僕と彼女をつなぐ片耳ずつのイヤフォンに流れるラブソング~カセットテープで恋をして~【カクヨムコンテスト10改稿版】

kazuchi

A面

『――ねえ、私たちはいつから大人になるのかな?』


 今だに後悔する。彼女の問いかけに僕は何も答えられなかった……。


 *******


 子供のころ、小学校をさぼって隣町まで出掛けたことがあった。それまで皆勤賞だった僕がどうして学校に行かなかったのか? ある朝突然にエスケープしてしまったんだ。

 

「いってきます!!」


宣人せんと、車には気を付けろよ!!」


 いつもの通学路と反対方向に向かう。ひと駅隣まで行くのが、小学生の僕には大冒険だった。乗りなれないバスに乗り込み、誰かに見つからないか。ドキドキしながら座席に隠れるように滑り込む。隣町には大学病院があり国道も混雑する。バスも渋滞に飲み込まれていく。窓の外を眺め、リュックからある物を取り出す。携帯カセットプレーヤー。父から譲り受けたレトロな一品だ。僕はこのプレーヤーの音が好きで、寝るときも愛用していた。目が覚めたときイヤフォンのコードが絡まって、ひどい状況になるのはお約束だ。


 片耳用のイヤフォンを装着し再生ボタンを押す。曲が流れ始め、男性ボーカルが歌い始める。四角い筐体きょうたいにはイヤフォンを刺す穴がある。今では骨董品こっとうひんみたいな代物だが、父が若いころ、好きな女の子とペアで聴くために、二つ穴があるんだと、昔を懐かしむように教えてくれたんだ。そのアナログな行為を、自分がやるとは夢にも思わなかった。


 僕にとって最高の出来事を思い浮かべる。放課後の校舎裏、木陰の赤いベンチが二人の特等席だった。大好きな女の子と聴く片耳のイヤフォン。反対側の耳に隣に座る彼女の明るい声が聞こえた。


柚希ゆずきもこの曲が好き!! 聴かせてくれて嬉しいな』


 彼女が嬉しそうな表情で僕を見据える。柚希の前髪がはらり、と揺れて真っ白なおでこが見えた。まるでお人形のような端正な顔立ち、唇が艶やかな桜色に見えるのはその当時、女子の間で流行っていたリップクリームを塗っているせいだ。カセットプレーヤーがつなぐ短い距離。自然にお互いの肩が触れ、胸の高鳴りと曲のサビが重なった。



 *******



 カセットテープも父指導の元、自作でダビングした。僕の申し出に父も乗り気で協力してくれた。書斎にある壁一面のレコードコレクションの中から、お勧めを何枚かピックアップしてターンテーブルに載せる。レコードプレイヤーに、ダブルカセットを接続して録音を開始した。父は古びた雑誌を僕に差し出してくれた。どうせならセレクションだと言いながら、ポップな表紙の雑誌は、八十年代のFM情報誌と言っていた。


「お前にこれをやろう、取っておきのカセットレーベルだ!!」


 紙のレーベルには、表紙よりポップな絵柄で夏の景色が描かれていた。初めて見るタッチが新鮮に見えて、その日から僕のお気に入りになった。父と作った一本のカセットテープ。世界に一つしかない。オリジナルメドレーだ。僕はこれを誰と聴きたいのか?


 真っ先に浮かんだのは君の名前。


 突然、僕の前から姿を消してしまった。周りの大人は何も教えてくれなかったが、近所で漏れ聞こえる噂を断片的につなぎ合わせ、僕は彼女の居場所を突き止めた。


「将来カセットを大切な人と聴くときは、A面の三曲目で自分の気持ちを伝えるんだ」


 父が自信満々で完成したカセットテープを手渡してきた。


「お父さん、なんで三曲目なの?」


「ふふっ、お前のお母さんと初デートしたとき、三曲目で上手くいったからさ。忘れるな、三曲目だぞ!!」


 両親のなれそめを聞けて、亡くなった母親の若いころを思い、温かな気持ちになった。猪野宣人いのせんと、僕の名前は母が考えたそうだ。


「……君更津きみさらず病院前~」


 アナウンスとともにバスが到着する。急いで荷物をまとめ、病院の受付に向かう。開始早々だというのにロビーは来客で混雑していた。受付のカウンターに向かい、手前で大きく深呼吸をする。


二宮柚希にのみやゆずきさんは、こちらに入院していますか?」


 突然、僕の前から姿を消した大好きな幼なじみの名前を告げた。



 *******



 ノックして引き戸を開ける。一人の病室みたいだ。分厚い仕切りカーテンがあり、病室の奥はこちらから見えない。カーテンを持ち上げ奥に入る。柚希はベッドに半身を起こして窓の外を見つめていた。腕には複数のコードのような物を付けられている。彼女の細いうなじが妙に青白く感じてしまった。


「……柚希!!」


 問いかけに彼女がゆっくりとこちらを振り返る。


「……!?」


 病室にいたのは確かに柚希だった。顔を見るのは久しぶりだ。前よりやつれて見えるのは髪型のせいかもしれない。いつものサラサラなストレートではなく、後ろを赤い髪留めでまとめていた。でも何かが違う。僕は妙な胸騒ぎを覚えた。


「……あなたは誰ですか?」


 怪訝けげんな表情で彼女がつぶやいた……。


 次回に続く。

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