魔法戦士認定試験
矢芝フルカ
魔法戦士認定試験 前編
「……つまりは、二人一組で、攻撃魔法のみで、魔獣を倒せば合格、ということなのだな」
試験の要項を読みながら、アシュリーが「うんうん」と、うなずいている。
「補助魔法は使えないのか? 魔力の強化は?」
アシュリーの問いに、
「使えるのは
ネイトは、魔法書に目を落としたまま答えた。
「厳しいな」
アシュリーの声が固い。
ネイトは眼鏡を指で上げてから、彼女の顔を見た。
満面に「腑に落ちない」と、書いてある。
「二人の役割が決まってしまうだろう? 片方が回復役になれば、勝負を決するのは早いかもしれないが、これはそういう試験じゃな無い。二人で組になってはいるが、試されるのは個人の能力だ」
ネイトが説明すると、アシュリーは「むう」とうなって、唇をとがらせた。
「剣で急所を確実に
「だから、そういう試験じゃ無いんだってば……」
ブツブツと言い
王立魔法騎士養成学校は、その名の通り、魔法能力と武力の両方を兼ね備えた騎士を、養成する学校である。
近々行われる、魔法戦士認定試験の会場に選ばれており、校内ではその準備が始まっていた。
養成学校が試験会場となるのは、珍しいことであるが、それには理由があった。
今回、養成学校の生徒であるネイトが、初めて認定試験の受験資格を得たからだ。
「本校始まって以来の快挙だそうだよ。受験者は、現役の魔術師や
「………だってね」
「気の無い返事だな、ネイト。やる気はあるのか? 試験の準備はしなくて良いのか?」
「……してるよ。筆記試験の準備中」
と、言って、ネイトはまた、魔法書に目を向けた。
けれど、書かれた文字を目でなぞるだけで、ちっとも頭には入らない。
アシュリーが見ている。
分かっている。
だから……頭に入らない。
向かい合わせに座り、 机に
夕暮れ近い放課後の図書館には、他に人影も無くて……
そう思うだけで、ネイトの頭の中は、真っ白になってしまう。
「やはり、身が入ってないようだな、ネイト」
君のせいだ。
……言えないけど。
「大丈夫だ。ネイトならば、合格間違い無しだ」
目だけを向けたネイトの視界が、アシュリーの笑顔をとらえる。
気が乗らない様子のネイトを、励ますつもりで言ったのだろう。
可愛いい笑顔で、残酷なことを言うよね。
ネイトは小さくため息をつく。
「合格したら恐らく、僕は学校を辞めなければならなくなるよ」
「えっ! なぜ!?」
「魔法戦士に認定されたら、どこかの騎士団に招集されて、そのまま実戦配備になると思うからさ」
「……ネイト、それが理由か? 君のそのやる気の無さの」
はあ……まあそうです。
「……もしかして、試験もそのような態度で受けて、不合格を狙うつもりではあるまいな」
うっ……
鋭いところを突いてくるよね。
「……ネイト」
途端にアシュリーの様子が不穏になる。
ネイトはあわてて、顔を上げた。
「ち、違う! そんなつもりは無いよアシュリー!」
「ではなぜ、真剣に取り組まない?」
「やってるってば! ほら、この本見てよ!」
ネイトはアシュリーに、魔法書の表紙を突きつけた。
「魔法戦士認定試験の傾向と対策」
眉を寄せた厳しい顔で、題名を読んだアシュリーは、まだ少し口を曲げていたが、大人しく引き下がる。
アシュリーは、一言で言うのなら、「正義の人」だと、ネイトは思う。
一本気で、曲がったことを嫌う。
その上、勝ち気な
「……生半可な気持ちで、試験に挑んで、ケガをしたらどうするのだ? 自分に回復魔法をかけることは許されているとはいえ、それは自分の意識が保たれている場合だろう? もし、気を失うほどの傷を負ったら、どうするのだ……」
ネイトは、目を
心配……してくれてるんだ。
そんなことを、真剣な顔つきで言われたら
……たまらなくなるじゃないか……
「ありがとう、アシュリー。試験官が危険と判断したら、すぐに試験は中断される。ちゃんと医師や兵士も控えているから大丈夫だよ」
アシュリーは、まだ心配を残した顔ながらも、話は納得したらしく、「うん」とうなずいた。
ネイトは魔法書を閉じて、話を続けた。
「アシュリーの言う通りだよ。受験には乗り気になれない。僕はまだ、この学校に居たいんだ。まだもう少しだけ、学生で居たいんだよ」
そう言って、ネイトは眼鏡を直す振りをして、アシュリーのまっすぐな視線をそらす。
嘘じゃない。
学校に居たいのは本当だ。
君がこの学校に居るから。
君と同級生で居たいから……。
アシュリーは、さる名門貴族の令嬢だ。
学校の同級生という立場だから、こうして話もできるが、学校を離れてしまったら、一般庶民であるネイトとは、顔を合わせることも無いだろう。
「なあ、ネイト。試験を辞退するとか、卒業まで入団を待ってもらうとか、手立ては無いのか?」
「僕は奨学生だからね。それは難しいと思う。どっちにしろ、奨学金を止められたら、学校に居られない」
ネイトの言葉に、今度はアシュリーがため息をついた。
窓から差し込む陽の光は、そろそろ夕焼けの色に染まりはじめて、机の上に長い影を落としている。
「アシュリー、試験は真面目に受けるよ、約束する。学校のみんなは、もう、僕が合格したみたいな騒ぎだけど、普通に落ちるかもしれないし。……これ、結構難しいんだ。読んでみる?」
ネイトは笑って、魔法書をアシュリーに差し出した。
アシュリーは首をブンブンと横に振って、
「ネイトが難しいと言うものを、私が理解できるはず無い」
と、言った。
「ネイトの事情に、私が口出しすることはできないさ」
カタン、と音を立てて、アシュリーが椅子から立ち上がる。
そうだよね、その通り。
でも、その言葉が冷たいと感じるのは、思い上がりなんだろうか……
「……だが、ネイトが嫌だと思うことを、ネイトにはして欲しくない」
「え……」
アシュリーを見上げる。
夕日を受けて、彼女の長い髪が、金色にきらめいていた。
「最後は、ネイトの気持ちを通して欲しい。……私の勝手な願いだがな……」
そんな言葉と、極上の微笑みを置きざりにして、アシュリーは図書館を出て行く。
ネイトは何も言えず、ただ彼女が立っていた場所を、見つめることしかできなかった。
後編へ続く。
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