ヒロイン失格6 ~ヒーロー心の分からぬヒロイン~



カツカツ、カツカツ。


先生の板書の音がカツカツ響く。

黒板を見ると、まだ男子アンカーは決まっておらず、皆、ざわざわとしていた。


「はい、先生」

すると後方に座っている男子が手を挙げた。

「お、飯山君、誰か推薦するの?」

彼はすっと立ち上がると、冷たい表情でこう告げる。


「いえ、違います。えっと、さっきから、天川君が机の下でずっと漫画読んでいます」


しーん。


一瞬にして教室が静まりかえる。

天川京一。

天川とは、京くんの苗字のこと。


「チッ……」


京君は迷惑そうな顔で彼を睨みつけた。

私の背中にきゅっと力が入る。


「はい。天川君、漫画読んでるって本当?」

張りのある先生の声が教室に響く。

「べつに」

「はぁ、あのね天川君。今みんなでリレーのメンバーを決めているの。君達のことよ、どうしてそんな態度をとるの?」

けっして威圧的でない。

でも沈黙のまま終わらせない強さが滲む。


「べつに、僕は興味ありません。リレーも運動会も、クラスの皆にも」

「天川君!」

心臓がドキンってするほどの大きな声。


「どうしてあなたはいつもそうなの? みんなで決めてるのよ、みんなのことよ、そんなにクラスのことに興味がないなら一人で廊下に立ってなさい!」


厳しく告げられると、京くんはガタンと椅子を引いて教室を出ていった。

ガラガラ、パタン。

扉を閉める音が静かな教室に響く。

皆の話し声はピタリと止んだ。

「……」


どうしよう……。

私は、京くんのために何か言いたいと思った。

ふと言葉が浮かぶ。


「……先生、あの、天川君はその、お母さんいないから、たぶん運動会……嫌いだから」


最後は消え入りそうな声になる。

先生は私の言葉にハッとした。

「そうだったわね。だからあんなに不機嫌な態度をしていたのね」

それからハッキリとした言葉で告げる。


「でもね、ここは学校なの。いろんな境遇の人たちが集まって、みんなで学ぶところ。私は先生として、天川君に厳しく言わなければいけない。大丈夫よ、彼には後で先生からしっかり話しておくから。今は残りの選抜メンバーを決めましょう」

厳しい表情を崩して元の落ち着いた顔に戻る。


「はい、じゃぁ残りのメンバーを決めましょう。誰かいない?」

「……」


私は今嘘をついた。

確かに京くんのおうちにお母さんはいない。

でもそれが、あんな態度を取った本当の理由じゃない。

お母さんは、もうずっと昔、4年くらい前に亡くなっている。

京くんはそのことをとっくに心の中で消化している。

京くんがあんな態度をとったのはもっと別の理由。


そう。

小学生の脚の速さなんて、特別に走り方のレッスンを受けていない限り、背の高さや脚の長さで決まるんだ。

京君の背丈は男子の前から2番目。

京くんはとっても脚が遅かった。


嫌なんだ、きっと。

自分が選抜メンバーに選ばれないって現実を、みんなの前で突きつけられてしまうことが。

物凄く負けず嫌い。


リレーなんて一瞬で終わってしまうし、そんなコト気にしなければいいのに。



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