第52話 鬼ヶ島⑧

 キジたちは、口に綱をくわえて海中に潜りました。そして、桃太郎を見つけるとそれを桃太郎の胴体にしっかりと巻きつけ、自分たちの身体にも結びつけると、互いに目配せをして一斉に羽ばたきま、四羽のキジが力を合わせ、海中から桃太郎の身体を持ち上げました。水面が激しく波立ち、滴る海水が朝日にきらめきました。


 ようやく水面に顔を出した桃太郎は、肺いっぱいに空気を吸い込みました。しかしながら、全身の力は抜け落ち、まるで操り糸を失った人形のようでした。手足を動かそうとしても、まるで石のように重く、言葉を発するのもやっとでした。


 そんな桃太郎の様子を見て、キジの女王は鋭い眼差しで判断を下しました。

「一度、私たちの船に運ぶしかないわ。」

 だが、桃太郎は弱々しい声でかぶりを振りました。

「あの…半壊した船のところに行ってくれ…」


 キジたちは一瞬驚いたものの、桃太郎の意図を察し、そのまま羽ばたきを強めて目的の船へ向かいました。波間に浮かぶ半壊した大船の上には、動物の神の配下であった赤い鬼たちが、片膝をつき、荒い呼吸を繰り返していました。彼らは戦いの終焉を悟ったように、静かに海を見つめていました。

「神様……」

 誰ともなく呟かれたその声は、波の音にかき消されるように消えていきました。そして、力尽きた鬼たちは、まるで糸が切れたように崩れ落ちていきました。


 その瞬間、船が大きく傾き、船体の破損が限界に達したのか、軋む音とともにゆっくりと沈み始めました。赤い鬼たちの身体もまた、抵抗することなく、静かに海の底へと落ちていったのでした。


桃太郎はその光景を目の当たりにし、微かに息を吐き

「動物の神は……死んだのだな……」

と呟きました。彼の声には、安堵とともに、どこか寂しさが滲んでいました。どれほどの激闘であったとしても、動物の神もまた、三位一体だった神の一柱、そして、植物の神の友だったのでした。その死がもたらした喪失感は、計り知れないものがありました。


 だが、その思いも束の間、桃太郎の視界が揺らぎ、意識が遠のいていきました。

「桃太郎!」

 キジの女王が鋭く叫びました。彼女はすぐに仲間たちに指示を出し、桃太郎の身体を抱えるようにして飛び去りました。桃太郎を乗せたキジたちは、彼の疲れ切った身体を支えながら、仲間たちが待つ船へと向かっていきました。

 朝日が水平線を照らし、戦いの余韻が波間に揺れていました。


 それから、海に浮かんでいた動物たちは、動物の神の死とともに洗脳が解けました。

 彼らはもはや戦意を失い、ただ波間に漂うばかりでした。知恵のない彼らには、自分たちの力で船を操るすべはなかったのです。やがて船は海流に流され、それぞれの運命のままに、この世界のさまざまな場所へと流れ着いていきました。

 流れ着いた先で彼らは土地に根付き、新たな生態系を築きました。獰猛なままのものもいれば、おとなしく順応したものもいました。彼らは各地の自然と調和しながら、それぞれの生を歩み始めたのでした。

 そして、中には流れの果てに鬼ヶ島へと戻る者もいました。島にたどり着いた彼らは、元いた場所で再び暮らし始めるましたが、もう以前のように動物たち同士で殺し会うことはありませんでした。


 一方、桃太郎はキジたちに運ばれ、船へと戻ってきました。海中に潜っていた緑の鬼たちも、そして桃太郎の家臣たちも、無事に合流を果たしました。

 傷ついた桃太郎を見て、家臣たちはすぐに手当てを始めました。包帯を巻き、水や薬草を与え、できる限りの治療を施しました。桃太郎は瀕死の状態でしたが、皆の必死の看護により、なんとか一命を取り留めることができました。


 その頃、犬の帝王もまた、自力で船に戻っていました。戦いの最中、船の上から海に投げ出されてしまいましたが、己の誇りを失うわけにはいかぬと、ひたすら犬かきで泳ぎ続けました。そしてようやく船にたどり着くと、濡れた体をブルッと震わせて水を払い、堂々とした態度で宣言しました。

「朕は無事だ。」

 その言葉を聞くや否や、犬の家臣たちは歓声を上げ、涙を流しながら喜び合いました。


 こうして、鬼ヶ島を巡る戦いは幕を閉じました。これからの未来を暗示するかのように、朝の陽光が水平線の向こうに輝いていました。戦の余韻を残しつつも、穏やかな波が船の周囲を揺らしていました。








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