも、胸の内には熱い反逆心があるということだろう。


「なるほどな…………反逆者だけが見える国、か」


 ――言い換えれば、クレーマーだけが見える国、だったのだ。



 ・・・おわり

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