037 旅の仲間
今日も朝からずっと揺れている。
イリス曰く、夜は安定していたけど、私が起きる頃にまた揺れが激しくなってきたらしい。
それでも、薬のおかげで昨日より楽に過ごせている。このままラングリオンまで行けそうな気がしたけど……。
乗っていた船の欠航が決まった。乗客は全員、船を降りなければならないらしい。
ニヨルド港に到着したのはお昼過ぎ。
雨よけのコートをしっかり身に着けて久しぶりに出た外は、船内で感じていた以上に酷い天気だった。叩きつけるような雨に、気を抜けば簡単に吹き飛ばされそうなほど強い風。エルに支えられながら、船を降りる。
それから、港のターミナルへ。
ターミナルには人がたくさん居る。こんなにたくさんの人が、あの船に乗ってたんだ。
「大丈夫か?」
「……うん」
順番が回ってきて、身分証と出入国の記録帳を見せる。ディラッシュへの入国手続きは何の問題もなく終わった。本当に、これって、どこでも使える身分証なんだ。
入国ゲートを通る。
私……。グラシアルじゃない国に居るんだ。
※
雨で濡れていたとしても、舗装された道は揺れる船より断然、歩きやすい。
当たり前なんだけど。当たり前のことが新鮮に感じる。
人でいっぱいで混乱した港から離れるにつれて、だんだんと人通りが少なくなってきた。今日は、この宿にするらしい。
部屋に入って、濡れたマントをコート掛けにかける。宿って、どこもだいたい同じ設備が整ってるよね。部屋の広さがちょっと違うぐらい?
「出かけてくる」
「え?」
着いたばかりなのに?
「どこに行くの?」
「薬を買ってくるよ。次に船に乗る時用の」
それ、私が飲む薬だよね?
「私も行く」
「調子が悪いんだから、ちゃんと休んでろ」
「大丈夫だよ」
「駄目だ」
もう大丈夫なのに。
「エイダ。リリーを頼む」
『はい』
連れて行ってくれないの?
「すぐに帰る?」
「すぐに帰るよ」
「戦ったりしない?」
「なんで、戦うんだよ」
この前だって、すぐ帰るって言ったのに、戦ってた。
『心配し過ぎですよ』
『そうだよ。留守番ぐらい一人で出来るだろ?』
「だって……」
ナターシャとユールが、エルから出てくる。
『私もリリーの傍に居るわ』
『じゃあ、あたしもぉ』
「えっ?だめだよ。エルに何かあったら……」
『何の心配があるっていうのさ』
だって……。
知らない国で、知らない場所で。何が起こるか分からないのに。
「良いよ。二人共、リリーを頼む」
『まかせて』
『ふふふ。ちゃあんと留守番してるわぁ』
皆、置いて行くの?私の為に?
私の方が心配されてしまってる。これ以上、我儘は言えない。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい、エル。気を付けてね」
「あぁ。いってきます」
行っちゃった。
『心配しなくても、すぐに帰ってきますよ』
そうかな……。
「遅かったら、探しに行っても良い?」
『駄目です』
『そうなったらぁ、あたしが探しに行ってあげるわぁ』
『そうね。私も探しに行くわ』
「でも、すれ違っちゃったら?」
『そんな心配してどうするのさ』
『ふふふ。エルはぁ、いつでもあたしたちを召喚できるのよぉ?』
「そうだけど……」
契約者は、いつでも契約した精霊を自分の元に呼ぶことが出来る。
『調子はもう良いんですか?』
「うん。平気」
『じゃあ、シャワーでも浴びてきたら?』
そっか。ここではお湯を使えるんだ。
「そうする」
何もしないままでいると、余計なことばかり考えてしまいそうだ。
※
三日ぶりのシャワーだ。気持ち良い。
「ユールは熱いのは平気なの?」
『平気よぉ』
暑いのが苦手なイリスとナターシャは、外で待っている。
『長い髪ねぇ』
髪。旅をするなら、長い髪って、邪魔なのかな。
『手伝いましょうか?』
「大丈夫」
べたつく髪を丁寧に洗う。
船では水がとても貴重だから体を洗う為には使えない。けど、都市では、水が自由に使えるし、地面も揺れない。旅をしていると、都市の安全さや便利さが身に染みる。
……それでも、一人で出かけたエルは心配だ。早く帰って来てくれますように。
※
あぁ、すっきりした。
シャワー室から出ると、イリスとナターシャがこちらに来た。
『おかえり、リリー。ポリーが居るよ』
「え?」
ポリーが?
『知り合いですか?』
『リリーの姉なんだ』
『ってことはぁ、女王の娘ってことぉ?』
『そうだよ』
『私、見られちゃったのよね』
「えっ」
ナターシャはエルの精霊なのに。
『シャワーから出たら部屋に連れて来いって言われてるんだ。エイダとユールはどうする?』
『私は指輪に隠れています』
『あたしはぁ、リリーの服の中に居ようかしらぁ』
『大丈夫なの?見られても知らないよ?』
『ふふふ。ばれないように気を付けるわぁ』
ユールが私の胸元に入る。
大丈夫かな?
『ナターシャは?』
『私は、もう見られちゃってるんだし。ユールが見つかりそうになったらサポートするわ』
『お願いねぇ』
イリスに案内された部屋の扉をノックする。
「ポリー、居る?」
声をかけるとすぐに扉が開いて、ポリーが私に抱きついてきた。
「リリー!久しぶりね」
「久しぶり」
「元気そうで良かったわ」
「ポリーこそ」
碧い瞳のポリーが笑う。出発した時と変わらず元気そうだ。栗色の髪は伸びてるかな?
「さぁ、入って」
部屋には、氷の精霊が居る。
「もしかして、ネモネ?」
『あぁ』
「ネモネも大きくなったんだね」
『そりゃあな』
ネモネとイリスを見比べる。
「やっぱり、イリスに似てる」
『そりゃそうだろ。兄弟みたいなもんなんだから』
出発した時は、皆、鳥の姿だったのに。妖精の姿に成長してる。
『あなたたちって、同じ大精霊から生まれたの?』
『あぁ』
『そうだよ』
グラシアルに居る氷の精霊は、皆、同じ親から生まれてるはずだ。
「っていうか、何をどうしたら、こんなに早く姿が変わるわけ?ネモネは、こうなるのに半年かかったわよ」
「えっと……」
『余計なことは聞くなって言ってるだろ』
イリスは、何も話さないでいてくれたらしい。
「まぁ、良いわ。お茶にしましょう」
ポリーがカップに紅茶を注ぐ。私の分も用意しておいてくれたんだ。
紅茶といえば……。荷物の中からドロップを一掴み出して、テーブルに置く。
「美味しそうね。こんなにたくさん、どうしたの?」
「ポルトペスタのポリーズで貰ったの」
「貰った?」
「サービスだって。紅茶を買ったおまけだと思う」
「一体、いくつ貰ったのよ」
「えっと……。いっぱい?」
『エルが大量にお茶を買ってたからね』
「エルっていうの?一緒に居た人」
「うん」
『どこの金持ちだよ』
『冒険者だよ』
椅子に座ると、ポリーが私の後ろに回って髪を拭く。
「相変わらず長い髪ね」
「旅をするなら、短い方が良いのかな」
「別に、今時、長い髪で困ることなんてないわよ」
なら、このままでも良いのかな。
「誕生日おめでとう。リリー」
「覚えてたの?」
「当たり前じゃない。本当は、もっと早くに伝えたかったんだけど、急用ができちゃって」
「急用?」
「冒険者の仕事よ」
「ポリー、冒険者なの?」
「えぇ」
『出発してすぐに登録したからな』
「じゃあ、教育係は?」
「私の仲間になりたいって言った奴がそうだったわ。旅や世界情勢のレクチャーは最初の一か月ぐらいで終わったけど、半年ぐらいこき使ってやったわね」
『さんざん、タダ働きさせてたな』
ネモネが楽しそうに笑ってる。
ずっと、一緒に行動してたんだ。
『相変わらず逞しいね』
「リリーは上手く撒いたの?」
「うん。エルに手伝ってもらったんだ」
「やるじゃない。あれだけ派手な色してたら、強いんでしょうね」
「派手な色って、」
『いつからボクたちに気づいてたの?』
「港のターミナルよ。船から降りてターミナルに入って、やたらと目立つ赤色が居ると思ったら、その横にリリーが居るんだもの。びっくりしちゃったわ」
「赤色って、」
『ちょっと待ってよ。船から降りたって、同じ船に乗ってたってこと?』
「そうみたいね」
『ポリーはペルラ港でリリーを待ってたんだからな』
「港に居たの?」
「だって、どんな旅程を組んでるにしろ、港には寄るでしょ?」
『旅程、ねぇ』
ポリーも旅程を考えてから出発したんだ。
「でも、ペルラ港の冒険者ギルドで、急ぎの仕事を頼まれちゃって。ティルフィグンに戻ろうとしたら、この嵐でしょう?船を降ろされるなんて久しぶりだわ」
「前にもあったの?」
「まぁね。良くあるわ」
やっぱり、多いんだ。
『気づいてたなら、ターミナルで声をかけてくれたら良かったのに』
「嫌よ。リリーと一緒に居るのが、変な奴だったら困るじゃない」
「エルは、そんな人じゃないよ」
「そんなのわからないでしょう。だから、こっそり尾行してきたのよ」
「全然気付かなかった」
「気づくような距離には居ないわよ。あれだけ目立つなら、かなり離れた距離からでも追いかけられるもの」
それは、わかるかも。
「でも、同じ船に乗ってたのに一度も会わないなんて。リリーは、どこに居たの?」
『ボクらはずっと、第二デッキの客室に居たんだよ』
『ポリーは第三デッキを使ってたからな』
一人旅だと、そっちを使うんだっけ。
「だから、会わなかったの?」
「何言ってるのよ。レストランは共用じゃない」
『リリーは、船酔いでずっと寝てたんだよ』
「あぁ、そういうわけ。大変だったわね。今は、調子良いの?」
「うん。大丈夫。ずっと、看病してもらってたから」
「そう。優しい人で良かったわ。私からも、彼女にお礼を言わなくちゃね」
「彼女?」
『彼女?』
誰の事?
「リリーの仲間よ。悪い人じゃなさそうだし、妹が世話になったんだもの。挨拶とお礼はちゃんとしておくわ」
『もしかして、エルのこと?』
『エルは女の子じゃないわ』
「え?」
『エルは、男の子よ』
「はぁ?」
ポリーが大きな声を上げる。
『おい。喧しいな。叫ぶんじゃねーよ』
ポリーが私の肩を掴む。
「ちょっと、何考えてるのよ。男と二人旅ですって?今すぐ、そいつと縁を切って私と一緒に来なさい」
「えっ?」
『落ち着いてよ、ポリー』
「一体、どんな騙され方したのよ。っていうか、イリス。あんたらしくないじゃない。リリーを男と旅させるなんて、一体何があったの」
『ポリー、落ち着けって』
「落ち着けるわけないじゃない。城を出て、まだ半月も経ってないのよ?教育係も居なければ外での生活にも慣れてないのに、知らない男と旅なんて信じられない」
『ボクはエルのこと信用してるよ』
「あんたが絆されるなんて、どんだけよ。何もされてない?大丈夫なの?とにかく、今すぐ会わせなさい」
『無理だよ。エルは今、出かけてるんだから』
「こんな雨の中、リリーを残してどこに行ったのよ」
『薬を買いに行ったのよ』
「私の船酔い止めを買いに行ってくれてるの」
『リリーを一人にするのが心配だから、自分の精霊を置いて行ってるんじゃないか』
『そうよ。私、リリーと一緒に留守番してるんだから』
「あっそう。よーくわかったわ。つまり、下のレストランで待ってれば会えるってわけね」
『ちょっと、会ってどうするつもり?』
まさか、喧嘩する気じゃ……。
「私も行く」
「何言ってるのよ」
「だって、」
「レストランに来るなら、タオルは置いてきなさい」
「……はい」
部屋に戻って、濡れたタオルを干して、髪を結ぶ。
『なぁんか、嫌な感じだったわねぇ』
『こっちの話は何も聞いてくれなかったわね』
「ごめんなさい。エルに対して、酷いことばっかり言って」
『ポリーは、いつもあんな感じだからね』
「でも、頭ごなしに怒らなくても良いのに」
『リリーのことが心配なんでしょう』
心配されてるのは、わかるけど……。
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