第47話 鬼ヶ島③
動物の神は、ゆっくりと猿の王の方を向くと、低く響く声で言い放ちました。
「岩影に隠れている残りの者も出てこい。」
その一言に、岩陰に身を潜めていた猿たちは全身を強張らせました。 しかし、もはや隠れていられる状況ではありません。 恐る恐るではありましたが、彼らは一歩ずつ岩陰から姿を現し、王の傍らへと進み出ました。 そして、王と同じように地に膝をつき、深々と頭を下げました。
動物の神は彼らを見下ろしながら、ゆっくりと尋ねました。
「なんでおまえたちは植物の神の存在を知っているんだ?」
猿の王は顔を上げ、真摯な口調で答えました。
「私たちを襲った者がそう名乗ったのです。植物を操り、私たちを蔦で絞め上げたり、ムチ打ったりして、我々を苦しめました。」
続けて、猿の王は言葉を続けました。
「そんなことができる生き物は、私たちの島にはおりません。 まるで神にしか成しえぬ業——そう考え、私たちはその者を植物の神と信じました。」
動物の神は、その言葉を聞いてしばし黙考しました。 彼の知る『植物の神』とは、少し性格が異なる気もしました。 しかし、そのような植物を操る力を持つのは植物の神ぐらいなものだろうし、下等な動物を脅かし支配しようとしたのだろうと納得しました。
そして、植物の神が生きていると納得したと同時に——彼の心には燃え上がる怒りが満ちてきました。動物の神は宿敵、植物の神を討ち滅ぼしたはずだったのですが、それが蘇り、のうのうと生きながらえている、 その事実が、彼の誇りを踏みにじるように思えました。
「許せぬ……」
動物の神は、左手に持っていた棍棒を力強く地面に叩きつけました。そうすると地響きが起こり、鬼ヶ島中の大地が揺れました。 その衝撃に、猿たちは思わず身を縮めました。 そして、動物の神はゆっくりと台座から立ち上がりました。
その姿は、まさに圧巻でした。動物の神が完全に立ち上がると、その身の丈は4メートルにも及んだのでした。 それまで座っていたときとは比べものにならないほどの威圧感があり、猿たちはさらに全身を震わせました。
そして、動物の神は大きく息を吸い込み、腹の底から島中に響き渡るような声で
「ぐおおおお!」
と叫びました。
その瞬間——
ドドドドドドド……!
地の底から湧き上がるような足音が鬼ヶ島中に響き渡りました。
それは、鬼ヶ島の各地に潜んでいた獰猛な獣たちが、一斉に動物の神のもとへと集結し始めた音でした。
動物の神には、動物を操る特別な力がありました。桃太郎、すなわち植物の神が植物を自在に操るように、動物の神は動物たちの心を支配し、思うがままに操ることができたのでした。
そして今、この鬼ヶ島に棲む無数の獣たちが、その力によって集められ、神の足元に跪いたのでした。
動物の神は、自らの周囲に集結した獰猛な動物たちをぐるりと見渡すと、ゆっくりと口を開きました。
「植物の神の首を取りに、海の向こうの島に攻め込むぞ!」
その瞬間、神の傍らに控えていた鬼たちは、咆哮のような雄叫びをあげました。
「ウオオオオオ!!」
その叫びは鬼ヶ島中に響き渡り、天に渦巻く黒雲をも揺るがすほどでした。
しかし、動物たちは、何も叫びませんでした。猿たちは、その異様な光景に息を呑みました。
動物たちは、完全に沈黙し、 まるで魂を抜かれたかのように、目は虚ろで、動く気配もありません。 彼らは意思を持たず、ただ動物の神の命令を待っているだけのようでした。
その異質な静けさに、猿たちは背筋が凍る思いがして、なんだこれは、と思いました。猿たちの心には、言いようのない不安と恐怖が広がっていきました。
しかし、動物の神は、その光景を当たり前のものとして受け入れているかのように、微動だにしませんでした。その事実が、猿たちにさらなる戦慄を与えました。
彼らの目の前に立つのは、ただの強大な存在ではなく。 それは、理解を超えた"異質な神"そのものだったのでした。
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