【短編】 潔癖症の俺が、彼女と触れ合えるようになるまでの365日
四条 葵
第1話 潔癖症の俺
「私の身体、好きにしていいんだよ…?」
幼なじみである
当然のようにバストに視線が吸い寄せられそうになるが、俺は慌ててそっぽを向いた。
そのようすに澪はふふん、と勝ち誇ったかのように腰に手を当てる。
「おやおや
澪は俺が触らない、いや、
くそっ…もういっそのこと、その乳揉んでやろうか?!
と思いつつも、結局実行に移せないのが俺、
何故なら俺は、人に触ることのできない、「潔癖症」だからだ。
「潔癖症」の俺は、人に触れない。
それどころか、他人が自分に触れること、他人が自分の物に触ることすら除菌したい衝動に駆られる始末。
そんな生活を送って早数年が経ち、俺は高校二年生になっていた。
学校へ登校し、自席に着く前にすることは、机と椅子の除菌である。
誰が座って、誰が触ったとも分からない机と椅子を除菌ウエットティッシュで拭くことから俺の一日は始まる。
そうこうしていると、もう一人の幼なじみである男子、
「おはよ、涼。まぁた机の除菌してんのか」
明るい金髪の髪に、ピアスと派手な見た目だが、これでもバスケ部エースのスポーツマンである。
皐月も澪と同じく、幼少の頃からの付き合いだ。俺が「潔癖症」になる前から、一緒に遊びまわっていた仲である。
「おはよう、皐月。これをしないと落ち着かないからな」
「潔癖症」の俺にとって、身の回りを清潔に保つことはマストであり、日々を快適に過ごすには欠かせないことであった。
「ま、涼が気楽に過ごせるなら、それでいいんだけどさ」
幼なじみの澪と皐月だけが俺の友人で、そして唯一の「潔癖症」理解者だ。
「潔癖症」具合は人によって異なると思う。
だからなかなか他人には理解されなくて、俺の方もわざわざ説明するのが面倒で、結局残った友人は幼なじみの二人だけだった。
「おはよっ!涼!ついでに皐月くん」
明るく元気な声と共に、鎖骨辺りまで伸びた栗色の髪を揺らしながら、澪がやって来た。
「おはよ、澪」
「はよー、って、ついでってなんだよ!?」
「涼への挨拶ついでに皐月くんにも挨拶する私、偉くない?」
「偉いなー、澪」
俺が褒めてやると澪は「えへへ」と嬉しそうに笑う。
「いやいや、え?澪って俺に挨拶するだけでそんなに労力使うの?微妙にショックなんだけど?!」
皐月の慌てように、俺と澪は一緒になって笑う。
「皐月くんたら本気にして~、冗談だよん」
澪の言葉にますます顔を引き攣らせる皐月。
「いや、澪、目が笑ってねえんだよ…本当に冗談なんだよな?」
戦慄する皐月に、俺と澪はまた笑う。
澪は時々皐月に対して辛辣な時もあるが、比較的仲も良く、俺達三人はいつも一緒である。
「潔癖症」などと面倒を患っている俺にも、理解してくれる友人が二人もいて、俺は幸せ者だと思う。
しかし、「潔癖症」をどうにかしなくちゃな、と思う場面も多々ある。
それがこういう場合である。
「じゃあ、今日は十七日なので、出席番号十七番の人、からの将棋の桂馬の動き!はい、では藤沢くん、数学のノートを集めて数学教務室までよろしくね」
「え…なんで俺が……」
訳の分からない指名の仕方をされた俺は、クラス全員分の数学のノートを教務室に持って行くことになった。
「潔癖症」の俺にとって、他人の物を触るのは苦手なことだった。
「涼、大丈夫?私が代わりに持って行こうか?」
「ありがとうな、澪。でも、大丈夫だから…」
心配して声を掛けてくれた澪に首を振った俺は、覚悟を決めてノートの山を持って行く。
「涼、無理しないでねー!」
背中から聞こえてくる澪の声に「おー」と返事をしながら、数学教務室へと向かう。
ああ、早くノートを置いて手を除菌したい。
そう思いながら教務室の前へとやってくると、教務室のドアはきっちりとしまっているではないか。
仕方ない、行儀悪いが足で開けるか、と思っていると後ろからパタパタと誰かが駆けて来る足音が聞こえた。
その誰かは俺のすぐ傍までやってくると、教務室のドアをノックしてがらっと開けてくれた。
しっかりと顔は見られなかったが、ひとまず「ありがとう」と声を掛けて、俺は教務室へと足を踏み入れた。
先生たちはみな出払っていたので、その辺の机にノートを置いて、俺はポケットに入れていた除菌ジェルで手指を消毒した。
教務室を出ると、一人の女子生徒が立っていて、恐らく先程ドアを開けてくれたのは彼女だろう。
俺は改めて彼女にお礼を伝える。
「ドア、開けてくれてありがとう。手が塞がっていたから助かった」
その言葉と共に視線を上げた先にいたのは、とてつもなく美人な女子生徒だった。
胸まで伸びた艶やかな黒髪は毛先が少しくるんと巻かれていて、少しつり目気味ではあるが、きつく見え過ぎず美人さを際立たせている。
「え、えっと…?」
困惑する俺に、丁寧に頭を下げる女子生徒。所作まで美しいな。
「こ、こんにちは…。お、同じクラスの、
あまりに丁寧なご挨拶に、俺も慌てて同じように頭を下げる。
「あ、えっと、藤沢 涼、です…」
二年生になって早一か月が経とうと言う頃合いだが、俺は彼女が同じクラスの子だということを今初めて知った。クラスメイトと話さなすぎだな、まったく。
どうせ俺の「潔癖症」なんて誰も理解してくれないと思っている俺は、澪と皐月以外に会話はほとんどなかった。
故に、こんな美人さんが同じクラスだということも、知らなかったのである。
何故か北白河さんはまったく動こうとせず、教室に戻る素振りすらない。
「…?俺に、まだ何か用があったか?」
俺は彼女を窺うようにおずおずと質問する。
すると彼女の肩が一瞬びくっと跳ねて、そうして彼女は覚悟を決めたように口を開いた。
「あ、あのっ!!」
「は、はい…」
「あの……、ふ、藤沢くんの!連絡先を教えてもらえませんかっ!!」
「…え……?」
俺の連絡先?
北白河さんは自分のスマホをぎゅっと握りしめる。スマホに付けられた猫の根付がゆらりと揺れた。
「え、い、いいけど……」
俺は特に何も考えず、彼女の申し出を承諾する。
すると北白河さんの固かった表情が明るく色付いた。
そのあまりに美しい笑顔に、俺は一瞬見惚れてしまったくらいだ。
「あ、では!」と言って、北白河さんはスマホにQRコードを表示させる。
俺は半ば呆然としながら、自分のスマホを差し出す。
ぽこん、と可愛らしい電子音が鳴って、メッセージアプリに新規友人が登録される。アイコンは真っ赤な椿の花だった。
因みに俺のアイコンは抹茶のロールケーキである。好きなんでな、抹茶味がさ。
自分のスマホ画面を凝視していた北白河さんは、それはもう嬉しそうに頬を緩ませた。
「ありがとうございます、藤沢くん」
「あ、うん……」
美人なクラスメイトから連絡先を聞かれる…。
こんなの、誰だって俺に好意があるのではないかと勘違いしてしまうのではないだろうか。
かく言う俺も、彼女にドキドキしてしまったことは認めよう。
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