第13話 ミユキ、天下無双を知る?


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「ミユキ先生!わざわざご足労、申し訳ありまへんなぁ……」

と、四十代半ばの若ハゲの警部補が言った。

「これが、被害者なんですワ!ガタイが大きいでしゃろう?渾名が、『横綱!』『天下無双!』ユウらしんですワ!そいつが、この有り様ですワ……!」

死体は、ぺしゃんこ!というわけではないが、あばら骨が潰れているようだ。顔も、ぐじゃぐじゃになって、鼻が潰れ、眼が飛び出している。象にでも踏まれたのか?と思ってしまう。

しかも、場所がまた不思議な場所だ。何かの道場なのだろう、板間のかなり広い部屋。床の間があり、『皇大神宮』の掛け軸があり、側には、神棚もある。二十畳は充分ある床の真ん中に布団が敷いてある。ふかふかな、大きな敷布団と、鮮やかな模様の掛け布団だ。その模様も変わっている。インドの神々が描かれた模様なのだ。

「ここは、どういう場所なのですか?」

と、わたしは安村という警部補に尋ねる。

「ここは、ガイシャが開いている、格闘技の道場ですワ!ガイシャの名前は、金剛強(こんごうつよし)。高校時代に柔道の全国大会で優勝して、関取になって、親方とケンカして、プロレスラーに転向。今は、総合格闘家と名乗っているようですが……」

「格闘家は、道場で寝るんですか、ねぇ……?」

と、安村警部補の部下か、相棒の、変わり者の刑事が言った。

「この道場は、別棟!渡り廊下の先に住まいの平屋がありますのんや。そっちに、夜具が畳まれたまま、ありましたワ……」

「他に家族とか、弟子はいないのですか?奥さんとか……?」

と、わたしの相棒のクロウが尋ねる。

「妻は、元女優のM。離婚してますから、元妻でしゃろか……?子供はいません。家事や身の回り世話は、マネージャーのスミレゆう、女が、通いで来てます!遺体の発見者で、家屋のほうで、待機させてます!遺体を見て、気を失ったようで、やっと通報して、また倒れたようですワ!ただ、昨晩は、客があったという証言は訊いてます……!客が来る前に、スミレは帰ったそうで、どんな客かわからんようですが……」

「その客が、怪しいですね!近所に聞き込みをさせています!」

と、綾小路刑事が言った。

(近所?周りに民家なんてなかったよ!車で、五分の範囲では、ね……。おまけにその客は、怪しいけど、どうやって、こんな殺し方ができるのよ……!重機が入った様子もないし……?)

「どこか、別の場所で、押し潰して、ここへ運び入れたんでしゃろか……?周りに、押し潰せる道具は、見当たりまへんサカイに……?」

(なるほど、さすが、ベテラン刑事さんね……!ただ、押し潰されて、鼻血が床に落ちているわ……!)

「千人切り?つまり、千人の格闘家と対戦して、必ず、勝つ!ってことですか……?」

と、クロウが訊いた。

「まあ、そういうパフォーマンスをしていたらしいよ!」

と、綾小路公彦が答えた。

「十年前に、新全日プロレスを脱退してから、異種格闘家と対戦していますね!柔道、空手、合気道にムエタイ。もちろん、プロレスラ―や、引退した関取も中にはいるそうですよ……!」

「それに、すべて勝ったの?」

「かなりの勝率で、勝ったようです。少なくても、引き分け!つまり、無敗!が彼の宣伝文句だったようです、ね……」

「そんな『天下無双』の男が、ぺしゃんこ、同様な状態で殺されるか……?熊と闘っても、勝ちそうだぜ!『布団』はあったが、寝込みを襲われたわけではない!着ていた衣装は、空手着のようだった……!つまり、戦闘服だ!」

「確かに、死体の周りの床に、鼻血と共に、汗の染みがありました……。誰かと、闘って、敗れたのかもしれませんね!」

「それなら、相手も怪我か傷を負っているでしょう?鋼鉄のロボットと対戦したのなら、別だけど……」

「それと、闘いの場に、『ふかふかの布団』が敷いてあるのは、場違い過ぎますよね……?」

「公彦さん!金剛が最近闘った人間を調べてみて!何か、恨まれて、その復讐で、まともじゃない闘いを強いられた、可能性がある?そんな気がするの……!」


「何か、この庵にご用ですか……?」

と、綾小路公彦が言った。相手は白い頭巾を被った巡礼姿の男。金剛杖をついているから、山伏に近い雰囲気を漂わせている。場所は、この前『夢見の呪法』で殺された、播磨真治の住処だった庵だ。公彦は、金剛強の事件の調査で立ち寄ったのだ。

「ここの住人は……?留守なのか?わたしは、ここの住人の知り合いで、たまたま近くに来たものだから、挨拶に寄ったまでだが……?」

と、男は逆に公彦を胡散臭い眼で見つめながら尋ねた。

「ここの住人の播磨真治さんなら、亡くなりましたよ!十日前に……、心臓発作で、ね……!」

「心臓発作?まさか……?」

と、男は、驚きの表情を浮かべる。

「わたしは、こういう者です!失礼ですが、少し、お話を伺えませんでしょうか?あなたのお名前とか、播磨さんとのご関係とか、ご職業とか……?」

公彦がスーツの内ポケットから『警察手帳』を取り出し、身分証を呈示する。

「府警の刑事さんか……、事件性がある!と考えているのか?」

「あるいは、あなたのような職業の方が、呪法を使って、罪にできない犯罪を犯した?か……」

と、公彦は探るような口調で言った。

「ほほう!なかなか面白い発想だ!ユニークな刑事さんだな!何か、そのような呪いの器物でも出てきたのかな?」

と、男は感心したように言った。

「その質問には、答えられません。あなたのお名前、お仕事、播磨さんとのご関係を教えていただけましたら、少しは答えられるかもしれません、が……。なんでしたら、任意同行をお願いして、近くの署でお話を伺いましょうか……?」

「署まで行く必要はない!播磨さんの事件に、わたしはまったく関係ないからね!名前は、円行信(まどかゆきのぶ)。丸い円、お金の単位の円に、行くという字と、織田信長のノブだ!職業は、祈祷師とでも言っておこう。旅をしているから、正式な職業はないが……。播磨さんとは、山岳修行で知り合って、いろいろな山で、共に修行をした仲だ!師匠はいないが、同門の修行者という間柄だ!これでいいかな……?」

「なるほど!同業者ですか……?では、播磨流の呪術を、おやりになさる……?」

「刑事さん!いや、名前は、綾小路さんだったな?あなたは、その世界に詳しいようだな?わたしは、祈祷もするし、術も使うが、播磨流ではないよ!さっきも言ったが、播磨さんとは、山で初めて会ったんだ。さあ、わたしは正直に答えた!播磨さんがどんな死に方をしたのか、教えてくれないかな……?」

「それで?円って行者に、播磨真治の死に様を教えたの?」

と、わたしは尋ねた。わたしたちは、いつもの警察本部近くの喫茶店にいる。

「一応、ヒト型の木片が見つかったことは話しました……。すると、『夢見の呪法か……』と、独り言のように呟いて……」

「知っていたのね?『夢見の呪法』を……」

「ええ、それで、追求したんです!そしたら、『犯人、あるいは、犯人を知っているのは、マコモという婆さんだよ!』と言って、立ち去ろうとするので、今夜の宿を尋ねました……。なんでも、『聖護院門跡』という、左京区にある寺で厄介になっている!ってことで……」

「マコモ婆さんまで知っているなら、かなりの術師かもしれませんね……?」

と、クロウが言った。

「それより、聖護院門跡って、有名なお寺でしょう?確か、何かの札所だった気がする……?三十六礼場……?」

「ああ、それなら、役行者霊蹟札所じゃないですか?確か、そこは、不動明王がご本尊のお寺ですよ……!」

と、クロウが教えてくれた。

「役行者?マドカって姓は、エンという字よね……?それに、行者のギョウまで、名前についていて……、泊まる場所が、役行者の札所……?山岳修行をした、行者姿の男で……?そいつ、役行者に関わりがある人間なのは、間違いなさそうね……!」

「それより、金剛強の事件のほうは、どうなったんだ?金剛が播磨真治に、誰かを呪い殺す依頼をしたらしいけど……?」

「マネージャーのスミレが、話せるようになって、金剛が、播磨の噂を訊いたそうだ!それで、ひと月程前に、独りで播磨の庵を訪ねたらしい。播磨の庵に、依頼人と思われるリストのようなメモ帳があって、そこに、金剛強の名前があった……」

「金剛が誰を呪い殺して欲しい、と頼んだのかしら……?」

「どうも、元妻のMの愛人で、在沢繁実という男のようです!それが、在沢は事故で亡くなったんですよ!半月前、播磨が死ぬ一週間程前に、高速道路で、自損事故。即死だそうです……」

「つまり、播磨真治の呪術の所為!だというのか……?」

「車に細工をしたか?薬でも飲ましたか?小細工をしたんだろう、ね……。報酬は幾らなんだろう……?」

「スミレの言うには、手付金が十万円。成功報酬が四十万円で、合計五十万円だそうですが……。四十万円を支払った様子はないそうです……」

「事故死だから、播磨の呪術で殺したわけではない!と、成功報酬を支払わなかったか……?なら、今度は、違約をした、金剛が呪い殺される番だね……?」

「その前に、播磨が呪い殺されてしまったんですよ……」

「噺が見えてきたね……」


「クロウのほうは、どうだった?マコモ婆さんは、教えてくれたかい?」

と、わたしは尋ねた。

「まあ、円行信については、いろいろと……」

「なんだい?歯切れが悪いね?また、はぐらかされたのかい?」

「いえ、いろいろと……伝授されまして……、その……、ミユキさんを口説く方法を……」

「おやおや、そっちのレクチャーか……?惚れ薬でももらったか……?」

「ええ、秘薬とか、媚薬とか……、大人のおもちゃまで持って行け!って……。さすがに、断りましたけど……、そしたら、円のことは、教えない!と脅かすんです……!」

「なんだい?結局、土産をもらったのかい?全部出しな!わたしが処分してやるよ!」

「ダメです!マコモ婆さんは、そうするだろう、と予測しています!術を施していますよ!土産の箱を開けると……」

「玉手箱かい?なるほど、婆さんのやりそうな手だ!白煙で、年寄になる代わりに、ヤリたくなる……、ってことか……?なら、そのまま、引接寺の住職に渡して、供養してもらいな!」

まったく、婆さんは、どうしても、わたしとクロウを引っ付けたいようだ!

(余計なお世話だ!クロウから、言ってくれるよ!一人前の術師になったら、わたしの助が要らなくなったら、ね……!ただ、わたしが婆さんになる前に、そうなるか?は、疑問だけど……)

「それで?円の情報は……?」

と、わたしは話を元に戻した。

「詳しいことは、土御門の柳斎さんに訊け!あるいは、高野山の翔空さんに!と言って、知っている範囲と、噂の域は出ない噺だという前提で……」

長い前置きをして、クロウがマコモ婆さんから仕入れた情報を語る。

「円行信は、山岳信仰の行者です!しかも、役小角の末裔!と自称しているそうです……!」

「まあ、そこまでは、想像できるね……。それで、腕前は……?」

「かなりの術師だそうです!ただし、ここからは、噂の範疇だ、そうで……」

「うんうん!それは仕方がないね!秘術だから、誰も見ていない!噂にしかならないだろうから……」

「果心居士(かしんこじ)って、ご存知ですか?戦国時代の人らしいですけど……」

「何かの小説で読んだね?司馬遼太郎の作品だったか……?」

「果心居士は、幻術師です!織田信長や豊臣秀吉の前で、術を披露して、あまりに凄過ぎて、処刑されかけたらしいんです!しかも、処刑場から、鼠に変身して、鳶に咥えられて、姿を消した!とか……」

「まあ、お伽噺だろうけど……!それで……?」

「円行信は、その果心居士の術を心得ているということですよ!しかし、もうひとつ噂があるそうです!」

「まだあるのかい?それなら、噂をしているのは、円、本人だね!自分を宣伝しているのさ!」

「たぶん、そうでしょう……!で、もうひとつの噂も、同じ、戦国時代の人物なんです!『飛び加藤』という、忍者なんですが……、こっちは、武田信玄や上杉謙信、あるいは、北条氏に仕えたらしい……。伊賀忍者とも、風魔の流れ、ともいわれていますが、忍者というより……」

「幻術師なんだろう?それも同じ、司馬遼太郎の小説に出てたよ!」

「何だ!ご存知でしたか……」

「円は、その加藤さんの末裔も自称しているんだね……?つまり、得意業は、『幻術』ってことか……」

「円行信さん!こんな場所に、ご足労願って、申し訳ありまへんなぁ……」

と、若ハゲの警部補が言った。

「いや、構いませんよ!商売のご依頼なら、どんな山奥でも、馳せ参じます!で、こちらで、祈祷するのですかな?」

白い頭巾の行者姿の男が、にこやかに返答する。その場所は、金剛強の遺体があった道場だ。

「ええ、ここで人が死にまして……、できれば、その人の魂を喚び出して欲しいんですけど……」

「ほほう、死者の魂を……?つまり、招霊をして欲しい!と……?それなら、そこにいる青年に頼んだほうが、よろしくないかな?陰陽師の末裔、クロウ君だったっけ……?」

と、若ハゲの警部補の後方に座っている、クロウに視線を移して円が言った。

「それとも、その横の眼鏡をかけたお嬢さん?いや、若奥さまか?のほうが、確かなのかもしれません、な……?」

視線をクロウの隣に座る、わたしに移動して、円は言った。

「円さん!お惚けるのは、ヤメとくんなはれ!死者の魂を喚ばんでも、金剛強を殺ったんは、アンさん!と、わかっていますんや!」

「おやおや、招霊を済ませたのですかな?しかし、わたしがどうやって、金剛強なんて『天下無双』の男を殺すことができるのでしょうね……?呪い殺す?それなら、罪には、できませんよ……!」

「まあ、アンさんの得意な幻術を使こうたんでしゃろうなぁ……?しかし、最後の止めは、その拳(こぶし)!空手の達人のようですなぁ?タコが凄い……!」

「ははは、空手はやっていますよ!山に入ったら、獣もいるし、山賊も居りますから、ね……!護身のためですよ……!金剛強さんは、無敗の格闘家だそうですね?事件のニュースを聞いていますよ!そんな大男と、付け焼き刃の空手で闘って、勝てるわけがありませんよ……!それに、わたしが金剛さんと闘う理由がない!わたしは、格闘家ではないし、金剛さんだって、わたしに勝ったって、神話のひとつには、なりませんよ!お互い、何の接点もない!馬鹿馬鹿しい……!」

と、円が嘲笑うように言った。

「接点は、ありますよ!播磨真治という人物が、ね……!」

と、レイバンのサングラスを鼻の上で直しながら、クロウが言った。

「播磨真治を知っていますよね?彼の住まいで、綾小路という刑事に、山で一緒に修行をした仲だ!と、おっしゃった……」

「ほほう!陰陽師の末裔は、探偵もしているのか?ああ、それは、否定しないよ!しかし、播磨さんが、金剛さんと、どういう関係なんだ?まあ、例え、ふたりが知り合いだったとしてもだ!わたしと金剛さんは、無関係だよ……!」

「円はん!警察を舐めたら、あきまへんでぇ!裏は、取ってますんや!播磨が金剛に頼まれて、元妻の愛人を呪い殺す依頼を受けた。手付金はもろうたが、成功報酬を金剛が払わない!そこで、播磨はアンさんに依頼した!金剛から、金を取ってきてくれ!と、ね……!金剛のマネージャーが証言してマンのや!円という人が、面会の予約をしてきたと……!それから、タクシーの運転手の証言も、ね……!当日の暮れに、この場所の坂の下まで、白装束の男を乗せた!そこから先の民家は、ここしかないようでんなぁ……!」

タクシー運転士の証言は、事実だが、マネージャーのスミレの証言は、真っ赤な嘘だ!

「円さん!呪いで人を殺しても、罪にならないのですよ!我々は、あなたの秘術を見たいんです!果心居士か?飛び加藤の幻術を、ね……!陰陽師の末裔と、してです、よ……!」


「それで?どうなったんですか?円を逮捕したんですか?わたしの眼鏡は、役に立ったのですか……?」

『心霊等研究所』と書かれたプレートのある事務所に入った、わたしに、受付嬢が、矢継ぎ早に質問をした。

「カナちゃん!説明するから、コーヒーを頼むわ……!」

と、わたしは疲れた身体をソファーに沈めながら、受付嬢に頼んだ。

「結論を言うと、ね……!」

熱いコーヒーを一口飲んで、わたしはカナに語りかける。

「失敗したわ!円には、逃げられた!道場の外に待機していた、公彦さんは、空手の一撃を腹に受けて、ノックアウト!警官たちは、円の放った式の鼠に、右往左往して、本体を見失ったの……!わたしの式の白猫が退治した時には、もう手遅れ……!さすがは、忍者の末裔だわ……!」

「じゃあ、真相は……?闇の中……?円の幻術も見えなかったのですか……?」

「そこは、見えたよ!」

と、クロウが瞳を輝かせて、少年のように言った。まあ、あの幻術は、我々にはできない!土佐の太夫ばあちゃんなら、あるいは……?というレベルだった。

円は、安村警部補の言葉に不敵な笑いを浮かべ、クロウのリクエストには、『善かろう!』と言って、懐から、小ぶりの徳利を取り出した。

その徳利を傾け、一滴(ひとしずく)、床に中の液体を落とす。それを何度も違う場所に落として行く。背中を向けて、自分の周りに、円を作るように……。

「よいか?よう~く観るのだ!」

そう言って、視線を我々三人に向ける。その瞳が、青く、金色に輝いた!

手にした徳利を正面の床に置き、結跏趺坐の姿で、眼を瞑り、両手は印を結ぶ。何やら、呪文を唱える。大和言葉ではない!インドかペルシャ辺りの言語のような響きだった。

眼の前の徳利が、くるくると回転し始め、中から、白い煙がたち始める。すると、徳利が人形に変わった!鼓を持った雅楽師の人形だ!そして、『ポーン!』と、鼓を鳴らす。

その音に反応して、床の雫から、煙があがり、それが、ヒト型になる。着物を着た、日本髪のお女中姿の人形だ!総勢二十四人!その人形が等身大になり、手を振り、腰を捻り、鼓の音に合わせて、円を描きながら、舞い始めた。

ひと舞いすると、鼓のリズムが変わる。まるで、サンバのリズムのようにテンポアップする。すると、日本髪がバラけて、あっという間に、ポニーテールに変わると、帯がスルスルとほどけ、着物が床に、落ち、花畑のような景色を演出した。着物の中身は、網タイツ姿の、まるで、バニーガールのような格好だ!

鼓の音が、サンバのリズムになり、バニーガールが、一斉に足を振り上げ、ぎりぎり、セーフの際どい女性の大事な部分を披露する。列になり、まるで、宝塚歌劇団の『ダンス』を観ているようだ!若ハゲの警部補は、涎を滴しそうになっている。

『ポーン!』と鼓が大きな音色を響かせた!と、同時に『ダンス』が終わり、人形が、煙となって、消えた。鼓を持った雅楽師も、徳利に戻った。

「如何かな?余興では、あるが……?」

と、眼を開けて、笑いながら、幻術師が言った。

「もうひとつ、お布団を使った『幻術』が観たいわ!この、インドの神々が描かれた『布団』を使った、やつを、ね……!」

「ほほう、いつの間にか、眼鏡を外しているね?なかなかの美貌だ!お嬢さん!君も陰陽師か、霊媒師のはしくれかな?名前は、何という……?」

「シノブよ!忍者のニン……!」

と、わたしは偽名を名乗った。

「シノブちゃんか……?気に入った!では、わたしの最大の秘術を見せてやろう……!覚悟は、いいかな……?」

そう言うと、再び、結跏趺坐の形で座り、印を結ぶ。サンスクリット語らしい音階が、その口から、響いてくる。

「安村さん!危険です!部屋の外で待機してください!」

と、クロウが言った。先ほどまでしていたレイバンのサングラスは、かけていない。

安村警部補は、四つん這いで、這うように、廊下へ出て行った。

わたしが指名した布団は、我々のすぐ横にある。神棚が南向きだとしたら、『北枕』の状態だ。

円行信の膝の前にある徳利が、くるくる回り始め。再び、白い煙が立ち上る。その煙が、布団のほうに流れて行き、掛け布団の上で、渦を巻く。神々が描かれた模様が怪しい光を発した。

布団の神々の中に、『インドラ』という名の赤い身体の神様がいて、白い象に乗っている。白い象は『アイラーヴァタ』という神獣らしい。

布団の模様の中から、その神獣が立体化して、這い出てくる。最初は、絵の大きさだから、ただの人形か、ぬいぐるみのようだ。だが、サンスクリット語の呪文が大きくなるたびに、象の身体が、大きくなった。ほぼ、実物大。道場が狭くなってしまう。

「クロウ!シノブ!動くな!」

と、サンスクリット語が、いきなり、日本語に変わった。

「さて!神獣のアイラーヴァタに踏みつけられて、閻魔の元に逝くがよい!」

白い象の前足が、我々の頭上に乗せられる。同時に、円行信が念を込めた気を両手をラッパ状にして、放った!

「はははは、果心居士流の幻術!特と味おうたか……!」

高々と、行信が笑い声を上げる。

「たいしたことないわね……!播磨流の『夢見の呪法』のほうが、遥かに上だわ!幻術ったって、単なる、催眠術じゃあないの……!」

わたしが廊下と道場の間の太い柱の陰から、勝ち誇ったような顔をしている、行信に向かって言葉を発した。もうひとつの柱の陰から、クロウが身体を浮かび上がらした。

「な、何?いつの間に、そんなところに……?こっちの身体は……?」

「バカだね!本体と、式神との区別もできないのかい?役小角の末裔が、聞いて呆れるよ……!」

「しかし、人形のダンスを始める時は、本体がそこに居た!わたしの催眠術にかかったはずだ……!」

「残念ね!マコモ婆さんから、あんたの得意業は『催眠術』だ!と聞いていたんだよ!わたしの鼈甲ブチの眼鏡も、クロウのサングラスも、催眠術を跳ね返すパワーがあるんだよ!催眠術をかけた!と思っただろうが、術にかかったのは、あんたのほうなのさ……!」

「催眠返し?おまえのような、小娘が、できるはずがない!シノブなどという、術師は、聞いたこともないぞ……!」

「バカ!陰陽師が本名なんか名乗るか!あんたの名前だって、偽名だろうが……!加藤幻斎さんよ……!」


「そこまで、いって、逃げられたんですか?警官は、どうしてたんです?」

と、眼鏡を返してもらって、いつもの受付嬢になったカナが訊いた。

「もちろん!安村警部補が、廊下から戻って来て、手錠を出したのよ!」

と、わたしは状況を話す。

「ところが、よ……!」

床の間の『皇大神宮』の掛け軸の裏に、ぽっかり、抜け穴があったのだ!ただし、抜け穴の先は、渡り廊下に出るだけの短いもの。そこには、綾小路刑事が立っていたのだが……!突然現れた男に、みぞおちを空手の拳で一撃されて、悶絶。その場に倒れた。

円行信こと、加藤幻斎は、懐から、切り紙を取り出し、真言を唱えて、切り紙に息を吹きかける。紙は、何匹もの鼠に変身して、廊下を走り出す。幻斎は、衣装を黒装束に変え、廊下の天井から、道場の屋根に登ると、周りの樹木から、樹木を伝って、あっという間に、姿を消してしまった。わたしは、切り紙の白猫を放ち、鼠の式を退治するしかなかったのだ。

「加藤幻斎、って何者なんですか……?」

と、カナが尋ねる。

「かなり大物の陰陽師よ!戦時中は、陸軍の作戦にも関与していたらしいわ……!」

「なら、たいしたことありませんね!戦に負けるんですから……」

「負けたのは、陸軍が幻斎の忠告を聴かなかった所為らしいわよ!戦局が優勢な内に、和睦して、権益を確保すること!敵地で、深追いはしないこと!を進言したのに、陸軍は、勝てる!と思って、暴走したらしいわよ……!」

「でも、円行信って、三十半ばの歳でしょう?だとしたら、戦時中なら、未成年ですよね……?」

「あれは、変身した姿よ!実年齢は、八十になっているはずよ……!高野山の翔空さんに聞いたら、ワシより、年寄だって!ただ、生い立ちについては、謎の人物なのよ!役小角の末裔!というのは、眉唾物だけど、加藤段蔵の末裔は、本当かもしれないわ!役小角の修行した山々で修行をしたらしいし、果心居士の秘術も会得したらしいわよ……!とにかく、容姿が日本人というより、インドかペルシャの人間ぽいんだって……!それで、普段は、偽名を使って、容姿も別人に変身しているのよ!ただの催眠術師じゃないのね……!」

「おや?やっとその気になったのかい?この前の玉手箱が、効いたんだね……?」

と、ラブホテルの受付の婆さんが言った。

「おあいにくさま!玉手箱は、開けずに、お寺行きさ!野良猫か野良犬が発情しただけだろうよ……!」

と、わたしは答えた。

「あら、もったいない!中のオモチャは、高級品だったんだよ!楊貴妃が使ったってやつだよ……!」

(嘘つけ!そこの棚にある、黒光りのする、キモイやつだったよ!カナちゃんの眼鏡を借りたついでに、呪詛返しをしながら、箱を開けたんだ!キモイけど、まあ、もらっておいたよ!使うかどうかは、わからないし、わたしが使うとも限らない!呪物として、使えそうだから、ね……)

「ところで、何をしに来たんだい?また、変な術師のことを訊きに来たのかい?ここは、Hをするところだよ!陰陽師の案内所じゃないんだから、ね……!」

「婆さんから、呼び出したんじゃあないの……?受付のカナちゃんが、伝言のメモを持って来たんだよ……!この時間に、この場所に集合!って……!」

「わたしじゃないよ……!」

と、マコモ婆さんが否定した。

「ワシじゃよ!」

と、ラブホテルの一室から、中年の男と、高校生くらいの少女が出てきて、中年の男が言ったのだ。

「おや?柳斎さん?また、若い格好をして……?相手は、カナちゃんか……?さっきの受付は、別人だったよね……?」

と、マコモ婆さんが不思議そうに尋ねた。

「鍵を預かったのは、ワシの弟子じゃよ!ワシは先に部屋の前に行って待っていた。カナもな……!弟子は、トイレじゃよ!」

土御門柳斎がタネ明かしをする。

「間もなく、浄空さんと、賀茂保昭さんも来るわ!ラブホテルは、臨時休業よ!」

と、カナが言った。

「おやおや、つまり、天皇陛下からの秘密の指令が本格的に始まったのかい?」

と、マコモ婆さんが訊いた。

「そういうことじゃよ!加藤幻斎が現れたから、のぅ……!」

(加藤幻斎?それじゃあ、天皇陛下の特殊なご依頼に、あの幻術師が絡んでいたのかい……?いったい、どんな指令なんだろうねぇ……?)

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