007 守る契約

 荷物の整理が終わって、エイダとおしゃべりをしていたら、部屋の扉が開いた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 エルが戻ってきた。

「鍵、ちゃんと閉めないと駄目だろ。ここは、城の中みたいに安全な場所じゃないんだからな。戸締りの癖ぐらい付けないと、」

「城の中だって、街では皆、戸締りはちゃんとしてたよ」

「なんだって?」

 私だって、女王の娘になる前は街に住んでいたんだから、それぐらいわかる。

「いつも鍵はちゃんとかけてるよ。でも、エルが戻って来ると思ったから……」

「そうじゃない。街って、どういうことだ?」

「お城の中にも街があるんだよ」

「あの壁の向こうに?」

「うん」

「規模は?」

「規模?城下街みたいに広くないけど……。レストランとか雑貨屋さんとか、いろんなお店があって……。お祭りをする広場もあって。皆、それぞれの家で暮らしてるよ」

 だから、充分、街と呼べる規模だったと思う。

 エルがティーポットを私の方に向ける。

「要るか?」

「うん」

 カップを向けると、エルが温かい湯気の立つ紅茶を注いでくれた。淹れたての紅茶だ。良い匂い。

「どれぐらいの人間が住んでるんだ?」

「うーん……。たくさん?」

 人数なんて数えたことがないし、聞いたこともない。街をまとめてる人や魔法使いはちゃんと知ってるのかもしれないけど、私は知らない。

「あ、もちろん、外の街の方が広いし、知らないものがたくさんあるよ。お花屋さんも見たことのない植物がたくさんあったし。でも、ファストフードはなかったと思う。サンドイッチはあったけど」

「ファストフードっていうのは、手軽に食べられる軽食って意味だ」

「そうなの?」

「そうだよ」

『知らなかったね』

 流行り言葉なのかな。

 城でも手軽に食べられるものはたくさんあるけど、そんな言葉は使わない。

「通貨は何を使ってたんだ?」

「金貨、銀貨、銅貨と、蓮貨」

「共通通貨か」

「うん」

 商人ギルドが管理する通貨。

 共通通貨は大陸のどこでも使える貨幣って聞いてたけど……。

「旅をするなら、使うのは共通通貨で良い」

「だよね。だから、金貨さえ持っていれば良いと思って、金貨だけ持ってきたんだ」

 エルが頭を抱えてる。

「それ、誰かに相談したか?」

「えっと……」

『してないよね。誰にも。ボクだって、まさかリリーが金貨一枚しか持たないなんて思ってなかったよ』

「だって……」

 崩さないと使えないなんて思わなかったんだもん。

「いくら共通通貨が便利だからって、安い買い物で金貨を使う馬鹿なんて居ない。どこも金貨を崩せる釣りなんて用意してないからな」

「ないの?」

「ない」

 はっきり言われちゃった。

「城では出てたのか?」

「うん」

『崩してくれたよね』

 金貨なんて、そんなに使ったことはないけど。金貨での支払いを断られたことはない。

「金貨を扱うのは商人ギルドや高額な取引をする一部の店だけ。一般的な店で使えるのは銀貨までだ。覚えておけ」

「……はい」

 あぁ。細かいお金をもっと持ってくるんだった。

 置いてきたお金は、冬至祭の子どもたちへのプレゼントに使ってってソニアにお願いしてある。冬至祭は、すべての子どもたちがプレゼントを貰える特別な日だから。

 外の冬至祭も同じかな?

「他には?」

「え?」

「城の外と中の違い」

 グラシアルの文化はエルに聞いてもわからないよね。

 他のこと……。

「えっと……。武具は城の方が良いものが揃ってたかな。私の装備も街の鍛冶屋で揃えたんだ」

 鎧、ガントレット、ブーツ。

 それに、私の愛剣・リュヌリアン。

 武具は本当に充実してた。

「後は、宿もあるよ」

「宿なんて、誰が使うんだよ」

「外から来た人とか……。私も、城に帰りそびれた時に使うよ」

 師匠のところで手伝いをしてたり、街でのんびりし過ぎると、帰れなくなってしまう。

「どうやって城の中に入るんだ?」

「城の魔法使いなら……」

『リリー』

 あっ。

 城の話はあんまりしない方が良い?

「あの、どちらにしろ、私は入れないから」

 私は、魔法も魔法陣も使えない。

 街と城を繋ぐのは転移の魔法陣だけで、城の移動には魔法使いの手助けが必要だ。

 だから、ソニアと合流できなかったり、遅い時間になったら宿に泊めてもらう。

 そういえば……。

「この宿は、お城の街の宿の雰囲気に似てると思う」

「似てるって?」

「ベッドは一つだったけど、クローゼットがあって、テーブルと椅子があって。綺麗だから」

 広さは、もうちょっとあった気がするけど。

「宿のランクは様々だ。似たようなランクの宿を探したいなら、外観と立地で探せば良い。表通りにある宿なら観光客を対象にした綺麗な宿が多いからな」

 エルは普段、そうやって選んでるんだ。

 良かった。安心できる宿も多そうだ。

「こういう場所は、一階がレストランなことも多い。後、シャワー室も一階にある」

「え?あるの?」

「あぁ。レストランの隣に……」

「行ってくる」

 やった。

 旅をするなら、いつもの生活はできないって思ってたけど、これも大丈夫そう。

「待て」

「何?」

「何も持たずに行くつもりか?」

「え?」

 どういう意味?

『リリー。エルと買い物したよね?』

「あっ。……うん。大丈夫。ちゃんとタオルとか持って行くんだよね」

 城の宿は、手ぶらでお風呂に行っても何でも揃ってたけど。外の宿はそうじゃない。

 荷物を入れる手提げに、タオルと石鹸と、それから……。

 これだけ持てば大丈夫かな?

 行こう。

『待ってよ、リリー。まだ話の途中だろ?エルを説得するんじゃなかったの?』

 ……そうだった。

 私、話の途中で倒れちゃったから、まだ何も決まってないんだ。

「エル」

「ん?」

 私は、エルと一緒に居たい。

「あのね、私と一緒に旅をして欲しいんだけど、良い?」

 だから、説得しなくちゃ。

「私、まだ一人でこの国を出る自信がないんだ。でも、城の人間と一緒は嫌。だから、私のことを助けてくれる人を探してて……」

 私の一つ目の目的は教育係から逃げること。

 そして、二つ目の目的は……。

 物語のような恋をしたい。

 私が今まで読んできたたくさんの物語のような恋。運命の人との恋。

 城を出たら、恋に生きるんだって決めていた。

 ……あぁ。

 出会った瞬間のことを思い出す。

 恋って、本当に落ちるものなんだ。

 胸が苦しい。

 でも、こんなこと言えない。

 どうやって説得しよう?

「私、あなたみたいな輝き、初めて見たんだ。色だって初めて見る色だった」

 エルは私にとって初めてのことばかり。

 それに、いつまでも見ていたくなる綺麗な紅の瞳。

 ……出会った瞬間からそうだった。

 だから、目が離せない。

「私、あなたのことを、もっと知りたい。外の世界のことをもっと知りたい。あなたと一緒なら、エイダも居るし……。だから……。だからね」

 この出会いは偶然じゃない。

 運命だって思うから。

「あなたじゃないと、だめなんだ」

 どうしよう。

 告白してるみたい。

 好きなんて絶対言えないのに。

「良いよ。一緒に行こう」

「本当……?」

「あぁ」

 嬉しい……。

 一緒に旅をしてくれるんだ。

「明日は朝一で出発する予定だから、地図を見ておいてくれ」

 エルが地図をテーブルの上に置いたのを見て、頷く。

 ドキドキしすぎて、これ以上、何も話せない。

「ありがとう、エル。いってきます」

「いってらっしゃい」

 部屋を出る。

 

 ※

 

 階段を下りて、一階へ。

『大丈夫?』

「うん」

 少し落ち着いてきた。

 シャワーって、どこかな。

 女将さんに聞いてみよう。

「あの……」

 女将さんが振り返る。

「シャワー室かい?」

「はい」

「女性用はこっちなんだ。おいで」

 奥にあるみたいだ。女将さんに付いて行く。

「夕飯、すごく美味しかったです」

「ふふふ。ありがとう」

「エルも、ここは料理が美味しい店だって言ってました」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ。明日も泊まって行くのかい」

「えっと……。明日は朝一で出発する予定です」

「そうかい。じゃあ、少し早めに準備をしようかね」

 ちゃんと早起きしなくちゃ。

「ふふふ。あの子は、お嬢ちゃんを迎えに来てたんだねぇ」

 女将さんが笑う。

「あの子?」

「エルロックのことさ。まさか、結婚してたとはね」

「えっ?結婚?」

『えっ?』

 エルが?誰と?

「おや。違うのかい?仲が良さそうだし、宿帳に名前しか書いてないから、てっきり……」

 名前って……。

 あっ。ファミリーネームを書かなかったせいで、エルと家族だと思われてる?

「えっと、その……。あれは、あんまり言っちゃだめで……」

「なんだ。事情があるのかい。余計なことを聞いて悪かったね」

 頷く。

 だって、エルから名前は言うなって言われてるし、名前だけで良かったみたいだから……。

「ここだよ。ちゃんと鍵をかけるようにね」

「はい。ありがとうございます」

 お礼を言って、シャワー室へ入って鍵をかける。

 あぁ、びっくりした。

 私、変なこと言ってないよね?

『あのさ、リリー』

「何?」

『勘違いさせっぱなしで良いの?あの人、リリーとエルが結婚する予定の恋人だって思ってるよ』

「えっ?どうして?」

『自分で考えなよ』

 ……どうして?

 

 ※

 

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、エルはもう寝ていた。

 テーブルの上には、地図と明かりのついたランプ。

 ランプ、つけておいてくれたんだ。

『この辺りの地図だね』

「うん」

『リリー、今どこに居るかわかってる?』

「それぐらいわかるよ」

 地図を見る。

 グラシアルの王都。

「ここ」

『正解。……なんか、難しい場所に行こうとしてるね』

「難しい場所?」

『だって、目印になるようなものがほとんどないじゃん、この地図』

 地図には、目的地に向かって線が書いてある。

 あれ?フリオ街道を南に進むわけじゃないみたいだ。

 王都から東にあるオペクァエル山脈へ向かうらしい。山の中にあるオクソルという村を通って……。さらに東にある洞窟に入る?

「この線に沿って行けば良いんじゃないの?」

『リリー。そんな線が、実際の道にあると思ってるの?』

「これって、道じゃないの?」

『地図には道なんて書いてないじゃないか』

「え?」

『リリーは方向音痴なんだからね。適当に歩いてたら、すぐ遭難するよ』

「そんなこと……」

『大丈夫ですよ』

「エイダ」

『エルなら迷わず行けます』

 良かった。大丈夫そうだ。

『エイダってさ。エルを守る契約をしてるんだろ?』

『それは、あなたもでしょう?』

『まぁね』

「守る契約って……」

『リリー、習っただろ』

 精霊と契約する方法。

「精霊との契約は、平等な立場じゃできないってやつ?」

『そうだよ』

「一般的な契約は下位契約と呼ばれる人間が精霊を守る契約。人間の魔力を提供する代わりに、精霊の力を借りること。逆は、上位契約と呼ばれる精霊が人間を守る契約。その場合……」

『精霊は、人間の命を保証をするのよ』

 命の保証。

「でも、その場合、人間は精霊が求めるものを与えなくちゃいけないよね?エイダは、エルに何を求めたの?」

『リリー。他人の契約には口を出しちゃいけないよ』

 そうだった。

「ごめんなさい」

 契約は個人の間で結ばれるもの。

 他人には教えないものだ。

『でもさ。エイダって、相当強い精霊だろ?エルは大丈夫なの?』

 確か……。

 強過ぎる力は、人間には毒になる。人知を超えた存在と契約すると、人間は悪魔になってしまうんだっけ?

『人として生活している限り、大丈夫よ』

「どういうこと?」

 エイダが俯く。

『明日も早いわ。そろそろ休んで』

『そうだね』

「うん。わかった」

 聞かれたくないことだったのかな。

 契約に関係のあることなのかもしれない。

 ランプの灯りを消して、ベッドに入る。

「おやすみなさい」

『おやすみなさい』

『おやすみ、リリー』

 初めての外。

 ちゃんと眠れるかな……。

「あ」

 そうだ。城じゃないから今日から……。

「イリス、顕現して?」

『嫌だよ』

「意地悪」

『顕現すればリリーから魔力を奪っちゃうって、わかっただろ。良い大人なんだから、もう一人で寝なよ』

 だめ?

 やっぱり持ってくるんだった。

 でも、絶対に持ち歩ける大きさじゃない。

 出発の時に、エルのアイテム袋があったら絶対に持ってきたのに。

 枕を抱く。

 違う。全然違う。

 抱き心地が違う。

「……」

 どうしよう。

 眠れない。

 どうしよう……。

『リリー。早く寝なよ』

 わかってるよ。

 目を閉じる。

 今日は色んな事があった。朝からずっと、ドキドキしっぱなし。誰にも見つからないようにこっそり城を出て、ソニアとお別れして。初めて外の世界に出た。

 私は自由になったんだ。

 だから、やりたいことをやるんだ。

 修行も試練も放棄して、呪いの力を使うことなく過ごす。自由に考えて、自由に生きて、そして、恋物語みたいな恋愛をする。

 それが私のやりたいこと。

―リリーは帰って来る気、ないんでしょ?

 そう決めて出発した。

 でも。

―イーシャも帰って来ないよね。

 強くて優しかった一番上の姉のディーリシア。私の出発前に帰還するはずだったのに、とうとう帰ってこなかった。

―約束を守らなかったら、どうなるのかな。

 女王に逆らったら……?

 女王の命令は絶対。

 紅のローブの言葉も絶対。

 逆らうなんて許されない。

―決して、誓いを忘れるな。

 もし、逆らえば……。

『リリー?』

 どうしよう。

 女王に逆らうって決めたのに。

 呪いの力なんて使わないって。

 自由に生きるって。

 そう、決めたのに……。

―決して、誓いを忘れるな。

 いやだ。

『大丈夫?』

 息が苦しい。

 体が震える。

 怖い。

―呪いを受け入れ、次期女王となる為に三年後、帰還することを誓います。

 こう言ったのは私だ。

 自由でいられるのは三年だけ。

 わかってる。

 帰らないと。

 帰らないと、私は。

『リリー』

 起き上がった私の目の前にイリスが飛んでくる。

 イリス。

 どうしよう。

 ここは城の外のはずなのに。

 私を監視する人だって居ないはずなのに。

 紅のローブの言葉が頭に響く。

 私の時間は三年だけ。

 三年後、約束を果たせなければ私は……。

『リリー、落ち着いて』

 そうだ。

 落ち着かなきゃ。

 だって、決めたんだ。

 私は帰らない。

 迷わないで。

 だって、私が恋する人も見つけた。

 私は運命の人に出会えた。

 私は叶えたい夢に近づいてる。

『リリー?』

 ベッドから出て、エルの傍に行く。

 柔らかい金色の髪。

 閉じたまぶたに長いまつげ。

 ぐっすり眠ってる。

「エル」

 エルは女王の娘がどれだけ危険な存在か知らない。

 私の呪いがどれだけ恐ろしいものか。

 私はエルに嘘を吐いてる。

 隠してることもたくさん。

 指を伸ばして、エルの頬に触れる。

「ん……」

 起こした?

 慌てて離れようとすると、手を掴まれた。

 どうしよう。

 動けない。

 私……。

「エル。一緒に居ても良い?」

 好きな人と三年間過ごせるなら。

 私は女王に逆らうことを選ぶ。

「いいよ」

 エルの手が離れる。

 今……。

「いいよって、言ったよね?」

『寝言じゃない?』

「いいよって、言ったよね?」

『言っていましたね』

『何言ってるんだよ、エイダ』

『エルが言ったのだから、仕方ないでしょう』

 頬を指でつっついても、もう反応はない。

『リリー、エルを起こす気?』

 起こさないよ。

 布団に入って、エルを後ろから抱きしめる。

 ……これだ。

『リリー。本気?』

「うん」

 あったかい。

 落ちつく。

 それに、包み込むような金色の光。

 これなら眠れそう。

『ボク、知らないからね』

 安心する……。

 

 

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