神話編

第36話 神話①

 きびだんご同盟が結ばれてから四月が経ち、季節は春の初めとなりました。長い冬が明け、若葉が芽吹き、草花が咲き始めるころ、キジの森にも穏やかな復興の風が吹き始めていました。キジの森は桃太郎の支援とキジたちの努力で、ようやくかつての賑わいを取り戻しつつありました。


 桃太郎は柿万次郎を伴い、キジの森の視察に訪れました。桃太郎は森を歩きながら、ところどころに残る荒れた木々に目を向けていました。ある木の前に立ち止まると、桃太郎はゆっくりとその手を木にかざしました。その瞬間、まだ硬いつぼみだった枝が急に色づき、花を咲かせたのです。

「なんと……!」

 その場にいたキジたちは驚き、次第に感嘆の声を上げました。桃太郎の力は、ただの噂話ではないことを目の当たりにしたのでした。


 きびだんご同盟が結ばれてから、巨大樹の秘密や鬼の存在、さらには桃太郎の不思議な力について、全てがキジや猿たちに明かされました。当初、キジや猿たちは信じることができず、首をかしげてばかりおりましたが、桃太郎が目の前で植物を操る力を見せつけると、誰もが驚き、ついにはその言葉を受け入れるほかありませんでした。そして、その桃太郎の力に関して、キジの森でも噂となって広がっていたのでした。


 桃太郎が花を咲かせる様子を見守っていたキジの女王は、桃太郎のもとへ歩み寄りました。彼女は深く頭を下げて言いました。

「桃太郎様。あなたの農園からの支援があってこそ、ここまでキジの森を復興させることができました。本当に感謝しております。」

 その言葉に、桃太郎は扇子を開いて悠然と仰ぎ、

「そうか、そうか。それはよかった。」

とうなずきました。


 桃太郎はさらに柿万次郎とその側近たちに命じ、荷台から新鮮な野菜や果物、そして特製のきびだんごを下ろさせました。

「これが俺からの手土産だ!みんな、遠慮せずに受け取ってくれ!」

 側近たちがキジたちに配り始めましたが、キジたちはその場で戸惑い、手を出すことをためらいました。かつて阿片の一件で傷ついた彼らには、きびだんごに対して用心深くならざるを得なかったのです。


 その様子を見たキジの女王は、微笑みながら一歩前に出ると、きびだんごを手に取り、まず自ら口に運びました。桃太郎もまたひとつ取り上げて食べてみせます。そして、女王は

「これは安全なきびだんごよ。皆さん、どうぞ安心して召し上がれ。」

と言いました。この女王の言葉に勇気づけられたキジたちは、ようやく安心してきびだんごを口にしました。きびだんごの甘みと香りが広がる中、森には和やかな空気が満ちていきました。


 ところが、その穏やかな時間は長くは続きませんでした。森の北側の遠くから、地響きのような轟音が聞こえてきたのです。

「ドドドド……!」

と大地を揺るがすような音に、桃太郎も柿万次郎も驚き、視線を北へ向けました。

「何の音だ?」

桃太郎がつぶやくと、キジの女王は青ざめた表情で答えました。

「この音……この音は……。間違いありません。鬼が進撃してくる音ですわ!」


 その瞬間、女王は森中に響く声で叫びました。

「皆さん、すぐに逃げなさい!四方へ散って!」

 キジたちはその声に従い、四方八方へと一斉に飛び去っていきました。桃太郎も音のする方向をじっと見据えると、遠くの地平線に巨大な影が現れ、どんどんと近づいてくるのが見えました。その姿は次第に大きくなり、やがて巨大な鬼の姿がはっきりと浮かび上がりました。

「一体、あれは何者だ?」

桃太郎がキジの女王に尋ねると、女王は震える声で答えました。

「あれこそが、鬼ですわ…。」

 鬼の姿は次第に明らかになり、地響きはますます大きくなりました。桃太郎は扇子を閉じ、覚悟を決めたように立ち上がりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る